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先週、ひょんなことから隣の席の安藤さんの胸に自我があり、しかもやたら親切ということを知ってしまった私。
そして、安藤さんの胸を指して使われる『いい胸』という単語が『いい人』と同じ意味で使われていることを知った私。
そして、それが案外周囲には知られていて私だけが知らなかったということを知ってしまった私は、今日も安藤さんと一緒に帰宅中である。見慣れた道を二人と一対の胸で歩いていく。
「いやあホント、安藤さんの胸が喋るって未だに驚きだよ」
「あなたその話何回目? 病院なら近くにあるわよ」
「酷くない!? そんなに私と話すの嫌!?」
「いえ、何度も同じ話をするから、もしかして脳に異常があるのではないかと心配しただけよ」
「そ、それはどうもありがとう……」
本気で心配してくれたんだよね? なんとなく皮肉っぽくも聞こえてくるけど……。
私が少し心に引っかかるものについて考えていると、安藤さんは何かに気付いたような顔をした。何か学校に忘れ物でもした? だったら急いで戻らないと。
「ごめんなさい。近くに在ったのは産婦人科だったわ」
「どうでもいいよ!」
しかし、この近くに産婦人科があったのは知らなかった。学校から駅までいつも決まった道しか使わないから、少し外れただけでどこに何があるかなんて分からなくなる。安藤さんと私は同じ駅を使ってるけど、安藤さんは探検とかが好きなのだろうか。
「女子高生が産婦人科だなんて、偏見を持つ人にあらぬ誤解を与えてしまうかもしれないから、制服のまま行くのは危うい行為だったわね。ギリギリセーフと言ったところね」
まあ、確かに産婦人科を利用するときは子供ができた時だけに限らないけど、それを知らない人から女子高生なのに産婦人科だなんて、けしからんことをしたんだろって思われるかもしれない。しかし安藤さんって変に気を遣うよね。
「はは……、お気遣いどうも」
「でもあなたはそういう偏見持ってそうよね」
「え、なんで!?」
偶にだけど安藤さんってなんで私をそんな理不尽に扱うの? さっきの優しい気遣いはどこ!?
「それによくよく考えてみると、要らぬ気遣いだったかもしれないわね。だってあなた産婦人科の常連っぽい顔してるし」
「どんな顔だよ!? あんたこそ偏見ばっかりじゃねえか!」
そんなに男と羽目を外しそうな顔か! って駄目だ。このツッコミは偏見が混じってる。産婦人科を利用するときは子供ができた時に限らないって言ったばかりなのに。……もう! やり辛いな!
「いえ違うの。産婦人科でいつも見かける子にそっくりなのよ。だからてっきり」
「へえ、そうなんだね」
本当だろうか。かなり疑わしい話だけど。いや、仮に本当だとしても私は納得しないよ!
「その子おかしいのよね。毎日来てるの。普通産婦人科に毎日通うかしら? お腹も膨らんでいないのによ? さすがに毎日はおかしいでしょう? 何しに来てるのかしら?」
「それあんたもだよ! 他人のこと言えないよ!」
毎日産婦人科に来ていることを確認しているあんたが、どこに居るのか思い出してよ!
「あら、私は違うのよ? 私はただの冷やかし」
「そんな迷惑なことは今すぐやめろぉ!」
「ちょっといいかしら?」
私と安藤さんが、言い争いにも近い会話をしていたせいで直前になるまで気が付かなかったが、いつの間にか私たちの目の前に、語尾に「ですわ」と付けそうな如何にもお嬢様と言う感じの金髪縦ロールの少女が立っていた。
歳は多分私たちと同じくらいだと思う。すごい髪形だなあと思うのだが、金髪縦ロールに負けずに目を引くのが豊かな胸だった。これも多分安藤さんと同じくらいだと思う。……私は違うけど。
「あら、私に何か御用かしら?」
安藤さんは金髪縦ロールの少女にそう返事をする。ナチュラルに私ではなく自分に用があると思っているのが凄いところだ。
「あなたたち、安藤さんと胸さんですわよね?」
「ええ、そうよ」
本当に私に用はなかったのか……。
「私、西園寺京子と申しますわ。実は、あなた方にお願いがあって参りましたの」
そう言って、西園寺さんは自分の豊かな胸を両手で下から持ち上げた。嫌味でしょうか?
