③
部屋に戻り、ベッドに突っ伏した。
詞が残したノートが、いやに軽かった。この軽い紙の束に、言葉が綴られている。しかしそれは紛れもなくあいつの残した言葉で、それを意識した途端に、そのノートの重みが増した気がした。
開くべきか。どうするべきか。そんな自問自答をしながら、ノートを眺めた。
どれくらいの時をそうしていたのかはわからない。いつの間にか家族の明かりが消えていた。
ノートに向かい筆を走らせるあいつの姿が目に焼き付いている。畏怖すら覚えたその光景。あいつが生きている時には、向き合うこともしなかった、その姿。
こいつには、あいつの命が込められてる。
もし、自惚れでないのであれば。それを受け止めるべきなのは、俺自身だった。
――それ、詞の前でも同じことを言えるんですか――
昴の言葉が頭をよぎった。
「なんでお前ら姉妹は、俺に踏み込んでくるんだ。放って追いてくれないんだ」
物置と化していた机から、荷物を雑に払いのける。そこへ、詞のノートを丁寧に置いた。読書灯をつけ、深く息を吸うと、――最初のページに指を伸ばした。
『やり残したことがある。
いや、正確には、死ぬ前にそれをするか否か、決めきれずにいるのだ。
私には友人がいる。彼のことが気がかりだ。
夏生まれの癖に夏が嫌い。そんな彼は走ることしか脳が無い男だ。言葉は足らず、配慮も足らず、その癖、いつの間にか周囲を巻き込んでいる。その自覚が無いだけに、たちが悪い。そんな彼に思いを寄せ、振り回されている我が妹を不憫にすら思う。
もし彼が走れなくなるようなことがあれば、周囲も困るだろう。そして妹も大いに悲しむだろう。それを考えると、私までもが辛くなる。
その原因に、自分がなるのではないか、という自覚がある。
私に勇気があれば。直接伝えることもできただろうに。
こうして筆を走らせても、私は彼とともに走ることはできないという現実を知った。
だから、である。
私はここに、願うのである――』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます