第16話.切断の男(成星純真)④

 翌日、ふだんより早めに出社した。


 清水さんの苦しみを今日で断ち切るために。


「課長、話があるんですが」


「なんだい? 僕は忙しいんだが。すぐ終わる?」


「はい。ただここでは……。場所を変えて二人だけで」


「えっ、なになに? 聞こえないんだけど。もっとはっきり言って?」


「場所を変えましょう」


 僕は課長の耳元に口を近づけて言う。


 課長は舌打ちをして、ちょっとイラッとした表情を変わった。


「忙しいって言っただろ。なんの話? 」


「お時間取らせません。すぐ済みますので」


 僕は頭を下げる。


 課長は再度、舌打ちをした後、渋々といった感じで腰を上げた。


 僕はなんとか課長をオフィスの外へ連れ出すことに成功した。


 無人の会議室へと課長を誘う。


「なんだい、話って。こうしてる間も僕の貴重な時間を新人が奪ってること、わかってる?」


 室内へ入るなり課長が口を開いた。


「そりゃあ、すいませんでしたねぇ」


 課長と二人きり、僕は余裕を見せるため喋り方を変える。


 課長は驚きと怒りが混じった顔をした。


「で、用件はなんだ?」


 語気を強めて課長は言う。


「課長、あなた清水さんにセクハラしてるでしょう」


「突然、何を言いだすんだ!」


 課長は怒号を上げた。


「失恋したかどうか聞いたり、手作り弁当が食べたいと言ったり。あと、デートに誘われてたようですけど、あなた結婚してるでしょうが」


 僕が清水さんから聞いたことを話すと、課長の目が見開き、視線が泳ぎ始めた。


 焦っているのが目に見えてわかる。


 それでも課長は落ち着き払った様子を装おうとしていた。


「成星君、いいか。勘違いするなよ。君達新人はまだ未熟だ。特に君は他のメンバーよりも劣ってるんだから、こんなことをしてないで誰よりも早く仕事の準備に取り掛かるべきだ」


「失恋なんて個人のことなのになんで部長が気にかけるんですか?」


「彼女からどう聞いたか知らないが、彼女が失恋で落ち込んでいたら仕事のパフォーマンスが落ちるだろうが。上司とはそこまで気遣いしなくちゃならないんだ」


「へぇ。それじゃ弁当は?」


「単に美味しそうだったから。逆に聞くが作る余裕があるなら作ってくれって言うことの何が悪いんだ?」


 課長は必死に自己弁護をしている。


「それじゃ、デートの誘いは?」


「プライベートは上司といえども自由だが。それに、君にはわからないだろうが、上司は新人と積極的にコミュニケーションをとるべきなんだ。君は経験が足りないから上司の重さがわからないだろう」


「仕事中、清水さんの体に触れすぎでしょう」


「適度なスキンシップは緊張を和らげてチームワークを円滑にする。君にはまだわからんだろうが。新人のあいだはいちいち難癖つけずそういう上司の姿勢を学ぶべきだ」


「清水さん、嫌がってますよ。彼女の気持ちになって考えないんですか?」


「嫌がってる?そんなわけはない。彼女は僕を信頼してるんだ。成星君も言っただろう。仕事ができると彼女が褒めていたと」


「あれ、嘘ですよ。なに信じてるんですか」


 その瞬間、課長の顔が明らかに紅潮したのがわかる。


「上司を騙したのか」


 僕と課長は無言で睨み合った。


「成星君、君はクズだな。君みたいな人間がちょっと叱られただけで、パワハラパワハラと声高に叫ぶんだろう。クズはなおさら僕の姿を見て、リーダーである者の心構えを学ぶべきだ。ただこのことで君の評価は大きく下がったことだけははっきり言っておく」


 新人は取り掛かるべき。

 積極的にコミュニケーションを取るべき。

 上司の姿勢を学ぶべき。

 心構えを学ぶべき。


 べきべきべきべきべきべきべきべきべき……。


 課長が会議室から出ようとドアノブに手を掛けた時、僕は高らかに笑い声を上げた。


「アンタ、くだらない理屈ばかりで、これじゃ終末に生き残れないわ」


「えっ! 今なんて言った?」


 課長は怒り心頭と言った感じだ。

 でも僕は臆することなく言葉を続ける。


「アンタみたいな思いやりのない人間は終末後の新世界にはいらない人間ってこと」


「お前、頭おかしいのか!なに言ってるのかわからんぞ!病院行ってこい!」


 課長が声を荒らげた。


「もういいよ。僕がアンタのような人間を粛清し、この社会を素晴らしき世界へと導く。悪を断ち切れ、ヒュームズギロチン」


 僕は課長へ向けて親指を立て、首を切るポーズをする。


 すると僕の足元に会議室の床から、次々と鉄パイプといった金属のパーツが噴き出すように現れた。


 それらはガチャガチャと喧しく組み上がり、まるで人の形のようなものになった。


 頭は丸い鏡。

 左半分は銀色に光り輝き、右半分は金属が錆びている。


 そして胴体の真ん中は、大きな刃のついたギロチンになっていた。


 これが僕の能力。

 これが神と契約し先導者として得た奇能。


 そしてこれは終末後の新世界に不必要な人間を粛清するための処刑具。


「なんだ、これは!」


 課長は悲鳴に似た叫び声をあげた。


 その金属人形はガチャリと怯える課長をがっちり掴むと、軽々と胴体のギロチンへ突っ込んだ。


 止めろ止めろ、と騒ぐ課長に気に留めることもなく、その人形は胴の刃を落下させた。


 僕の目の前で切断された課長の身体は、すぐさま霧状になって、会議室の空気中へその姿を消した。


 処刑執行し終わると、その金属人形もまたバラバラに分解され床に崩れ落ち、蒸発するように消えた。


 静まり返った会議室には僕一人だけ。


 僕は自分が得た奇能に興奮と快感で震えていた。


 この能力があれば、清水さんだけじゃなく、日本中の、いや世界中の苦しむ人を救えると。


 ストレスの心配はいらない。


 今日はいつも以上に仕事が捗りそうだ。



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