第67話.混沌の学園祭③

 夢城真樹ゆめしろまき富樫笑実とがしえみに案内され、ミス明導の控え室と指定されているC棟の第二多目的室へと向かった。


「学園祭の目玉だと言うのに、なんだか閑散としてますわね」


 多目的室のあるフロアには誰も人の姿が見えない。


「ほら、本番前にライバル同士が顔を合わせるとケンカになっちゃうから、なるべく引き離しんてんじゃない? 人に見つからないようにすればストーカー対策にもなるし」


 富樫が得意げに言う。


「なーるほど。さすが富樫先輩ですわ」


 誰もいない廊下を二人で意気軒昂と多目的室を目指した。


 目的の場所に到着して、真樹が扉を開けると、中には女が一人立っているだけで、室内はガランとしていた。


「来たわね」


 室内にいた女が真樹達に言った。


「えーっ、ってか何も用意してくれてないよ! テーブルも無いし鏡も無い。これじゃメイクとか衣装合わせとかできないじゃない!」


 富樫が驚きの声を上げる。


「あら、控室にしてはずいぶんと殺風景ですわね」


 真樹も室内を見渡た。


「こら、わたしを無視するんじゃないわよ!」


 立っている女が怒声をあげた。


「あら、富樫先輩。誰かしら、この小汚い小娘は?」


 真樹が不審者を見るようにジト目で、女を指さしながら富樫に訊く。


「誰だろ……って、あれ? あなたって、たしかアイドルの……、そうだ! 砌百瀬みぎりももせちゃんじゃないの? 同じ学校だけど、今日初めて会えた!」


 富樫は、彼女がここにいることに疑問を抱くわけでもなく、何故か一人で喜んでいる。


砌百瀬みぎりももせ? あー、そー言えば以前会ったことあるわね。なんかグループのメンバーがスキャンダル起こしたときだったっけ。そーいや、あなた、ヤキソバ頭の仲間でしょうが。こんなとこにいないで、さっさとあの女の控え室に行きなさいな」


 真樹が扉を指さし、百瀬に退出を促した。


「こら! アンタがここに来いって言ったんじゃないの! それより莉沙はまだ来てないわよ」


 百瀬が腕組みをして言う。


「あら、莉沙先輩もここに来るの?」


 真樹が首を傾げた。


「莉沙って誰?」


 富樫は真樹に訊く。


「とぼけるのもいい加減しろ!」


 百瀬が再度怒声を上げた時、多目的室の扉が勢いよく音を立てて開いた。


 真樹達が目を向けると、そこにいたのは緑門莉沙りょくもんりさだった。


「……これはどういうこと?」


 室内の様子を見た莉沙が、冷めた目で呟くように言う。


「あら、ほんとに来たわね。ところで莉沙先輩、どうしてここに?」


 真樹が嬉しそうに笑顔で尋ねた。


 その様子を見ていた百瀬がハッと気づいたように、肩を震わせ始める。


「そうか、わたしを騙したのね。味方のふりしてわたしに近づいて、ほんとは莉沙と二人がかりでわたしを倒すために。こんなつまらない手にひっかかるなんて、マジで悔しいー!」


 百瀬は叫ぶように声を上げて、地団駄を踏んだ。


「さっきからあなたは意味不明なことぶつぶつ言って、何を一人で怒って騒いでるの?」


 真樹が不審者を見るような目で、百瀬に言った。


「そりゃ、騙し打ちのようなことされれば誰だって怒るわよ。莉沙と戦って傷ついてるわたしを助けて信用させるような真似までして!」


「あたしが? あなたを? 助けた?」


 真樹は拳で頭をコンコンと叩き思い出そうとする。


「まさか、覚えてないの? アンタ記憶力無さすぎじゃない? わたしに……キスして、傷を癒してくれたでしょ!」


「あたしが? あなたに? キスをした?」


 真樹は暫く考え込んだ後、「オェー!」と嘔吐えずいた。


「吐きたいのはこっちの方よ!」


 百瀬が肩を怒らせる。


「あーっ、まきちゃん、ゴメン!」


 その時、富樫がミスコンの概要が書かれたプリントを見て声を上げた。


「よく見たらまきちゃんの控え室、C棟の第二多目的室じゃなくて、A棟の第二多目的室だったよ。わたしの勘違いだった! 早くそっちへ行かなきゃ」


「えーっ、間違えたんですか? ほんとに富樫先輩はおっちょこちょいですわねぇ」


 真樹は大仰に笑った。


「いやー、マジゴメン。さ、早く行こ」


 富樫がそっと真樹の腕を掴む。

 二人は悪びれずに部屋から出ていこうとした。


「でもこの人達、なんでこの部屋にいるの?」


 富樫が思い出したかのように、真樹に訊いた。


「ははーん、そー言うことね。ほら、富樫先輩、この部屋は防音じゃないですか。二人の恋の邪魔をしてはいけませんわ」


 真樹は富樫の背中を押して退出を促す。


「あっ、そー言う関係」


 富樫が小声で答えた。


「それじゃ、莉沙先輩もごゆっくり」


 真樹はニヤニヤしながら莉沙達を見ると、そっと扉を閉めた。







 多目的室に残された、砌百瀬と緑門莉沙の二人。


 百瀬は何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けている。


「……あなた、さっきキスで傷を癒したって言ってたよね」


 莉沙が百瀬に話しかける。


「……えっ?」


 我に返ったように、百瀬が声を出した。


「……いまは敵味方置いといて、あなたが今日ここに来ることになった顛末を話してくれないかな?」


 莉沙が冷静に語りかけると、百瀬は静かに頷いた。

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