第70話.暗雲の開戦②

 第二多目的室に突如、現れた無数の蝶。

 その蝶の翅は緑色に光っている。


 緑門莉沙りょくもんりさ砌百瀬みぎりももせと対峙した皿井菊美さらいきくみの奇能「胡蝶こちょうの夢」。


「もうこうなった以上、しかたないわね。面倒だけどあたしが自らあなた達を粛清して、さっさと終末エネルギーを回収させてもらうわ」


 菊美はそう言うと、狂ったように笑った。


「……あなたの奇能は、戦闘に向いてないんでしょ」


 警戒しつつも、莉沙は鼻で笑う。


「ははっ、あなた達を戦わせるための方便を信じちゃってるなんて、ほんとおめでたい頭ね。天帝のために働くあたしを舐めないで!」


 菊美が前方を指さすと、それを合図に緑の蝶の一群れが二人に襲いかかった。


 百瀬のカブトムシは彼女の盾となり、ツノを左右に振り、蝶を打ち落とす。


 莉沙も自らの腕を振るい、難なく蝶を叩き落とした。

 床に落下した蝶はカチンと硬い金属が落ちたような音を立てた。


 するとその音と同時に、莉沙の腕にピリッととした鋭い痛みが走った。


 視線を下へ向けると、床の蝶の上に赤い血が滴り落ちている。


 莉沙が慌てて自分の腕を見ると、打ち落とす時に蝶に触れた部分が大きく裂けていた。


「……この蝶、翅が刃物のようになってる!」


 莉沙がそのことに気づいた時、次の蝶の群れが菊美の指示により襲いかかってきた。


 莉沙は腕で蝶を払いのけることもできない為、鍛えた脚力で素早くその場を離れて、菊美の攻撃を避ける。


 だが、菊美に操られている蝶は綺麗に旋回し、莉沙を追いかけて飛んできた。


 壁際まで追い詰められると、反射的にパルクールのウォールランの技術でかわそうとした。


 だが、この硬い蝶の腹部の先は、角錐状になっており、群れの中の一匹が、一瞬振り向いた莉沙の左肘の窪みに深く突き刺さり、そのまま彼女を壁に串刺しにした。


「キャアッ!」


 莉沙が悲鳴を上げる。

 流石に痛みと焦りで動揺した。


「なんてぶざまな格好! そのまま標本の蝶のように、壁にはりつけにしてあげる」


 莉沙の姿を見た菊美が高笑いした。


「莉沙!」


 莉沙の身を案じた百瀬が思わず声を上げる。


 莉沙は何とか体を動かそうとするも、左肘に刺さる蝶が壁に深く打ち込まれ、どうしようもできない。


「もうこれで莉沙はいつでも粛清できるわ。先に鬱陶しいカブトムシの方を仕留めてあげる」


 菊美の命令に従い、今度は百瀬を目掛けて蝶が襲いかかった。


 カブトムシは懸命にツノを振り、主である百瀬を守る。


 だが、カブトムシは百瀬を守るのに精一杯で菊美には攻撃を与えられず、このままでは埒が開かない。


 歯を食いしばってその様子を見ていた莉沙が「ストローマン!」と叫んだ。


 痛みを必死に堪え、機能を操る。


 莉沙の命令に従い、ハットを被った不気味な藁人形の首が床から現れると、菊美の足に絡みついている藁が更に伸び、彼女の身体を縛り上げてゆく。


 だが、やはり先導者と奇能は同調する為、莉沙が弱っているせいで、藁の伸びや巻き付く力が弱い。


 それでも、菊美が藁の方へ気を取られて焦っている間に、莉沙は百瀬に向かって叫んだ。


「百瀬! そのカブトムシでわたしの左腕を切り離して!」


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