僕らは明日を望まない
政宗ヒカル
ショートストーリー
episode1 前原導人
カーテンの隙間から差し込む、やわらかな日差し。ご機嫌な母の鼻歌。今日の運勢を一方的に告げる人気アナウンサー。
日常の当たり前を詰め込んだような世界に、少しの期待と絶望感をもちながら、ゆっくりと目を開ける。
今日も変わらず、くすんだ木目の天井が僕を迎え入れた。そう、今日までと何も変わらず。
まだ少しぼんやりした頭のまま、枕元のスマホを手に取り、SNSに思いを吐き出す。
"また目が覚めてしまった"
記念すべき百件目の投稿だというのに、つまらないことをつぶやいている自分を、なんとなく笑ってやった。
今日も目覚めてしまったからには、いつも通りのことをしなければならない。もちろん、大嫌いな学校へ行く準備もだ。
重たい体にムチを打ち、めまいと戦いながら、真っ白なシャツに腕を通した。買ったばかりのシャツのボタンはどうにもつけづらい。どうしても上手くいかないことに苛立ちを覚えていると、ベットに置いているスマホが小さく震える。その音を聞くやいなや、体の重さなど嘘だったかのように、僕はスマホに手を伸ばす。もしかしたら。そんな淡い期待が胸をよぎり、急いで黒光りする画面を覗いた。
どうやら、僕の希望観測はピタリと当たっていたらしい。
あの子からだ。
いつも僕のつまらないつぶやきにコメントをくれる。顔も知らない、あの子。
@Lia_306 "私も"
彼女のコメントは決まってたった一言だけだ。それでも、僕はその言葉が楽しみで仕方なかった。
私も、だってさ。素っ気ないような、でも寄り添うような言葉をくれる。そんな彼女ともっと話してみたいという思いが、いつの間にか積もっていた。止まらないニヤつきをなんとか堪えながら、勢いのままに返信を書く。
@Michi_1205 "いつもありがとう。僕ら、話しが合いそうだね。これから、もっと君と話してみたいよ"
そう打ち込んで、やめた。
そうしたのは、相手の反応が気になるだとか、そんな単純なことでは無い。
無責任な自分に強い苛立ちを覚えたからだ。
目が覚めてしまった、なんて言いながら、目覚めたことを悔いながら、僕は彼女にこれからを、明日を約束しようとしている。明日、僕が目を覚ますかはわからないのに。いや、わかってる。目を覚ましたくなんかないんだ。僕は誰よりも死を望んでいるのだから。そう、
僕は明日を望まない。
嗚呼、彼女はこんな思い知らないだろう。
episode2 春川里愛
酷く静まり返った部屋の中。目を開け、憂鬱になる。これは夢なんだと目を閉じても、結果は変わらない。鳥の鳴き声が、無情にも今日の始まりを告げる。
また目が覚めてしまった。
押し寄せる気だるさが、全ての気力を奪っていく。それに抗おうと、廃棄されたロボットのように、ギシギシと体を起こしてみる。
顔を洗わないと。ご飯を食べないと。今日も、生きないと。
そんなことを思ってみたが、体は全く言うことを聞かない。仕方なく、机の上にあるスマホに手を伸ばす。
そこには、一件の通知が来ていた。
あの人だ。
暗くて、寂しそうな言葉を綴る、顔も知らない、彼だ。
彼がつぶやく度に、誰に決められたわけでもないのに、私は一番に素っ気ないようなコメントを残す。ちょっとだけ、ほんの少しだけ、彼の気を引きたくて。無駄だとわかっていても、どうしてもやってしまう。
彼の気を引くつもりが、いつの間にか私が彼に惹かれていたのかもしれない。
本当はもっと彼を知りたい。もっと彼と話してみたい。そう思って、たどたどしく言葉を紡いでみる。
"あなたとは気が合いそう。もし良ければ、もっとお話しませんか"
……なんてね。いつもめんどくさいコメントをするやつとなんて、話したくないだろう。それに、私は目が覚める度に憂鬱になっている。これからが、明日が怖くて、明日、目が覚めないことを望んでいる。そう、
私は明日を望まない。
彼も同じ思いならいいのに。
episode3 二人の話
きっかけなんて単純なものだった。"嘘告"とかいう趣味の悪い遊びに付き合わなかっただけだ。ノリが悪いだとか、空気が読めないだとか、そんなことを言われても、初めは無視していた。その態度が奴らの気に障ったらしく、陰口は大声へ、嫌がらせはいじめへと変わっていった。持ち物は毎日のように無くなっていた。それでも担任は見て見ぬふり。両親には相談する気にもなれなかった。
