第61話.街中の邂逅
従来、大きな屋敷で籠の中の鳥ように育てられた小咲芽にとって、歩いている最中に耳に響くデモの声は騒音以外の何物でもなかった。
自らの父親を粛清して以来、自由に外出ができるようになった小咲芽だが、やはり家の中に籠っている方が、自分には合っているような気がした。
外出の目的であるシャンプーやハンドクリームなどの日用品の買い物を早く済ませ、自宅に帰ろうと思っていた矢先、「悪魔導」とプリントされたTシャツを着た三人組の男が、
一人の若い女性を囲んでいた。
何やら言い争いをしているように見える。
暫く、離れて様子を窺うことにした。
(あれ? あの方は……)
小咲芽はその女性を見たことがあった。
女性は落ち着いている感じだが、男三人はそのうちヒートアップして「お前、神の支持者か!」と、相手の女性の腕を掴み壁に強く押し付けた。
「お止めなさい!」
警察を呼ぼうかとも思ったが、
世の情に溢れた人を新世界へ導き、相応しくない人間は粛清するのが役目。
見て見ぬふりはできないと、小咲芽は自ら止めに入った。
「なんだ、おまえ」
男の一人が小咲芽に言う。
「男が三人がかりで女の人を襲うとは、卑劣な行為ですね。やっぱり悪魔を信奉する人は性根が腐るようです」
小咲芽は睨みながら、厳しい言葉を相手に投げかけたが、幼い声故に迫力が無い。
「なに、こいつ。しかも着物着てるし。これで正義の味方気取ってやがるぜ!」
男達に盛大に笑われてしまった。
小咲芽は珍しく頭にきたので、連中を奇能で粛清してやろうかと思ったが、影の蛇を出現させようにも、襲われていた女性の目が気になる。
「こんなことをしていると、あなた方、終末に粛清されますよ。新世界へ行きたければ心を入れ替えなさい!」
見下されたままでは悔しいので、小咲芽も負けじと言い返す。
「おい、嬢ちゃん、調子に乗るんじゃねーぞ。子どもだからって手を出されないと高を括ってんのか。俺らは悪魔の為なら平気でお前も襲うぞ、コラ」
男の一人が凄む。
流石に小咲芽も、少し怯んだ。
「お姉様、この場から逃げてください!」
小咲芽は若い女性に向けて大声で言った。
だが、小咲芽が逃がそうとした若い女性はその場から離れず、スマホを取り出す。
そして「すみません。いま男性に襲われています。女の子もいます。すぐに来てください!」と、警察に電話した。
それに気づいた男達は、チッと舌打ちをすると、それ以上暴れることもなく、おとなしくその場からさっさと去っていった。
小咲芽は男達と戦わなくて済んだと、内心胸を撫で下ろすと「お怪我はありませんか」と、襲われていた女性に声をかけた。
「どうもありがとうございます」
彼女は微笑みながら、丁寧にお辞儀をした。
「警察が来たら、いまのこと話して逮捕していただきましょう」
小咲芽がそう言うと、彼女は顔を上げ「あれは演技です。本当は通報していません」と悪戯っぽく笑った。
可愛く笑うその女性は、アッシュブラウンのロングヘアに、色白で目を見張るほどの美貌の持ち主。
「失礼ですが、お姉様は……」
「あら、わたしのことご存知ですか?」
女性が訊く。
「ミス明導に参加されている
小咲芽が答えた。
「はい、そうです。わたしのこと、知ってくれていて嬉しいです」
彼女は美しい微笑みで返した。
「それにしても、あなたはわたしよりも若いのに正義感が強く立派ですね。わたしなんかを助けるために、危険を顧みず暴漢に立ち向かうなんて……。とても心の綺麗な人なのでしょうね」
アリアが小咲芽に優しく話しかける。
「いえいえ、そんな。わたくしも新世界創世に向けて、神様のお役に立ちたいと思ってますが、まだまだ未熟です」
小咲芽は小さく手のひらを振り、謙遜する。
「やっぱりあなたも神様を支持する人でしたか。実は、わたしも心では神様を支持しているのですよ。ミス明導が終わったら、同じ参加者である福地聖音さんと一緒に、新世界へ行くのが夢なんです」
「まあ、そうなのですか! 実はわたくし、聖音様から新世界への先導者としての役目をいただいたのですよ!」
小咲芽は嬉しさのあまり、つい声が弾んで大きくなった。
「先導者……ですか? それはどのようなものなのですか?」
「信じて頂けるかわかりませんが、先導者とは神様から奇能と呼ばれる不思議な力を与えられた者です。その力で世の人を新世界へと導き、また新世界に相応しくない人は、終末に粛清するのが役目です」
「それは素敵! もちろん信じますよ。あなたのような方が嘘をつくわけありませんし。わたしもミス明導が終わった後に、先導者にしてもらえないかな」
アリアは小咲芽に羨望の眼差しを向ける。
「先導者が増えるのは心強いです。わたくしからも聖音様にお願いしてみましょうか」
「ありがとうございます。でも今のわたしには奇能と呼ばれる不思議な力はありません。そこであなたにお願いがあるのですが……」
アリアが突然、表情を曇らせる。
「はい、何でしょう?」
小咲芽は小首を傾げた。
「実はもうすぐ行われるミス明導で、神様側の福地聖音さんが勝ちそうなのを気に入らない人達がいるのです」
「悪魔の人達、ですね」
「それでその人達は、ミス明導の開催を邪魔して中止に追い込もうと企んでいるみたいで……。実はさっきの男達もそれでわたしを襲ったのです」
「なんて、卑劣な連中なのでしょう! ますます許せません」
「それで当日、ミス明導が無事に開催されるよう、先導者であるあなたの力で守っていただきたいのです」
「まあ、わたくしが」
小咲芽はアリアの突然の依頼に驚く。
「そう、あなたが仰ったその奇能で。邪魔する者達を粛清して欲しいのです」
「わたくし、一人でできるでしょうか」
「あなたのその正義感なら。それに学園祭当日は神様の支持者も大勢集まるので、あなたの味方をしてくれますよ。その人達を率いて悪魔の支持者から守ることこそ、先導者としての役目を果たすときだと思いませんか。きっと聖音さんも無事に開催されることを望んでいらっしゃるでしょうし」
「たしかに、そうかもしれません」
「それで、実はその中止に追い込もうとする人達のリーダー格の人物がこの人で……」
アリアはスマホを取り出し1枚の画像を小咲芽に見せた。
「この人は……!」
その画像の人物は、黒のハットを被りラウンド型のサングラスをかけた男だった。
間違いなく以前、人気のない路地で、小咲芽と相まみえた人物。
「……やはり彼は粛清すべき人間だったようですね。わかりました。アリア様の依頼、わたくしが精一杯引き受けさせて頂きます」
小咲芽は力を込めて頷く。
「まあ、頼もしい」
アリアは目を輝かせて、小咲芽に向かって微笑んだ。
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