第54話.終末の気配①

 暦は九月を迎えた。

 夏休みも終わり、福地聖音ふくちきよね夢城真樹ゆめしろまきのアピール合戦も終了した。


 だが、聖音、真樹、それぞれの支持者の熱と終末を望む声は止まることを知らず、日に日に大きくなっている。


 さらには終末論の拡大によって、支持者がデモを始めるほどになっていた。


 街頭を練り歩くデモの声は、贄村囚にえむらしゅうがいるサバト人生相談所まで届いている。


 世間がそんな雰囲気の中、テレビの報道番組までもが終末論について取り上げていた。


 急遽、総理大臣と野党議員数名が出演し、この件について討論するようだ。


『総理、いま世間では、明導大学のミスキャンパスから端を発した終末論が話題です。巷間で流れているこの終末論どう思われますか? 国民がこんな終末論に縋るようになったのも、政治がだらしないばかりに、日々の生活の不安が大きくなったからではないですか?』


 野党議員が追及する。


『国民の間で終末論が蔓延しているのは、由々しきことだと思います。なんとか国民が安心して暮らせるような法案を、次の臨時国会では提出させて頂きたいと思います』


 首相は差し障りのない回答で、質問をかわした。


『間に合いますかね、総理。国民が神だ悪魔だとそれぞれ主張して、刻一刻と分断が広がっていってるんですよ。もしこのまま国民同士の溝が深くなったとしたら、総理は神と悪魔のどっちにつくんですか?』


『国というものは、私情、人情だけでは動かせません。時には理に則った非情な決断というのも必要なわけであります。もし国が分断されたときは、私は悪魔側に付こうと思います』


 首相は淡々と答える。

 それを聞いて、出演している野党議員はどよめき、一斉に怒りをあらわにした。


『悪魔? 悪魔! 一国の総理が悪魔につく! 今の発言を聞いた国民、どう思いますかね? ふつう神ですよ、総理。国のトップが悪魔に賛同するなんて聞いたら、国民は余計に不安になりますよ。特に弱い立場の人は、自分は悪魔の生け贄として切り捨てられるんじゃないかって怯えるでしょう。それはあんまりですよ、総理。では総理がそうおっしゃるならね、うちの党は国民の為に神に付きますよ!』


 贄村はリモコンを片手で操り、テレビを消す。


 ……何かがおかしい。


 そもそも神である福地聖音と悪魔である夢城真樹が絡んでいるとはいえ、なぜ一大学のコンテストが、ここまでの騒ぎになるのか。


 勿論、この騒ぎの裏で動いている連中がいることに、贄村は気づいている。


 アイドルグループ、イエロースプリング43のキャプテンである皿井菊美さらいきくみだ。


 あの女は一体何者なのか。

 悪魔側の先導者に接近し、何かを企んでいるようだ。

 また今のこの騒ぎも、直接彼女が手を下したわけではないが、何らかの形で関わっている気がする。


 だが、騒動の裏で動いているのは、菊美一人とは考えにくい。

 恐らく、他にも動いている者がいるのだろう。

 しかしそれが誰なのか、贄村にはまだわからなかった。


 他にも気になることがある。


 そもそも真樹達が通う明導めいどう大学とは何なのか?


 今まで真樹が大学に通っている事実は、当然のように日常に溶け込み、その存在について気にかけていなかった。


 贄村は、パソコンで検索し、明導大学のホームページを見てみる。


 だが、そこには何の変哲もないことしか書かれていなかった。


 特におかしいわけではないが、これと言って特徴もなく、色んな大学の案内文をつぎはぎしたような印象を受ける。

 この大学を存続させたいという思い入れが感じられず、まるで使い捨てるかのような。


 学長の挨拶を画面に表示し、読む。


『ごあいさつ 現在、世界は変革の時を迎え、挑戦を必要とする次世代の……(中略)グローバル化の社会で、各地で活躍、貢献できる人材を育て、本学から巣立ち活躍されることを願っております。 明導大学学長』


 白い背景に、何の変哲もない長文の学長の挨拶のみが、テキストで記されている。


 ……これは?

 学長挨拶に漂う違和感。


 贄村はスマートフォンを取り出し、素早く電話をかけた。


「……鬼童院、私だ。また一つ依頼したいことがある。明導大学の学長が誰なのか、それを調べて欲しい』


 贄村は、鬼童院戒きどういんかいの了承の返事を聞くと、おもむろに電話を切った。

 そして、机に肘をつくと静かに瞼を閉じ、思いふけり始めた。




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