第20話.相殺の男と蛇影の少女①
ラウンド型のサングラスに黒いハット。
そのハットからは、無造作に伸ばした天然パーマの髪が溢れて出ている。
黒のコートに赤いネクタイといった出で立ちの
鬼童院には食事を楽しむという感覚はない。
常に簡易的に栄養の補給ができれば良い。
食に対して一切の色気を持たず、故に彼がいつも重視するのは、値段の安さ、或いは提供までの時間である。
だが安い店にはその値段と、それに集う客の質は比例すると思わせることが少なからずある。
今日も、カウンター席に座る鬼童院の隣には、薄汚れた鼠色のジャンパーを着た高齢の男が座った。
眉間に皺を寄せ、顎には白髪混じりの無精髭を生やし、頭頂部は禿げ上がっている。
その高齢の男は席に着くなり「おぉい!」と、怒鳴るように店員を呼んだ。
昼時の混雑する店内で、対応に追われているのは一人の若い女の店員。
呼ばれるなり、忙しなく「いらっしゃいませ」と男の前へとやってきた。
「早く注文聞きに来んか!」
男は店員の女に怒鳴るように言った。
鬼童院は男の隣で、もくもくと丼から口へと箸を送る。
「申し訳ありません」
少し怯えた様子で店員は、男の渡した食券を受け取った。
「牛丼の並盛りですね。少々お待ちください」
そう言って男に頭を下げる。
そして急いで厨房へと向かっていった。
すると、その男はその店員の背中目がけて「おぉい!」とまた大声で呼んだ。
店員がすぐさま振り向いて男の元へと戻ってくる。
「コップは!」
と男は大声をあげた。
「もっ、申し訳ありません」
と焦った様子の店員は、慌てて男にガラスコップに飲み水を注ぎ差し出した。
するとそれを見た男は、今度はカウンターを拳で強く叩く。
「違う! ふつうはお茶だろぉ!」
店内に響く怒鳴り声を上げた。
「あっ、その、申し訳ありません」
極度の緊張で混乱気味の店員は、微かに震える手で男のコップを下げ、あたふたと湯呑みに茶を注ぎに戻っていった。
その様子を横で聞いていた鬼童院は空になった丼をおもむろに置いた。
そして、自分の湯呑みを手に取るとすっと立ち上がり「はい、お茶」と、隣の男の剥き出しの頭皮に自分の茶をかけ流した。
「あちぃー!」
男は叫びながらあたふたしているようだったが、鬼童院は一瞥もせず、そのまま何食わぬ顔で店から出ていった。
黒いコートのポケットに両手を突っ込み、ブラブラと歩く。
どうせあの
暫く歩き、鬼童院が人気のない路地へと入った時のことだった。
「酷いこと、なさりますね」
鬼童院に呼びかける若い女の声がした。
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