第30話.不意の交戦②
多目的室は学生がダンスや楽器の練習等によく利用する。
防音されているうえに広さもあるので、
「話って何よ」
室内に入るなり、アイドルとして振る舞っている時の明るい声とは全く違う、低く唸るような声で、百瀬は訊いた。
しかし、莉沙はその質問に答えることなく、指を鳴らす。
「おいで、ストローマン……」
莉沙の呼びかけを合図に、床からワサワサと藁が現れ、百瀬の足に絡みつき始めた。
「きゃっ!」
百瀬は小さく悲鳴を上げた。
莉沙は部屋の壁にもたれかかり、腕を組んで、慌てふためく百瀬の様子を眺める。
「なんのつもり!」
突然のことに百瀬は莉沙に怒りをぶつけた。
「あなた、ここで消してあげる」
莉沙は冷淡に返した。
「ふざけるなぁ!」
室内に響く百瀬の叫び声。
藁に足が固定され、その場から動けなくなった百瀬は、必死に上半身を揺さぶっていた。
「ほら、このままだとやられちゃうよ」
莉沙は百瀬に向けて言った。
「わかってんの? わたしは神様の先導者よ!」
「わかってるよ。だからさっさと奇能出してわたしと闘いなよ」
莉沙は壁にもたれたまま、百瀬を挑発する。
「おまえ、許さないんだから。絶対粛清してやる! 姿を見せて! ビートル・イン・ザ・ボックス!」
百瀬が大声でそう唱え、莉沙に向けて両手の掌を広げた。
いよいよかと莉沙は壁から背を離し、一応身構える。
すると、ボンという爆発音が部屋に轟き、加えて煙が室内を舞った。
その煙にまぎれて部屋の中央に現れたのは、縦横1メートルぐらいの、星形のデザインが散りばめられた正方形の箱。
しかも赤いリボンがかけてある。
「ヒャハハハッ」と言う百瀬の不敵な笑い声と共に、箱の蓋が浮いた。
蓋を押しのけて中からのっそり這い出たのは、巨大なカブトムシ。
右半分は黄色地に青の水玉模様、左半分は赤と緑のチェック柄という左右非対称の姿をしている。
(これが彼女の奇能……)
これで百瀬の奇能を確認できたので、とりあえず
そのカブトムシは大きな前足を広げ、莉沙を掴みかかる。
恐らくは莉沙を箱の中に引き摺り込むつもりなのだろう。
だが、莉沙にとって百瀬のカブトムシは、それほどの脅威ではなかった。
何故なら、昆虫なので動きが遅い。
普通の人ならば対応できず、百瀬の奇能にやられるかもしれない。
だが莉沙にとって、この程度を避けるのはパルクールよりも容易く、彼女はフットワーク軽く左右に移動し、カブトムシの足の攻撃を難なく
「ヒャハハハ、アンタの心の中、わたしとカブトムシはお見通しよっ!」
それでも百瀬は自信に満ちた発言をしている。
カブトムシの単調な動きと、予想外の百瀬の奇能の弱さ、それに加えて百瀬の強がり。
それらが莉沙には鬱陶しく、また気に入らないものだった。
「なんか本当に、あなた消したいスイッチ入っちゃった」
鬼童院は、粛清するほど闘う必要はないと言っていたのだが、莉沙は彼の言ったことを無視し、百瀬を粛清することにした。
莉沙が指を鳴らす。
その音を合図に、百瀬の背後に巨大な藁人形が現れた。
「ひっ!」
それを見上げた百瀬は小さく悲鳴を上げた。
その人形は腕から藁の束を伸ばし、百瀬の首に巻きつける。
「そのまま絞め落として飲み込んであげる」
カブトムシの遅い攻撃を、軽いステップで
「苦しい……!」
百瀬の顔が紅潮し歪む。
声もかすれ、そして体も徐々に藁人形の中へ埋もれていく。
主がピンチにもかかわらず、カブトムシは単調な攻撃を繰り返していた。
愚鈍な昆虫の動きを読み切り、もはや身体が無意識で攻撃を
呆気ない勝負に、彼女がストローマンの粛清を見届けてさっさと帰ろうと思った時だった。
百瀬は余力を振り絞り、充血した目をカッと見開き、掌を大きく広げた。
その刹那、巨大な翅を広げたカブトムシ。
そして莉沙へ足ではなくツノを向け、目にも留まらぬ速さで彼女へ突進した。
気を抜いたところへの、パターンが変化した突然の攻撃。
莉沙は対応できず、カブトムシに胸を強く刺突された。
ツノで突き上げられた莉沙は天井へ叩きつけられ、そして受身の取れぬまま床にも勢いよく叩きつけられた。
Tシャツが捲りあがり、ミリタリー柄のハーフトップがあらわになった姿で床に倒れ、身動きができない。
同時に百瀬を絞め上げる藁人形の力も急激に抜け、攻撃が止まった。
(息が……、吸えない……)
どうやらカブトムシの単調な攻撃は相手を油断させる為だったようだ。
恐らく百瀬とあの昆虫は、いずれ油断する莉沙の甘さまで読んでいたのだろう。
彼女はそのことに気づき、警戒を解いた自分の未熟さを悔やんだ。
だが、このまま倒れていては逆に百瀬にやられると、力を振り絞り強打した全身を起こす。
見ると、カブトムシとそれが入っていた大きな箱は室内から消えていた。
百瀬の方へ目をやると、彼女を攻め立てていた藁人形も姿が無い。
百瀬はその場で大の字でひっくり返っていた。
先導者の肉体が強いダメージを受け、体の自由がきかなくなると、奇能を操ることができなくなるようだ。
ともかく百瀬を呼び出した当初の目的、鬼童院からの依頼である彼女の奇能の確認は遂行できた。
莉沙はよろよろと立ち上がると、ダウンしている百瀬を多目的室に残し、そっと室外へ出て行った。
(呼吸すると痛い……。あばらやられたかな……)
なるべく人目につかないように、こっそり学校を出る。
他人から心配されたり可哀想に思われたり、情を受けるのは苦手だし、なにより救急車を呼ばれて校内で騒ぎになったら面倒だ。
時々すれ違う人の目を気にして、なるべく普通に振る舞おうとするも、やはり痛みが激しい。
余りに辛くなったので、莉沙は帰路にある人気のない小さな公園へ寄り、休むことにした。
誰もいないことを確認してから、ベンチに腰掛ける。
(あばらが折れた程度なら、なんとか自力で……)
とは思うものの、さすがの莉沙もこの調子では、いつ家に辿り着けるのか不安になってきた。
それにしても悪魔に頼まれて先導者になったばかりにこんな目に遭うとは。
そもそも先導者になった選択は正しかったのかという疑問まで頭をよぎった。
(第一、ふつうに考えたら悪魔って悪い存在じゃん)
そんなことを思いながら、莉沙がベンチで独り苦痛に耐えていた時だった。
「あらあら、哀れな姿で。可哀想にね」
背後から誰かの声がする。
そんな馬鹿な、誰もいなかったはずなのに、莉沙は驚いた。
ただ、その声は聞き覚えのある声。
痛みを堪えながら振り返ると、そこには黒いワンピースを着た若い女が、一人立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます