第42話.夜道の待ち伏せ
一人、夜道を歩く。
その体には純真の温もりと、彼を体内へ受け入れた感覚がまだ残っていた。
悪魔側の人間として近づいた自分を、純真は恋人として愛してくれている。
そんな純真に対して、舞は申し訳ない気持ちもあった。
でもこれも終末後の素晴らしい新世界の為、と自分に言い聞かせる。
駅へ歩みを進めていると、いきなり「ひどい人ね。あなたって」と、女性の声が聞こえた。
舞はドキリとして足を止める。
周りを見ると電柱の陰に誰か立っていた。
街灯に照らされているその姿は、黒いワンピースを着た女。
しかもその顔は、舞がよく見知っている顔。
「まき……ちゃん?」
舞は思わず尋ねた。
顔が
しかし、相手の女は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「まきちゃん? あなたとあたしは初対面のはずだけど……」
「あっ、ごめんなさい。人違いでした」
舞は慌てて頭を下げる。
「いいのよ。気にしないで。ところであなたにお話があるんだけど……」
「わたしに、ですか……?」
「そうよ。あなた自身の生き方に関わること。だからあたし、ここであなたを待ち伏せしてたの」
嫌な予感が舞の体を走る。
「あなた、本当にそれでいいの?」
謎の女が突然、尋ねてきた。
「なにが……ですか?」
「自分を好きだと言ってくれている人を裏切ってるなんて、本心では自分は最低って思ってるんじゃない?」
舞の心臓が強く鼓動を打つ。
言葉に詰まり相手に返答できない。
謎の女は話を続けた。
「あなた、悪魔側の先導者でしょ? そして
舞は思わず目を見開いた。
「どうしてそれを……知っているんですか? あなたは一体、誰……?」
「ごめんなさい。あたしの立場上、あたしが何者か名乗ることはできないの。でもあなたの味方だってことは伝えておくわ」
舞はその言葉で少し安心してしまう自分が情けなかった。
舞の声を待たず、女はさらに話を続ける。
「あなたは新世界創世に向けて正しいことをしてるって思ってるけど、本当は心の隅で後悔もしてる」
「別に……そんなことは……」
「今の彼を裏切ってるのはもちろん、学校の同級生二人を消したこと。そのことを今も後悔してるでしょ」
「そんなことない!」
舞は思わず声を荒らげた。
「ほんとにそうかしら? あなたはわかってるはず。彼女達を消すことはなかったって。だってあなたは優しいから」
「そんなことない!
舞は両耳を塞ぎ、頭を振る。
「気づいてるはずよ。あなたが消した二人にも家族がいて友だちがいて、行方不明になっているせいで今でも帰りを待ってて心配してる人がいるって。そしてあなたはそのことを気にかけていて、ずっと罪悪感に苛まれている」
「違う違う違う! わたしは新世界のために間違った人間を粛清しただけで……!」
「それ、お二人の家族の前で言えるかしら?」
そう謎の女に言われた瞬間、舞はわっと泣き出した。
「ごめんなさい! 郷美! 流衣!」
舞はそう大声で言うと、その場で顔を覆い、泣き崩れた。
道路に顔を伏せ、嗚咽を繰り返す。
自分の中に溜まっていた後悔が一気に噴出した。
そんな舞に対し、謎の女もしゃがんで寄り添うように舞の肩を抱いた。
「でもそんなに嘆かなくてもいいわ。だって神側の先導者だって同じことをしてるんですもの。思いやりとか優しさとか言っても、新世界に相応しくないって理由で、気に入らない人間を粛清してる。悲しむ人達を増やしてるのは神も悪魔も同じ」
「でも、わたしが消した郷美と流衣は戻ってこない……」
「あなた、変わりたいんじゃなかったの? あなたのダメなところはね、そうやって情に流される弱い心なの」
「そう言われても……」
舞は涙に
「だから、徹底的に悪魔になり切るのよ。非情に徹して、理性的な新世界のことだけを常に考えるの。それが世の中のためになるんだから」
「わたしはどうすれば……」
「それにはね、まず恋人である成星純真をあなたの手で粛清するの。どうせあの人は神さま側の人間。新世界には相応しくない人間よ。あなたが消さなくても、いずれ贄村が粛清するわ。その前にあなたの手で粛清するのよ。自分を愛してくれる相手を消す、そこまですればあなた自身も踏ん切りがついて、弱々しい自分から新世界に相応しい人間に変われたことを実感できるでしょう」
「純真さんを……消す」
「そう。ただね、今すぐ消してしまうと、先導者が一人減り、神も黙っていないわ。そうなると社会に何が起こるかわからないし。私が消すチャンスを作って教えるから、そのときに消して。あとこのことは贄村には内緒。だって、絶対勝手なことをしたって彼は怒るし、あなたが変われるチャンスも失ってしまうから」
涙が止めどなく頬を伝う舞を、謎の女は優しい目で見つめていた。
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