正直、早いとこ楽になりたい。誰かに助けを求めても何も変わらないことはわかっている。だから毎日期待を込めて目をつぶっている。
明日、目が覚めませんように。
本当は、誰かと眠りたいという気持ちをこらえながら。
_______________
将来への不安。私が死んでも、その一言で片付けられてしまうらしい。
私の育った町は人口が少なく、静かなところだった。最近は、都会の人間関係に疲れた人が移住してくることが多いらしい。この町に癒しなどないというのに。
幼いうちに両親が他界し、親戚に引き取られた私は、井戸端会議の格好の話題だった。派手な服を着れば品がない。知らないことを尋ねれば教養がない。親がいないからダメなんだ。何度も何度も、そう言われてきた。
耐えられなかった。毎日が怖かった。楽になりたかった。だから、毎日願っている。
明日、目が覚めませんように。
誰かと眠りたいだなんて、思ってはいけないんだ。
episode4 共に
今日は特別絶望した。自らを、自らを生んだのこの世を恨んだ。それと同時に、繰り返す毎日に、これから来る明日に、強い恐怖を覚えた。ズタズタになった教科書と同じように僕の心もズタズタだった。
怖い。助けて。明日なんて来ないでくれ。震える体を押さえつけ、何かに縋るように、僕は必死でスマホを掴む。お願いだ。これ以上何も望まないから。彼女と、"あの子"と、もう少しだけ話したい。
恐怖が僕を飲み込む前に、もう少しだけ。たった一言、それでも僕の全てを綴った。
"共に眠ってください"
僕はいつの間にか、画面越しの君に恋をしていたらしい。共に眠りたいと思うほどに。
_______________
今日ほど生まれたことを後悔した日はなかった。怒号。陰口。軽蔑するような視線。そんなノイズが私を蝕んでいった。
何かが私を支配していく感覚。今日を満足に生きられなかった私が、明日を生きるだなんてゾッとする。
嫌だ。助けて。震えながら、いるはずのない神に向かって必死に祈る。
これが最後のわがままです。どうか、彼と、"あの人"ともう少しだけ、話をさせてください。
ぼやけた視界の中、何とかスマホを掴み、画面を覗く。そこには、たった一件の通知があった。
"共に眠ってください"
いつの間にか恋をしていた、あなたからの通知。共に眠りたいと思った、あなたから。
episode4 彼らの出会い
「初めまして」
素っ気なかったあの子が、涙でぐちゃぐちゃになった笑顔を向ける。
気を引きたかったあの人が、私にそっと、ほほ笑みかける。
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たどたどしく、自分たちの話をした。名前。性別。年齢。好きな物と嫌いなもの。今まで楽しかったことだとか、とりあえず知らなかったことの全部。明日の話なんてしてやらなかった。
話をしているうちに、いつの間にか体の震えは治まり、彼女の涙も止まっていた。代わりに、笑い声が響いていた。
「久しぶりにこんなに笑ったよ。ありがとう。」
そう言うと、彼女は、少しだけ目を細めて、
「私も。」
とつぶやいた。
_______________
「私も。」
今度は素っ気なくないよ。気を引こうなんて思ってない。私も、あなたも、恋をしてるって、お互い共に眠りたいんだって、知っているから。
お気に入りの服に着替えた。好きなお菓子をたくさん食べた。よく知らないロックを爆音で流した。駅で見かけるバカップルの真似をして「里愛」「導人」だなんて何度も呼びあって、また笑いあった。二度と来ることのない明日を祝って。
_______________
お祝いも終わり、これから二人で寝られるんだと思ったら、気持ちが高ぶって寝られない気がした。まるで遠足前の子供みたいだ。だから部屋を真っ暗にして、布団を頭まで被って、画面越しにお互いの手をあわせた。
ドラマみたいなくさいセリフは言えそうにないけど、精一杯の愛を伝える。
これで最後。それじゃあ、
「「おやすみなさい。」」
薄れゆく意識の中、甘い記憶と苦い錠剤が、僕らの中に溶けていった。
僕らは明日を望まない 政宗ヒカル @Hikaru_12
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