第62話.襲われる女
道中、神の支持者と悪魔の支持者の小競り合いをちらほらと見かけた。
多くの人間が終末を信じているようだ。
各々が終末を生き残り、新世界へ行くことを望んでいる。
世の中がここまでの騒ぎになったのは、
そんな愉快な街中を鬼童院が上機嫌で歩いていると、なにやら女性と男達が揉めている現場に出くわした。
男達は「神聖導」とプリントされたTシャツを着ている。
その男が三人で女性を囲み、逃げ場がないようにしていた。
やがて男の一人が女の腕を掴み、壁に押し当てた。
女が「きゃあ!」と叫び声をあげる。
「義を見てせざるは勇無きなり」
鬼童院はすっと男達の背後に立ち、声をかけた。
人の気配に気づき、彼等が一斉に振り向く。
「なんだ、テメェ!」
男の一人が凄んだが、鬼童院の姿を見て、その出立ちが放つ異様な雰囲気に気圧されたようで、怯んでいるようだ。
「おい、悪漢共、か弱い女に暴力はいかんな。何があったか知らんが代わりに俺が相手してやる」
鬼童院が指を鳴らす。
男達は揃って後退りすると「チッ」と舌打ちをして、あっさりとその場を去っていった。
鬼童院は男達の情けない姿に拍子抜けしたが、人前で戦わなくて済んだと思い直し「お嬢さん、怪我はないかい?」と、襲われていた女に声をかけた。
「ありがとうございます」
彼女は礼儀正しくお辞儀をして、顔を上げた。
「オオ、こりゃまたずいぶんと別嬪だな」
鬼童院は間近で彼女を見て驚いた。
黄金比に配置された顔のパーツにアッシュブラウンのロングヘア、そして透けるような色白の肌。
「いえいえ、そんな。美人だなんてとんでもないです。それにしても雰囲気だけで追い払っちゃうなんて……、頼もしいですね」
彼女が微笑む。
「いや、なんのなんの。神の支持者共は、やれ情が大事だ、思いやりが大事だと言いますが、自分達の主張に従わない人間には異端者
のレッテルを貼って冷酷に攻撃する、所詮は偽善者の集団です。そんな連中を狩るのが私の仕事でして」
鬼童院はデキる男を気取って、背筋を伸ばし胸を張る。
ついでにネクタイの歪みも直した。
「まあ、わたしと同じ考えですね。わたしも神を支持する人達の主張や情に溢れる世界っていうのがどうも偽善ぽくて……。それで悪魔を支持して神の終末論に反発していたら、支持者の人達に目をつけられたみたいで、それで襲われるようになって……」
彼女は物憂げな表情を浮かべた。
「おやおや、それは酷い目に遭いましたね。なんなら、この私がこれからお嬢さんをお守りいたしましょうか?」
鬼童院が提案する。
「えっ!本当ですか!」
彼女の表情が明るくなった。
「ええ、本当ですとも。この鬼童院、生まれてから一度も、嘘と坊主の頭はゆったことがありません」
「鬼童院さんとおっしゃるのですか。あなたのような方が守ってくださるのなら安心です。実はわたし、明導大学で行われるミス明導に参加している者で、名前を
「おや、美しい方だとは思いましたが、ミスコンに参加しておられましたか」
鬼童院は感嘆した。
「ええ。でもわたしは優勝は無理そうなんですけど、同じ参加者である夢城真樹さんがミス明導に選ばれそうで。でも夢城さん、悪魔の支持者なんです」
「ほほう」
「それでそれを快く思わない神側の支持者達が、明導大学の学園祭を妨害しようと企んでるみたいで……。そこでお願いです。無事にミス明導が終えられるように、当日、神側の人達から学園祭を守ってもらえませんか?」
アリアが鬼童院の目を見つめ、依頼をする。
「なるほど、容易い御用です。貴女のような方に頼まれて、断る道理がどこにありましょう。安心してミスコンにご参加ください」
鬼童院は胸を叩いた。
「さすがわたしが見込んだ男性……。ところでもう一つお教えしておきたいことが」
「はい、何でしょう?」
アリアがスマホの画面を見せてきた。
「驚かれるかもしれませんが、この女の子がその妨害しようとする集団のリーダーなのです」
そこに写っていたのは、黒髪で着物姿の少女。
間違いなく、この顔は以前、牛丼屋の帰りに出くわした神側の先導者。
「この娘ですか……。なーるほど」
「この子さえ押さえれば、恐らく神側の集団も統率が取れなくなって妨害も止むと思うのです。何か鬼童院さんのお役に立てればと」
「わかりました。当日は大船に乗った気でいてください。必ずその小娘を始末して無事にミスコンが行われるようにいたします。そして私が終末後の新世界へと、貴女をエスコートしてみせましょう」
鬼童院は彼女に右手を差し出した。
「本当ですか! うれしいです。ぜひ!」
アリアが差し出された鬼童院の手を包むように握り、微笑む。
「いやはや、アリアさん、どうぞお任せください」
鬼童院は左手で頭を掻きながら高笑いした。
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