「この胸が、あなたの胸さんとどうしても戦いと言って聞かないんですの」
「すまねえが、俺と戦ってくれねえか?」
この人も胸に自我があるタイプの人だったぁっ! 胸さんで大分慣れたせいで、西園寺さんの胸が喋ったって一発で分かっちゃったよ。
西園寺さんの胸は、胸さんと違って口調が少し荒い感じがした。しかし、自我のある胸って案外居るもんなんだなあ――って、居て堪るか!
西園寺さんの胸は続ける。
「胸さん、お前の噂はかねがね聞いてた。俺はお前みたいに男気があって強い胸と戦うのが夢だったんだ。お前はその相手に不足はねえ。どうか頼む、決闘してくれ」
これに胸さんが返事をするまでには少し間があった。やがて胸さんは答えた。
「できれば無用な争いはしたくない。……だが、わざわざやって来てくれた挑戦者を無下に扱うこともできない。良いだろう、相手になろう」
「あ……ありがとう……っ!」
西園寺さんの胸は涙をこらえるような声で胸さんにお礼を言った。なんかいい話風に話が進んでるけど、決闘って犯罪なんだけど!
なんだか妙なことになってきた。正直なところ決闘なんて私の知らない所でやって欲しい。そういうわけで私は一人、こっそり帰ろうとした。しかし、悲しくもその行動は一瞬で二人にバレてしまい、あろうことか二人は勝手に私を立会人にしてしまったのだ。その時の安藤さんの脅し文句がこれ。
「あなたが立会人を引き受けないなら、見ず知らずの善良な市民が犠牲になるのよ」
こう言われてしまっては私は断ることができず、安藤さんと西園寺さんの後に続いて近くの河川敷に向かうことになってしまった。この際だからもう仕方がないけれど、さっきの言い方、安藤さんは私なら犠牲になっても良いのか!
もやもやしながら歩いているとすぐに河川敷に着いた。
それから安藤さんと西園寺さんの二人は、10メートルほど距離を取り向かい合う形で立った。私はというと、私たち三人を結ぶと二等辺三角形になるように立った。
もちろん、私は二人からは10メートルなんてもんじゃなく15メートルは離れた位置に立った。巻き込まれるのは御免だもんね。
と、ここで私はふと気づく。決闘と聞いて何となく殴り合いのけんかを想像していたけれど、胸同士の決闘っていったいどんな戦いになるんだろう。以前胸さんが男子と戦ったときには、右ストレートという名のタックルをしていたから、今回はお互い体のぶつけ合いとかになるのだろうか。まあ、離れておくのに越したことは無いだろう。
「じゃあ、お嬢ちゃんの合図で開始ということで」
「ああ、良いぜ」
胸さんの提案を西園寺さんの胸は了承する。勝手に了承するな! 私としては私の合図で物騒なことが始まると思うとそんなことはやりたくない。
ぐぅ~。
そんな時に私のお腹が鳴った。
……しかし、しかしだ。私が合図を出さなければ、あの二人はずっとあそこで立ち尽くすしかないんだ。そう、これは云わば人助け。あの二人がおうちに帰れるように、私はちょっと助けてあげるだけなんだ。
「はじめぇッ!」
私は大きな声を出し、右手を振り上げた。その直後安藤さんと西園寺さんは走り出し、互い目掛けて一直線。このままタックルか――かと思いきや、お互いがぶつかる一歩手前でピタリと止まった。お互いの息がかかるくらいに近い距離だが、止まるならなんで走ったんだ!?
かと思うと、安藤さんと西園寺さんは互いに深呼吸して息を整え始めた。急に走り出して急に止まったからかと思いきや、どうやらそうではないらしい。何か大技を繰り出す前の溜めとか精神集中とかそういう類だと思う。
……いや、それにしてはちょっと長いな。もう二分くらいたってる。ん……? なんかお互い片手を前に出して「待った」ってポーズをしてる? ……いやこれやっぱり走ったせいで息荒くなっただけだ! だったらなんで二人して走ったんだよ! 自分の体力くらい把握しとけ!
