第34話.雨中の出会い①

 福地聖音ふくちきよねと出会い、成星純真なりぼしじゅんまは神から与えられた奇能で、自分の意中の女性を上司のセクハラから守ることができた。


 だが、守ることができたからといって、その女性と以前よりも懇意になったというわけではなかった。


 そのことを残念には思わなかったと言えば嘘になるが、彼女を勤務中の苦しみから救えたのだから、それ以上、望むのは自分の下心が溢れ出ているようでみっともないのではないか、と思っている。


 それにいまは神である天園司あまぞのつかさや福地清音に協力し、終末に悪魔の勢力を倒し、新世界を創世するという使命が生まれた。


 とは言え、恋人がいなくて寂しい思いをしているのも事実。


 そんなことを思いながら、今日も疲れた体を引きずり、帰宅していた。


 天気予報によると今日は夜は雨が降るらしい。


 そしてその予報は見事に当たり、自宅の最寄駅に着いた時から、大きめの雨粒が暗い空から降り始めた。


 純真は予報に従い傘を持って出勤していたので、降雨に全身を洗われる被害から逃れられた。


 蒸し暑くて体がベタつく。

 帰ったらまずシャワーを浴びて、好きなアイスを食べよう。

 そんなことを思いながら歩いていると、自宅のマンション近くの電柱の脇で、誰かがしゃがんでいる。


 傘もさしておらず、雨晒しである。


 これは恐らくただごとではないと、純真は駆け寄った。


 もし仮に危険な人物だったとしても、自分には奇能があるから恐れることはないと、神から与えられた能力は純真の自信と責任感に繋がった。


 近づくとそれは女性のようだ。

 赤を基調としたチェックのシャツにジーンズという姿。


「あの、どうされました? 大丈夫ですか?」


 純真がそっと声をかける。

 その人が顔を上げた。


 ショートボブの髪が似合っている可愛らしい女性。

 見た目は二十歳前後ぐらいに見える。

 彼女は少し辛そうな表情を浮かべていた。


「はい、あの、大丈夫です」


 その女は微笑んだが、無理をしているように見える。


「傘もささずに……、風邪ひきますよ」


 純真はさっと彼女に傘をかざす。


「ありがとうございます……」


 彼女は頭を下げた。


「立てますか?」


 と、純真が問うと、彼女は立ち上がろうとしたが、また腹部を抑えて再びしゃがみ込んでしまった。


「これはいけない、救急車を呼びましょう」


 純真がスマホを取り出す。


「あの、大丈夫です。しばらく休むと治りますから。痛み止めも持ってますし」


 彼女は純真を制止した。


「持病ですか?」


 と訊くが、彼女は答え淀んでいる。

 救急車を呼ぶのを拒否されても、このまま雨晒しで置いておくわけにはいかない。


「あの、僕の家がこのマンションなんで、もしよかったら、痛みが治まるまでうちで休んで行きますか?」


 思い切って訊く。

 彼女は純真をじっと見た。


「いやっ、その別に変な意味じゃなくて、このまま雨に濡れてると、余計に体調が悪くなりそうだし」


 純真は慌てて釈明をする。


 しかし、彼女は静かに頷いてくれた。

 初対面の男の部屋へ行くことになるのだが、それよりも辛さの方が勝っているのかもしれない。


 純真が肩を貸し、彼女を立たせる。

 濡れないよう彼女の頭へ広く傘をかざした。


 部屋に着くとドアの鍵を開けて、彼女を中へ入れる。


 バスタオルを持ってきて、彼女にかけた。

 濡れた服も着替えさせたいが、女性ものの服など、この部屋には無い。


「もし、男用のTシャツでもかまわないなら着替えあるから……」


「あの、痛み止めを飲みたいので、お水を……」


 純真は急いでコップに水を入れにいった。


 彼女が薬を飲む間に、枕にタオルを敷く。


「よかったら横になって休んでください」


 彼女を促す。


 男の部屋に女性がいる。

 純真には邪な気持ちはないのだが、それでも

 彼女が恐怖心を抱かないように言葉を選び行動するのは、想定以上に神経を使うものだった。


「ありがとうございます」


 彼女は微笑むと、純真が用意した枕に頭を預けた。


 不誠実な男ならこのシーンで身体目当てに、彼女の服を上手く言いくるめて脱がそうとするだろう。

 あるいは、弱っているのをいいことに体に触れるかもしれない。


 だが自分は神に選ばれた先導者として、そんなことは決してできない。

 そんな人間は新世界にふさわしくない。

 終末で滅びる人間側になるわけにはいかない。

 そのプライドが純真を支えている。


 変に物音を立てないよう、純真は部屋の隅で体を硬直させて過ごしていた。


 とはいえ、女性の無防備な寝姿を見ていると、自然と胸が激しく鼓動する。


 彼女はいつのまにか目を閉じて寝息を立てていた。


 純真は彼女にそっと近づく。


 安らかに眠る彼女の寝顔は、生まれて初めて心から愛らしいと思えるものだった。

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