第35話.雨中の出会い②


 成星純真なりぼしじゅんまはハッと目を覚ました。


 なにやら物音に脳が反応したようだ。


 寝相が悪かったようで体が痛い。


 スーツ姿のまま壁にもたれかかり眠ってしまっていた。


 今何時だろう、仕事へ行く支度をしなきゃいけないと、焦ってスマホで時間を確認する。


 まだ夜中の2時だった。


 そう言えば昨夜、道でうずくまっている女性を見つけて、救護の為、自分の部屋に招き入れたことを思い出した。


 彼女は?


 目をやると、彼女に貸したバスタオルだけが畳んで置いてある。


 部屋の中を見回すと姿がない。


 体調が良くなって帰ったのかと純真が思った時、トイレの水を流す音が聞こえた。


 ドアを開けてトイレから出てきた彼女と目が合う。


「あっ、起こしてごめんなさい。勝手にお手洗いお借りしてしまいました」


 彼女が慌てて頭を下げる。


「いや、気にしないで。自由に使ってくれていいですよ」


 純真は顔の前で手を振った。


「本当にありがとうございます」


 彼女がもう一度、深く頭を下げた。


「あっ、いや、別に。そんなお礼言われるほどのことじゃないですから。それより痛みは大丈夫ですか?」


「はい、おかげさまで。薬が効いたみたいです」


 彼女がニコッと微笑む。


「ところで何かの病気?」


 純真は気になっていたことを、ついうっかり口を滑らせ聞いてしまった。


 彼女が少し困った表情を見せる。


「あっ、別に答えなくていいです。変なこと聞いてごめんなさい」


 慌ててフォローを入れた。


「いえ、別にそんな大したことじゃ……。えっと、あの、生理痛が酷いんです、わたし。いろいろと気を使わせてごめんなさい」


 彼女が謝る。


「あっ、そうなんだ。気にしないで。こっちが悪いんだから。余計なこと聞いてごめんなさい」


 純真は早く話を逸らそうと頭を回転させた。


「そうだ、よかったらアイス食べませんか? 家に帰ったら食べようと思ってたんですよ」


 純真が尋ねる。


「いいんですか? わたしもアイス大好きなんです」


 彼女は微笑んだ。


「晩ごはんもまだだしね」


 そう言って、冷蔵庫へアイスを取りに行こうと純真は立ち上がった。


「そうですね。じゃあわたしが晩ごはん作ります。お礼の意味も込めて……」


 彼女も立ち上がる。


「いいですよ、そんな。体調悪いんだからゆっくりしてて」


 純真は立ち上がろうとする彼女を制止した。


「大丈夫です。もう痛みもないですし」


 彼女が優しく微笑む。


「あっ、それなら二人で作りましょう」


 純真は提案した。


「良いですね。何作りましょうか?」


「えっと、得意料理ってあります?」


「カレーチャーハンとか好きで、よく作ってます。カレー粉ありますか?」


 彼女が訊いてきた。

 カレー粉ならストックがある。


 狭いキッチンで、彼女と二人、カレーチャーハンを作ることにした。


 彼女の指示に従い、純真も手伝う。


 一人で家にいるときは面倒な料理も、二人で料理すると楽しかった。


 一緒に調理してるのが、名前も知らない、さっき出会ったばかりの女性であったとしても。


「口に合うといいけど……」


 完成したチャーハンを彼女が皿に盛り付け、純真がテーブルへと運ぶ。


 二人で声を合わせて「いただきます」と挨拶をした。


「美味しい!」


 純真は大きな声で言う。


「ほんとですか? 良かった」


 彼女が嬉しそうにはにかんだ。


「ところで学生? それとも働いてるんですか?」


 純真は彼女が何者なのか、聞いてみることにした。


「学生です。明導めいどう大学に通ってます」


「大学生かぁ。青春真っ只中ですね。仕事すると遊ぶ時間がすごく減るから羨ましいよ」


「いえ、わたしはそんなに青春してませんから……」


「部活とかはやってないんですか?」


「一応、演劇部です」


「うわー、演劇部。信頼できる仲間と一つの物語を作るなんて、青春じゃないですか」


「そんなことないです……。えっと、お仕事は何をされてるんですか?」


「僕? 広告代理店で働いてます」


 純真は答える。


 二人で雑談をしながら楽しく食事を終えた。


 食後のデザートにと、純真がカップのアイスクリームを冷蔵庫から取ってきて彼女に渡す。


「ありがとうございます」


 お礼を言う彼女にスプーンも渡す。


「あの、良かったら、お名前教えて頂けませんか?」


 彼女がアイスをスプーンで掬いながら訊いてきた。


「名前ですか? えっと成星純真なりぼしじゅんまって言います。あの、よかったら僕にも名前を教えてもらえませんか」


「わたし、天象舞てんしょうまいって言います」


 続けてお互いにスマホを取り出し、電話番号と名前を登録して連絡先を交換する。


 突然、新しい女性の知り合いが増えた。

 今朝、出勤するときにはこんな展開、まったく想像もできなかったことだ。


 それから純真は、明日も仕事だと言うことを忘れ、彼女と長時間談笑した。


 好意を寄せている職場の女性との関係が進まなかった純真にとって、彼女と過ごす時間は寂しく渇いた心を潤してくれた。


 それもこの舞という子が、何より礼儀正しく優しかったから。


 話疲れて二人の会話が途切れた時、彼女が唐突に言った。


「あの、成星さんは彼女とかいらっしゃるんですか?」


「えっ、彼女? いやぁ、いませんよ。いたら天象さんを部屋に入れられませんよ」


 純真は頭を掻く。


「そうですね。ごめんなさい、変なこと聞いて。それにしても成星さんて、真面目で優しい方ですね」


「いえ、そんなことないです」


 初対面とは言え、女性からそう言われれば男性として嬉しいもの。

 福地聖音ふくちきよねもそういうところを見抜いて、自分を神の先導者にしたのかもしれない、などと純真は少し自惚れてしまった。


「あの……」


 彼女が言い淀む。


「はい?」


「もしよかったらわたしと……、付き合ってもらえませんか?」


 純真は笑顔のまま表情が固まった。

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