第47話.箱の中の女(砌百瀬)③
「ごめんなさい、つい楽しんじゃった」
二人でホストクラブから帰る道中、お酒で顔を赤くしたキャプテンが言った。
もう、本来の目的を忘れちゃって。
「わたし、何しに行ったんだろ」
わたしはうつむき加減でトボトボ歩く。
「しかたないわ。あの雰囲気じゃ、累について深く聞けないわよね」
「あのホストに対して怒ってたはずなのに。累に謝ってもらおうと言ったはずなのに。もっと自分の感情を素直に出せるようになりたいよ」
「そうね。ももせは自分を押し殺しちゃうところがあるから」
「あ〜あ、自分が情けなくて鬱っちゃう」
わたしはキャプテンに愚痴る。
「そんなに気持ちが沈んでるのなら、プロに相談してみる? この間、ポストにチラシが入ってたんだけど」
そう言って、キャプテンは一枚のチラシをわたしに渡してきた。
そのチラシの中身は『サクラメント人生相談所』ってところの案内。
チラシのデザインはとても綺麗で、天国を思わせるような見映えだった。
そして「あなたは悪くない」って、人を励ましてくれる優しい文言が、堂々と書いてある。
わたし自身、不思議なんだけど、なぜだかわからないんだけど、そのチラシを見たら、なんだかそこへ行かなくちゃいけない気になった。
波長があったって言うのかな。
「そこに行って相談してみたら?」
そうキャプテンが言うので、わたしは思わず「うん」って答えてしまった。
仕事がオフの日。
学校が終わってから、わたしはチラシの住所に書かれている場所へ向かった。
そこはまるで天国をおもわせるような豪華なマンション。
でも人の姿はない。
どんな人が住んでいるんだろう。
きっと家賃とか高いよね。
ここの703号室が、その『サクラメント人生相談所』らしい。
大きなエレベーターで7階まで上がり、いざ、部屋の前まで来たら、わたしはチャイムを押すことを躊躇してしまった。
……やっぱり相談するほどのことでもないかなって。
つまんない相談すると相談所の人も迷惑かも。
わたしが部屋の前で悩んでいると、突然、ドアが開いた。
「ようこそ!」
中から出迎えてくれたのは、ブラウンのショートカットにパーマをあてた女の人。
初対面のわたしに、元気に笑顔で挨拶してくれた。
「あっ、あの、お邪魔します……」
最早、帰りにくくなったわたしは、おずおずの部屋の中へ入る。
中にはもう一人、男の人がいた。
ベージュのスーツを着た、ゴールドの長髪にこちらもパーマかけた人。
「ようこそ、いらっしゃいました」
男の人もわたしを歓迎してくれた。
わたしは二人から名刺をもらう。
名刺を見て、二人がどういう関係の人なのかわかった。
男の人の方は、ここの所長で
女の人の方は、ここのアシスタントで
「どうぞ、遠慮なくお掛けください」
所長さんにそう促されて、わたしはソファーに腰掛ける。
そのソファーはすごくふかふかで、まるで雲に座ってるような感覚がした。
「どのような悩みをお持ちで、当相談所に?」
ちょっと躊躇ったけど、せっかくここまで来たんだし、それに相談所の人がわたしに対して酷いことを言うわけないから、全てを話すことにした。
自分がアイドルであること。
この度、メンバーの一人である累が、ホストの彼氏とスキャンダルを起こして、グループがピンチにあること。
そして……、その累の彼氏に謝って欲しくて、彼の働いているホストクラブまで行ったんだけど、謝罪の言葉は引き出せなかったこと。
「せっかくホストクラブまで行ったのに、心の中に思ってることを表に出せない自分が情けなくて」
ちょっとわたしは涙声。
でも所長は穏やかな表情で、うなずいて話を聞いてくれてる。
「仲間思いなんやね」
聖音さんがソファーの隣に座り、優しく寄り添ってくれた。
「お話はわかりました。実は私達のチラシは、新世界に相応しい情に溢れる人が共感できるように作られております。つまりあなたがここを訪ねたと言うことは、すなわちあなたは新世界に相応しい方」
所長がわたしに言った。
……新世界?
なにそれ?
わたしは所長の言ったことが飲み込めず、キョトンとする。
そこから所長が語ったのは、とっても不思議な話。
なんでも、終末って呼ばれる世界の終わりが間もなくこの世界に起こること。
そして、その終末後には、また新しい世界が創世されること。
その新世界は、いまの世界とは違い、優しくて思いやりを持った、情に溢れる人だけで構成される素晴らしい世界だということ。
それで所長達はいま、その新世界の中心人物となる先導者になってくれる人を探しているということ。
そして……。
「あなたに、その先導者になって頂きたい」
わたしの耳がビックリして気絶しそうだった。
それぐらい驚いた。
だけど所長が語る新世界は、わたしも素敵だと思える、理想郷のような世界だったし、話を聞くうちに、その新世界創世にだんだん協力したくなったから。
それに……。
「我々はあなた方人間が、神と呼ぶ者です」
所長がそんなこと言うんだもの。
神さまってほんとうにいたんだ。
なぜ神さまさんて、ふつう、人が聞いたら荒唐無稽な話をわたしが信じたのか。
それはその後の不思議な出来事のせい。
その神さまが、わたしに奇能という力を授けてくれたから。
「箱の中に閉じ込められた真実のあなたを解放するのです」
所長がそう言って、わたしに与えてくれたのは「ビートル・イン・ザ・ボックス」っていう大きな箱に入った、巨大なカブトムシのちから。
そしてそれは、新世界に相応しくない人を粛清するちから。
そのちからを神さまに言われるまま相談所内で発動させて、この目で自分の不思議な能力を確かめたわたしは、この二人の言ってることは嘘じゃないんだって、それこそカブトムシが身に染みるほどわかった。
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