第93話.白紙の世界

 照明の明かりが目を刺激する。


 贄村囚にえむらしゅうは、眩しさでゆっくりと目蓋を開けた。


 その目に映ったのは、殺風景で平坦な天井。


 ここは、確か明導めいどう大学の多目的室。


 贄村はおもむろに体を起こした。


 見回すと、室内には見知った連中が倒れていた。


 自分の部下である夢城真樹ゆめしろまきに、敵対する天園司あまぞのつかさ福地聖音ふくちきよね。そしてそれぞれの先導者達。


 贄村は立ち上がった。


 たしかこの部屋は異次元空間に通じていて、そこで終末を監視する者という怪物と戦っていたはず。


 一人で入り口へ向かい、部屋の扉を開ける。


 廊下には先導者では無い、幾人もの人間が倒れていた。


「あ、シュウ、おはよう……」


 次に意識を取り戻し、起き上がってきたのは、部下である真樹だった。


「ってか、あたしどうなったんだっけ。あれ、この廊下の人達は?」


「恐らく、我々に粛清され、異次元に飛ばされていた者だろう……」


 贄村が真樹に言った。


「あれっ、ここは……」

「どう……なったの?」


 室内では、他のメンバーも次々と意識を取り戻しているようだ。


「あれ、もしかしてこの人達は……」


 起きてきた天象舞てんしょうまいが、贄村達の後方から声をかける。


「……流衣るい! 郷美さとみ!」


 舞は突如、大声を出し、贄村と真樹を押し退け、廊下に二人並んで倒れている女の元へと駆け寄った。


 流衣、郷美と二人の女、それぞれの名前をしきりに呼ぶ。


「んっ……、あれ……ここは……」


 二人のうち一人が目を覚ます。


「流衣! よかった!」


 舞が流衣と呼ぶ女を泣きながら抱きしめた。


「あれ、わたしなにしてたんだっけ……」


 もう一人の女も覚醒し、体を起こす。


「郷美も……! よかった!」


 舞はもう一人の女も優しく抱いた。


「二人ともごめんね、ごめんね……」


 舞は謝罪を繰り返しながら、泣き続けた。


 彼女の鳴き声に反応して、他のメンバーも次々と廊下の様子を見に来た。


「なにがどうなったんや? あれ、真樹、もしかしてこの人達は……」


 聖音が言う。


「あたし達が粛清した人達みたいね」


 真樹が応えた。


「……お父様!」


 聖音の隣にいた南善寺小咲芽なんぜんじこさめが、思わず声を上げる。


「ここは……どこだ? 私は一体……。何が起きて……、おや、小咲芽、おまえもいるのか?」


 小咲芽がお父様と呼ぶ男は気が動転しているようだ。


 小咲芽は舞のように駆け寄ることはなく、じっと佇んで、睨むような眼差しで父親を見つめていた。


「あれ……? ここは……どこ? カメラは? 俺は何を撮影しようとしてたんだっけ?」


 若い男の一人が目を覚まし、周りを見回しながら、混乱している様子だった。


「……あっ、あの時のワォチューバー」


 慌てふためいている男を見て、緑門莉沙りょくもんりさは舌打ちをした。


「えっ、どこ、ここ? 今何時? 店行かないと。ってかオレこんなとこで何してんの?」


 パニック状態のホストのような男もいる。


「あっ、あいつ……」


 その男を見て、砌百瀬みぎりももせも莉沙と同じように舌打ちした。


「……舞ちゃん」


 一人の若い男が泣きじゃくる舞に声を掛ける。


純真じゅんまさん……!」


 舞は今度は先導者の一人である成星純真なりぼしじゅんまに駆け寄り、彼の胸に顔を埋めた。


「純真さん、わたしのせいで……、ごめんなさい……。でもよかった、ほんとうによかった」


 舞がそう言うと、純真は戸惑った様子ながらも、


「何があったか、知らないけど……、舞ちゃんが無事なら、それでいいよ」


 そう言って、舞を優しく抱きしめた。

 舞は彼の胸の中で嗚咽を始めた。


 他にも先導者達が粛清した幾人もの人間が、同じように混乱し、困惑している。


「結局、何もかも白紙に戻っちゃったのね」


 そんな廊下の様子を見た真樹は、ふーっと溜息を吐いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る