第60話.終末前の初対面
ベンチに座り、バッグからスポーツボトルを取り出す。
蓋を開け、中のスポーツドリンクを飲んだ。
デモの声が未だに街中に響いている。
その声は黄昏から夜の闇へ向かう空の色と相まって、より終末感を醸し出していた。
ボトルの蓋を閉め、またトレーニングを再開しようかと思った時、薄暮の中に誰かが立って、こちらを見ていることに気がついた。
「……誰?」
莉沙は徐にその人物へ視線を向ける。
先程の
視線の先にいたのは、莉沙の知らないショートボブの若い女だった。
「突然、すみません」
その女は一言謝って会釈をした。
莉沙は何も答えず、一応警戒する。
「あの、
彼女が恐る恐る言った。
「……なんで私の名前を知ってんの?」
莉沙は睨む。
「あの、
「もしかしてあなたが……」
「
以前、真樹から悪魔側の先導者が自分以外にも大学にいると聞いていた。
身近にいながら、今まで顔を合わせることのなかった仲間。
「……そっか。まあ、座りなよ」
莉沙はベンチのスペースを空けた。
「はい」
舞は軽くお辞儀をして座った。
だが、自分の隣に座らせたものの、よく考えると彼女と何を話していいのかわからない。
二人の間に沈黙が流れる。
チラッと隣を見ると天象舞も緊張しているようだった。
「えっと……、デモうるさくない?」
莉沙は公園まで届くデモの音を話題にした。
「そうですね。最近学校も騒々しいですよね」
舞はクスッと笑う。
「これもまきちゃんがミス明導で
「みたいですね。学園祭のミス明導コンテストが神と悪魔の代理戦争……、そんな感じになってますね。いかにも終末って雰囲気ですよね」
「やっぱりこれ、終末が始まるサインなんだ?」
「わたしは……、そんな気がします」
舞は呟くように言った。
「ところでさ、わたしになんか用があって会いにきたんじゃないの?」
莉沙は本題へと話を切り替える。
「……はい。あの、終末の後に理想の新世界ができるんですよね」
「そうらしいね」
「それで、わたし達先導者の役目は、その新世界へ世の中の人を導く存在とのことですけど」
「わたしは特に先導者らしいことしてないけどね」
「わたしも特には何もしてないです。してることと言えば、神側の先導者の人を騙してるだけ」
「騙してる?」
莉沙は首を傾げた。
「はい。贄村さんの指示で、神側の先導者の彼女になって、相手の様子を探れって……」
「マジで? 裏でそんなすごいことしてたんだ」
莉沙は呆れまじりに驚いた。
「ええ。それでもわたし、新世界へ行きたくて」
「……すごいね、その情熱」
「だから、ほかの先導者の人はどんな気持ちで先導者になったのかなって気になって、それで莉沙さんに会ってみたくなって……」
舞が恥ずかしがるように視線を落とした。
「へぇ、そうなんだ。でも気持ち聞かれても、わたしは特に思い入れがないけどね。強いて言えば、いまの綺麗事だらけの理不尽な世の中が気に入らなかったから、かな」
莉沙はタオルで頬を流れる汗を拭いた。
「そうなんですね。わたしは優柔不断で、周りに流される今の自分が嫌で、そんな自分を変えたくて。もし新世界ができるのなら、自分をリセットして新しく変わったわたしとして生きることができるかなって。それで先導者になったんです」
「ふぅん、そうなんだ。確かにあなたそんな気がする。だって好きでもない人の恋人役やってるんでしょ。わたしはそんなの嫌だから、新世界へ行けるって言われても絶対断るし」
莉沙のその言葉に対して、舞は俯いて何も答えなかった。
「……莉沙さんは彼氏とか、いないんですか?」
舞が唐突に質問してきた。
「へっ? えっ、かっカレシ?」
莉沙は動揺する。
急激に顔が熱くなった。
「えっと、その、わたし、今までずっとパルクールに夢中で打ち込んでたから、なかなかそういう機会とかなくて……はは」
莉沙は少し上擦った声で話す。
「そうなんですね。夢中なるほど打ち込めるものがあるっていいな。わたし、そういうの全然ないから。だから寂しくなって、すぐ彼氏作って、男の人に依存しちゃうんです」
舞はため息をついた。
「彼氏作ろうと思ってすぐできるなんて、それだけモテるってことでしょ。たいしたものだよ」
「そんなことないですよ。男の人ってけっこう誰でもいいって人いますから。それにわたしも惚れっぽいし」
舞は笑う。
「けっこう積極的なんだね。なんか見た目、奥手そうに見えるのに意外」
「そう言うところも変えたいんですけど……」
「あなた、わたしと真逆だね。わたしは新世界でも今のままのわたしでいいし」
「……今更こんなこと聞くのも何ですけど、新世界って、本当にできるんでしょうか?」
舞が小首を傾げて訊いてきた。
「……うん、そうだよね。あなたと話してて、わたしもそう思った。これだけ期待させといて……、なんだか
莉沙も不安げに答える。
「贄村さんとまきちゃんは悪魔ですから。ふつう悪魔って良い印象のものじゃないですし」
「ま、わたし達は悪魔に魂を売ったってとこだね」
「……そうですね。わたし、悪魔みたいなことしなきゃいけませんから」
「悪魔みたいなこと?」
「わたし達って……、人殺しなんでしょうか?」
舞の問いかけに、莉沙の胸が強く脈打った。
「うん、まあ……、どうなんだろうね」
莉沙は舞から視線を逸らす。
「粛清って言葉でごまかしてるけど、わたしが消した人って、この世からいなくなっちゃったわけだから、結局、これは殺してるのも同じなのかなって……」
「でもわたし達の消した人って、どうせ終末で粛清される人だと思うし……。同じじゃないかなって思うようにして、わたしは罪悪感を気にしないようにしてる」
「やっぱり強いですね、莉沙さんは」
舞が微笑む。
「ところで悪魔みたいなことってなに? また誰か消すの?」
莉沙が視線を舞に戻し、尋ねた。
「ええ、これは贄村さんの指示じゃないんですけど……、わたし、学園祭の日に今の彼氏を粛清しなきゃいけないんです」
「へぇ、自分の意思で? 彼氏、神側の人間だもんね」
莉沙の問いかけに舞は首を振った。
「わたしが自分の意思で決めたことじゃなく、実はわたしが変わるためには必要だって、まきちゃんに……」
「まきちゃんに言われたんだ」
「いえ、まきちゃんに似た知らない女の人に言われて」
「まきちゃんに、似た人……?」
莉沙は微かに驚きを含め、訊く。
「はい」
「あなた、アイドルに詳しい?」
「いいえ、疎いです」
莉沙はバッグから自分のスマホを取り出し、イエロースプリング43と文字を打ち込んで検索した。
「その知らない人って、この人じゃない?」
莉沙はスマホの画面を舞に見せた。
「え、まきちゃん……? 確かにわたしが会った人に似てます。あの人、アイドルだったんですか?」
莉沙は素早く頷く。
「この女、実はわたしのところにも来たんだよ。しかもあなたがここに来る前にも」
莉沙は舞と顔を見合わせる。
自分の知らないところで秘められた何かが行われているようで、なんとも言えない薄気味悪さを感じた。
「あの人、一体何者なんでしょうか?」
舞が訊く。
「……お互い、終末頑張ろ」
莉沙はどう答えて良いかわからず、何故かそんな言葉が口を
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