最後の日
白と黒のパーカー
第1話 最後の日
俺以外の人類が滅亡して百年ほどの年月が経った。詳細はもう覚えていない。
数えるのも面倒なくらいのくだらない日々を繰り返し続けるうちに一日という区切りをつけることが面倒になったのだ。
だから百年“ほど”。その数に特に意味はない。でも確か、人類がまだ存在したころには区切りの良い数字としてなにかと用いられていた気がする。
とにかくそれくらい昔に人は未曽有の大災害があってあっけなく絶滅してしまった。
じゃあなんで俺は生きているのか、生き続けているのか。
そんなのは俺が聞きたいところだが、簡単な話。どうやら俺は不死身だったらしい。
不死身、つまり死なないのだ。
高いところから飛び降りても、頸動脈を切ってみても、プレス機に挟まれてみても死にやしない。
結局死んだのは日々摩耗していく心だけだった。
何のために俺は生まれたのか、もしかしたら重要な役割があったのではないか、俺が何かをしていれば人類の滅亡は防げたのではないか。昔はそんなことも考えたりもしたが結局行きつく先は後の祭り。
今更そんなことを考えたところで何の意味もないんだから考えるだけ無駄。
人類という大きなしがらみがなくなったこの世界には、夢も希望も絶望も悲しみも存在しない。
ただ超自然的な風景と旧人工物との歪な交配の結果が至る所に存在するだけ。
空気を吸えば新鮮だし、空から降る雨だってそのまま飲めるほどに澄んでいる。
動物はいないが野菜は育つから食べなくても餓死はしないとはいえ、食べるものにも困っていない。
実は順風満帆な快適生活を送っているのかもしれない。
話し相手というものが存在していたころの記憶はあいまいで、もはや自分がどうやって声を発していたのかは忘れてしまったが、今日は無性に誰かと話したい気分になる。
だから俺は日記にその感情のままを書き込むのだ。
もう顔も思い出せないかつて俺が好きだった人。
幼いころからの腐れ縁で何となく放っておけなかったあいつ。
俺に言葉のすばらしさを教えてくれたあの先生。
数々のもう一度話したい人たちの面影を空想し、気持ちを書きなぐる。
最後の鉛筆が折れた。
この世界には確かにまだ人工物が残っている。
とはいえ俺にはそれを扱って何かを生み出す知識なんてない。だからそれらはそこで終わり。これから新たに供給されることはなく、今あるものを以ってこの世界というプログラムから削除される。
俺も鉛筆とかに生まれてたら終わりがあったのかな。
不思議なもので、記憶は翳り人間性というものも希薄化してきているこの状況でもまだ涙は枯れないらしい。
季節は冬なのか外には雪が降っており寒い。
ボロボロになった毛布を手繰り寄せながら長い時間泣きじゃくる。
気づけば白く染まった視界が桜の花びらに上書きされていた。
暖かい木漏れ日に頭を撫でられたような気がして少し頬に赤みが差す。
涙が枯れた。
ふと視線を上へと向けてみれば、いつもと違うことに気づく。
空から何かが降ってくるのだ。
それはとても大きい。きっとこの星を余すところなく壊しつくすほどに。
ああ、やっと終わりがやってきたのだと安堵の息を漏らす。
星が死ねば、自分も終わることができるだろうとただひたすらに心が安らぐ。
幾年も前に枯れた涙は再びあふれ、翳りを見せていた記憶は鮮明に。
終わりを目前にして人間として蘇る。
夢と希望。絶望と悲しみ。そして最後に生への執着。
「ああ、死にたくないなあ」
空から降る星はもう止まらない。
最後の日 白と黒のパーカー @shirokuro87
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