第59話.終末の気配⑥

 講義終了後、緑門莉沙りょくもんりさはいつも通り、大学近くのてつもり公園でパルクールの練習に打ち込んでいた。


 秋の夕暮れ、福地聖音ふくちきよね夢城真樹ゆめしろまき、それぞれを神と悪魔に準えて支持を叫ぶデモの声が、鍛錬中もずっと耳に届く。


(……うるさいな。もしかして、こんなのが終末なの?)


 今の世間の雰囲気を訝しく思いながらも、そんな街から独りはぐれ、莉沙は独り黙々と懸垂を続けた。


「すごい! そんなに懸垂の数こなせるなんて。でもこんなことしてていいの?」


 莉沙に話しかける声がする。


 鉄棒にぶらさがりながら、声の方へ目をやると、以前に出会ったアイドル、皿井菊美さらいきくみが微笑みながら立っていた。


 莉沙は体を前後に揺さぶり、勢いをつけて鉄棒から飛び降りる。


「わたし、ああいうの興味ないから」


「興味ないって、あなた終末の当事者でしょ」


「……やっぱりこれって、終末の始まりなの?」


 莉沙が訊く。

 菊美は慌てて口を両手で押さる仕草をした。


「まあいいけど。ところで何の用? あなた一応、人気アイドルなんでしょ。なんでこんなとこにいるのさ。暇なの?」


 莉沙は早くトレーニングに戻りたかった為、冷淡に訊く。


「暇じゃないわよ。忙しい中をあなたのために抜け出してきたんだから。用件は砌百瀬みぎりももせの件よ。あの子にやられたの忘れたの?」


 菊美は腰に手を当て、頬を膨らませた。


「……別に忘れてないけど」


「いよいよ、あのときの復讐を果たす時が来たわよ」


 菊美は嬉しそうに話す。


「……いつ?」


「明導大学の学園祭の日、お昼の12時に以前百瀬と戦った、あの多目的室へ行ってちょうだい。もちろん、あたしもあなたの手助けをしに行くわ」


 菊美はウインクした。


「……別に手助けいらないけど」


 莉沙は浮かれた感じの菊美に対し、素っ気なく返した。


「あら、そう? でもあなたに負けてもらいたくないから当日、あたしもそこへ行くわ」


 莉沙に拒否されても、菊美は微笑んだままだ。


「……好きにすれば?」


 菊美の話に訝しさを感じながらも、莉沙は彼女を早く追い返し、パルクールの練習に戻ろうと思った。

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