第45話.箱の中の女(砌百瀬)①
わたし達はみんな、想いは一緒だと思ってた。
『イエロースプリング43』って名前の箱の中で、みんなで力を合わせて頑張っていくんだと思ってた。
わたし達誰もが、グループを愛していると思ってた。
目指すのはアイドルのトップ。
そのトップに向かって、苦しくてもみんなで走っていくんだと信じていた。
なのに……。
「
マネージャーからそう告げられた。
集められたメンバーの前で、うつむきながら、ひたすら泣きじゃくる累。
わたしもその話を聞いて、頭が真っ白になった。
せっかく人気が出てきて、これからグループが勢いを増していくときだと思ってたのに。
みんなとエンジン全開で走ってきた。
だけど、急ブレーキをかけられた感じ。
これからどうなっちゃうんだろ?
これで人気急降下して、わたしの今までの努力も無駄になるの?
何をしたのか詳しく知りたかった。
その権利は同じ仲間として、わたしにもあると思う。
マネージャーの話を聞くところによると、累が中学時代のメンバーでプチ同窓会みたいなのをやって、一緒に参加してた男の子が累のファンだったらしくて、そこで意気投合して親しくなったみたい。
その彼は、とある有名なホストクラブで人気ナンバー4。
ランキング四天王の一人として活躍してるらしい。
累は派手なことや華やかなことが好きだから気が合うだろうね。
過酷なアイドル活動でストレスの溜まっていた累は、こっそり彼のお店に通ったり連絡取ったりを繰り返していたみたい。
そのうち二人は彼氏彼女の関係へ。
そうしたら同棲を始めて、彼のマンションから二人で出てくる姿を撮られてしまった。
それを聞いて、わたしは累に対してすごく頭にきた。
怒りをぶつけたかった。
なんで、そこで自分を抑えなかったの?
グループより男を取ったの?
でも泣き止まない累を見てたら、累がアイドルだとわかってるはずなのに、なぜ身を引いてあげなかったのか、相手の彼氏にも腹が立ってきた。
それからのわたしは、グループの未来が心配で、しょっちゅうスマホを触ってエゴサ漬けの毎日。
やっぱり目につくのは、数多くの累への誹謗中傷やバッシングだった。
裏切られたとか、ファンを辞めるとか。
自分が責められているみたいに、わたしの心をえぐる。
それに加えて、ライバルグループのファンやイエスプのアンチから、他のメンバーにまで悪口が及んでいた。
わたし達はネット民の格好の餌食。
そんなの見てたら、わたしもグループ活動への熱が徐々に冷めてきた。
ほんとはもっと燃えなきゃいけないのに。
ここでやる気を出さなきゃダメだって頭ではわかってるのに。
心は正直だね。
メンバー同士も口数が少なくなってる。
累もみんなに申し訳ないのか、積極的にメンバーには関わらなくなっていた。
そんな累の姿を見ていると、さすがに可哀想になってくる。
恋する気持ち。
誰もが持ってると思う。
そして一度火がついたら止まらない。
きっとわたしだってそう。
恋は相手のいるもの。
累だけが悪いわけじゃないのに、全ての責任を一人で背負ってるみたい。
軽率なことをしたけど、累もグループのことを思ってるのは、わたしもわかってるから。
だから、相手の男に対する怒りと悲しみが混ざった感情が私の中にある。
でもその感情をわたしは表に出すことはなかった。
いつもほんとうの自分を心の中に閉じ込めて、表面ではいつも通り偽りの笑顔。
それにしても、わたし達はここまで苦しんでるのに、相手の男はどうなの?
わたし達の芸能活動の障害になったこと、少しは申し訳なく思ってくれてるの?
謝罪の言葉とか、わたし達にない?
そのところ、彼に話を聞いてみたくなった。
「ももせ」
椅子に座って、一人でそんなことを思っていたわたしに、キャプテンの
菊美はセミロングの髪に小顔で、その中に黄金比で配置された目鼻。
日本の全アイドルの中でもトップクラスの可愛らしさ。
当然、人気はわたしよりも上位。
性格は仲間思いだけど、ちょっといたずら好き。
笑うときはよく笑うし、マナーの悪いファンに対しても、ダンスや歌で手を抜いてるメンバーに対しても怒るときは怒る。
わたし達、他のメンバーが躊躇しちゃうことを代わりにやってくれる。
やっぱり菊美は責任感が強くて、キャプテンとしてグループを守るって意識が強いんだろうと思う。
でもけっこうクールで、落ち込んでる姿や悲しい表情を見たことは、わたしはなかった。
キャプテンは累のスキャンダルの話を聞いていたときでも、表情を崩してはなかった。
菊美は喜怒哀楽の哀だけ抜けてる感じの人。
だから今わたしの目の前にいるキャプテンは、グループのピンチだっていうのに、気持ちが沈んでる様子はなかった。
「あなたの気持ちわかるよ。累もそうだけど、相手の男にもひとこと言ってやりたいんでしょ」
キャプテンが言った。
「……うん。なんで累に配慮してくれなかったのかなって。バレたら芸能活動に支障が出るってわかるはずなのに。バレないって思ってたのかな」
「わたしもそうだよ。グループをこんなにも窮地に立たせて、彼は何の責任も負わない。そんなの許せない」
やっぱりグループ思いのキャプテンは怒っていた。
優しいね。
「ももせがオッケーなら、あたし達でその男に一言、文句を言いに行かない?」
「はは、できたら良いね。でも相手の男が誰だかわからないし、彼氏に文句言いに行くからって累に聞いても、教えてくれるはずないし。かえって累の心をえぐることになるよ」
わたしはキャプテンに無理だと伝える。
「大丈夫。実はあたし、知ってるんだ。相手の男が誰で、どこで働いてるのか」
「えっ、なんで!?」
わたしは驚く。
「なんで知ってるかは内緒。キャプテンとしてこの世の全てが見通せます。なんてね」
キャプテンの言ってる意味はよくわからなかったけど、怒りの感情がたかぶってたわたしは、累に近づいてグループをピンチにした彼に直接会って話を聞き、そして謝罪の言葉を引き出そうと、キャプテンと一緒に彼が働くホストクラブへ行くことにした。
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