第48話.箱の中の女(砌百瀬)④

 まだ夜は明けてなかった。


 ホストは夜働くので、帰りは明け方近くになるらしいから。


 誰もいない街の歩道、わたしは待つ。

 彼が通るのを。


 神さまのちからを得たっていう自信がわたしを支えてるから、何時間でも彼を待つことができる……気がする。


 でも思ったより早く再開できた。


愛貴あいきさん」


 彼はわたしの顔を見てびっくりしてた。


「あれ、この間のるいと同じアイドルの……」


 彼は驚いていた。


「どうしたの? こんなところで。まさかこんな時間に会うなんて。もしかして僕を待ってたとか?」


 愛貴は笑顔で言う。


「そのとおりよ」


 わたしがそう言うと、彼はまた驚いた顔を見せたけど、すぐに笑顔に戻った。


「えっ、そうなの? いや、嬉しいけど、でもここで待ち伏せされても、なんのおもてなしもできないし、お店の方に来てくれれば良かったのに」


「おもてなしなんていらない。あなたに最後のチャンスをあげる」


「最後のチャンス……?」


 彼は困った顔をしている。


「累とわたし達のイエスプは、あなたのせいで、バッシング受けて酷い目にあったよ。特に傷つけた累には謝って」


「謝罪? ああ、そうだね、ごめんごめん」


 彼はそう言って、笑いながら手を合わせた。


「もっと誠心誠意、気持ちを込めて謝って」


「えっ? いま誠心誠意、謝ったよ。僕の心が伝わらなかったかな?」


「伝わらなかったよ」


「そっか、受け取り方は人それぞれだね。じゃ、僕疲れてるから。帰って寝るんで、さよなら」


 彼はわたしに対して手を振った。


「累を愛してたんじゃなかったの?」


 わたしは彼に尋ねる。


「いるんだよねー、ホストにガチ恋して自分が唯一の恋人だって思い込んじゃう子。マジ迷惑なんだよ、そういう女って。累もそんな女だったってこと」


 愛貴は怠そうに振り向いた。


「累にファンだって言って同窓会で……」


「別にファンってわけじゃないよ。たいして可愛くもないし。でも一応アイドルだろ。もしアイドルと付き合えて、セックスできたら俺の男としての経歴に泊が付くじゃん。ただそれだけ。だから俺が自分の腕試しに累を口説いたらさ、見事に彼女が落ちたってわけ」


 愛貴はケラケラ笑った。


「ひどい、そんな理由で。わたし達、人気が出てきてトップ目指してたとこだったんだよ。あなたのせいでそれにブレーキかかったんだよ!」


「俺だって夜の街で頂点目指してんだよ! うちの店にもまだ上に三人いるんだよ! 俺が酷い男って言うなら、そんなのに惚れた累も、男見る目ない間抜けなんだろうが。勝手なことばかり言うな!」


 愛貴の声が大きくなる。


 わたしは確信した。

 彼は……、新世界に相応しい人じゃなかった。


「じゃそういうことで、さよなら。君、二度と店に来ないでね」


 愛貴はそう言ってわたしの前から立ち去ろうとする。


「つまんない理屈ばかり言って、自分を正当化して……、アイドルをおまえの承認欲求を満たす道具にするなぁー!」


 わたしは感情が抑えきれず涙声で愛貴に向かって怒鳴った。


 するとボンという爆発音とともに、周囲に煙が広がる。


「えっ、なんだこれ!?」


 愛貴は驚いていた。


 これが神さまにもらったわたしの奇能。

 内に秘めたちから。


「姿を見せて! ビートル・イン・ザ・ボックス!」


 すると星形のデザインがあしらわれた、リボンのかけられてる大きな箱が、わたしと愛貴の間に現れた。

 リボンが解けて、その箱の蓋が開くと、中から右半分が黄色地に青の水玉模様、左半分は赤と緑のチェックというポップな外見のカブトムシが這い出てきた。


「ちょっ、マジ? ほんとになんだよこれ!」


 そのカブトムシは慌てふためく愛貴をツノで押さえつけて、彼の動きを止めると、脚で抱きつき、箱の中へと彼を引きずり込んだ。


 そしたら、蓋が意思を持つように勝手に閉まって、体裁を整えた箱は地面の中へと沈むように消えた。


 ほんの僅かな時間の出来事。


 愛貴とカブトムシがいなくなった夜明け前の街は、何事もなかったように、また寂しさを取り戻した。






聖音きよねさん!」


「わぁー、まさか先導者が同じ学校におるなんて。偶然ってあるんやね!」


 びっくりするようなことだけど、サクラメント人生相談所のアシスタント、福地聖音ふくちきよねさんはわたしが通っている明導大学で同級生だった。


「先日はお世話になりました!」


 わたしはペコリと頭を下げる。


「そんな敬語なんて、よそよそしいから止めてや。同級生やん。それにしてもこの間会った時とは違い、なんかすっきりした感じやね」


「うん、もらった奇能で新世界に相応しくない人を粛清したから」


 わたしは笑顔で正直に答える。


「その調子で、新世界創世に向けてちから貸してな」


 そんな会話を二人でしていたとき、


「あら、またエセ終末論広めて、仲間集めかしら?」


 不意に聖音さんに呼びかける声があった。


 その声の主の顔を見て、わたしはびっくり。

 だってキャプテンの菊美きくみにそっくりなんだもの。

 まるで赤いベレー帽を被ったキャプテン。


「何度も言うけど、エセ終末論はアンタの方」


 聖音さんはその女の人に言い返す。


「聖音さん……誰?」


 わたしは尋ねた。


「……夢城真樹ゆめしろまき。でも、それは世を忍ぶ仮の姿で、こいつの正体は……、悪魔や」


 聖音さんが低い声で言った。

 聖音さんが神さまなら、そりゃ悪魔がいてもおかしくはないけど。


「あら? 後ろの女の子は、たしかアイドルの……、そうだ、思い出したわ。メンバーの一人が男に狂ってスキャンダルになった、落ち目グループの子ね! アイドルなのに男といるところ撮られるなんて、あなた達のグループ、プロ意識が足りないんじゃないかしら?」


 可愛い顔して、ずいぶんきついこと言う人。

 でもそのとおりだから、恥ずかしくって言い返すことができない。


「アイドルも人間なんやから、人を好きになる感情があって、恋すんの当たり前やろ。恋人がおるの知られて何が悪いねん、ジト目チンチクリン」


 聖音さんがわたし達をかばって言い返す。

 聖音さんはその夢城真樹をずっと睨みつけていた。


「キャラクターの着ぐるみの中身が小汚いオジサンでも正体隠すのやめませんかで、お商売として利益があげられるとでも思っているのかしら? 焼きそば頭トンチキ」


 相手の人も物怖じせず、余裕の表情で聖音さんを見つめ言い返す。


「まあ、終末で泣きを見るんやないで」


「その言葉、そっくりそのままクール便であなたの元へ届けさせてもらうわ」


 二人はお互いに挑発し合って、別れた。


 聖音さん、ありがとう。


 そして……、聖音さん、カッコイイ!


 同じ女として本当に心から惚れた。


 わたし、必ず聖音さんの役に立つように頑張るから!

 必ず神さまの新世界創世のために、ちからを尽くすから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る