第26話.悪魔の仕掛け②
(骨島鉄工所だったところ……ここだね)
指示どおり垣屋駅で降り、
町外れの廃工場なので当然、人気は無く、また周囲の人通りも車通りも殆ど無い。
指定された時刻は午後6時。
スマホの18:00ジャストの表示を確認すると、莉沙は臆することなく工場内へと足を踏み入れた。
廃工場で自分以外の先導者と待ち合わせと言われたが、建物内にも人の気配が感じられない。
(……遅刻? それとも、嘘?)
莉沙は広い空間の奥へと進む。
それでも誰かがいる気配が全く見当たらなかった。
待ち合わせの約束の時刻は午後6時。
ポケットからスマホを取り出し時刻を見ると18:05。
もう5分過ぎた。
約束が守られないなら、ここにいても仕方ない。
さっさと帰ってパルクールの練習に取り掛かろう、そう思った次の瞬間。
莉沙はその場から素早くジャンプし飛び上がった。
勢い余って廃工場の壁に激突する直前、彼女は壁を蹴って空中で後方回転をし、PKロールと呼ばれるパルクールの受け身で転がりながら着地し、そのまま太い鉄骨の柱へと身を隠した。
直後に金属がコンクリートの地面を叩きつける音が、廃工場内にけたたましく響く。
暫くして響音が落ち着くと、莉沙は用心しながら柱の陰から覗いた。
さっき自分が立っていた場所に大きなトラバサミが落ちている。
(……誰の気配も感じられなかったのに。これは……奇能による攻撃? まさか罠に嵌められた?)
莉沙が状況を窺っていると、いきなり、
「ブラーボ!ブラァボゥ!」
そう叫ぶ男の声と拍手する音が響いた。
莉沙が声の主へと目をやると、工場内の上部に張られた鉄骨に誰かが腰掛けている。
その男は黒のハットを被り、ラウンド型のサングラスをかけ、黒いコートを着て赤いネクタイを締めていた。
その男の背後には神父のような聖職者の姿をした人形が見える。
落ちているトラバサミは、その人形の開いた腹部から鎖で繋がれているようだ。
これら全ての要素は、真樹から事前に教えてもらっていたある男の特徴。
(あれが……
しかし、なぜ自分が攻撃されたのか、理由がわからない。
莉沙は柱の陰から動かないことにした。
「姉ちゃんが緑門莉沙か?」
男は大声で莉沙を呼ぶと、スルスルとトラバサミを引き上げて奇能を消し、勢いよく鉄骨から飛び降りてきた。
「すまんすまん、もう襲わねぇから出てこいよ」
男は陽気に言う。
莉沙は警戒しながら、そっと男の前に姿を表した。
「おや、どんな子かと思ったら、整った顔をしたなかなかの美人じゃねぇか。目つきも鋭く頼もしいぜ。こりゃ良い仲間だ」
男はにんまり笑う。
「あなたが……鬼童院戒?」
莉沙が尋ねた。
「これが聖徳太子に見えるか?」
冗談を飛ばす男からは、相変わらず緊張感が感じられない。
「……つまんない」
莉沙は冷淡に言葉を吐く。
「姉ちゃん、あんまり笑わないタイプの女だな」
「……そんなことより、なんでわたしを襲ったの?」
莉沙は一番知りたかったことを訊いた。
「これから一緒に仕事するってのに、この程度でやられる奴は使い物にならないだろ? それでちょっと試させてもらったわけよ。俺は無能が嫌いなんだよ。なぁ、わかるだろ?」
鬼童院は莉沙に近づくと、馴れ馴れしく肩をポンポンと叩いた。
「……呆れた」
莉沙はポツリと言う。
こんな男に協力しなければならないなんて。
それにこれを先導者に選ぶとは、
「姉ちゃんがじゅうぶん役に立つってわかったところで早速、用件を伝えるわ」
「わたし、莉沙って名前があるんだけど?」
「姉ちゃんの学校によ」
「聞いてないし」
「
「知ってる」
「そいつな、神側の先導者なんだ」
「……そうなの?」
莉沙は静かに驚く。
「姉ちゃん、やっぱり何にも知らないんだな。まあ、別にそれは良いんだけどよ、頼みたいことはさ、そいつに……、軽く喧嘩売ってこい」
「……はぁ? 何言ってんの?」
莉沙は少し怒気を込めて言った。
「その百瀬とやらとちょっと戦って欲しいわけよ。相手を粛清するほど全力でやる必要はないぜ。ある程度、拳を交えてくれたら良い。それで奴の奇能がどんなものか調べて欲しいんだ。姉ちゃんなら安心して任せられる」
男は莉沙の心情を気にかけることなく、楽しげに話しを続ける。
「……自分でやれば?」
「同じ学校じゃねぇか。それに夢城のお嬢ちゃんに俺に協力しろって言われてここに来たんだろ? なら言うこと聞いてくれ」
「わたし、命令されるの嫌いだし」
「まあまあ、これは贄村のダンナの指示でやることなんだよ。姉ちゃんも今の世界にうんざりして、新世界を目指すんだろ? それなら一緒に頑張ろうや」
再び鬼童院は、馴れ馴れしい手つきで莉沙の肩を叩いた。
莉沙は押し黙っていた。
新世界。
確かに真樹からその話を聞かされ、またそのような世界に惹かれて悪魔と契約を交わしたのだ。
そして自分は新世界の先導者に選ばれた。
新世界を創世する、改めてそのことを自覚すると、莉沙の頭の中に、真樹との出会いの日が甦ってきた。
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