「そろそろ始めようか」
胸さんがそう切り出したのは、さらに一分が経過してからだった。付き合わされているこちらとしては何でもいいから、とっとと始めて欲しいところだ。
「いいぜ。じゃあ最初から全力でいかせてもらうぜ! オラオラオラオラオラオラッッッ!!!」
「ほう……ラッシュの速さ比べか……」
ええ……。私には西園寺さんが上半身をくねくねしているようにしか見えないんだけど……。胸を拳扱いするな!
「だったら受けて立つぜ! オラオラオラオラオラオラッッッ!!!」
胸さんがそう言った次の瞬間、安藤さんも西園寺さんとまったく同じ動きをして西園寺さんに近づいていく。そしてついに二人の胸が触れあった!
「「オラオラオラオラオラオラッッッ!!!」」
す、すごい……っ! 二人の女子高生が高速で胸を交互にぶつけあってる……っ! 何かの儀式か!
それから数十秒ぶつけあっていたが、やがて二人は距離を取った。
「……互角、か」
「どうやら、そのようだな……」
胸さんと安藤さんの胸はそう言って互いの実力を認め合った。互角って、まあこんなので決着がつく決闘ってなんか嫌だけど。
――と思った次の瞬間、安藤さんの頬に切り傷がピッと生まれ、西園寺さんの服の二の腕当たりがピリッと少し破れた。なんか漫画でよくある軽傷の表現出てる! 胸ぶつけ合っただけでなんでそこが傷つくんだよ!
「ちっ……、このままじゃ埒が明かねえ。悪いがこの手を使わせてもらう!」
西園寺さんの胸はそう言ったかと西園寺さんは思うと、金髪縦ロールから日本刀を取り出した。そして上半身の服を全部脱いで、日本刀の柄の部分を自分の胸の谷間に押し込んだ!
「まさか……! 胸が日本刀を持てるだなんて……!」
さすがの安藤さんも驚いたような声を出す。確かにそれもそうだけどそもそも銃刀法違反だし、縦ロールより明らかに長い日本刀をどうやって髪の中に隠してたんだ!
「覚悟!」
安藤さんの胸は胸さんに切りかかる。これはさすがに安藤さんの命が危ない。立会人として止めないと。しかし、そう思ったときには西園寺さんの胸はもう動き出している。万事休すか?
そんなとき、安藤さんはいきなり西園寺さんと同じ様に上半身の服を脱いだ。それに何の意味があるのか分からないけれど、今はそれが意味のあることで上手くいくことを祈るしかない。どうか安藤さん、無事で――! 私は思わず目を閉じた。
「な、なにっ!?」
西園寺さんの胸の驚いた声が聞こえて、私は恐る恐る目を開けた。そして私は目にした!
「し、し、白刃取りだっ!」
私は思わず叫んだ。白刃取りだった。安藤さんの胸は白刃取りをしていた。刃が安藤さんの体に触れる前に、胸の谷間で刃を挟み白刃取りをしていた! そしてそれはいつものようにノーハンドだった。
「そうだったのか……。胸さんの強さ、それは単純な喧嘩の強さじゃねえ、冷静な判断力によるものだったのか……」
なんだよそのマジな反応! ただ胸で挟んだだけだろ! そんなに驚嘆するほどの事か!
そして西園寺さんの胸は力なく日本刀を落とした。彼は弱弱しい声で言った。
「完敗だ。もう打つ手はねえ」
なんか特に何もしなかったのに胸さんが勝ってしまった。立会人なんだし何か言っておいた方が良いのかな。
「えーっと、じゃあ胸さんの勝ちということで」
周囲の反応をうかがう。特に異論も抗議も無かったので問題なかったようだ。私が一安心していると、胸さんは西園寺さんの胸に話しかけた。
「いや、紙一重のいい勝負だった。……握手、しようぜ」
胸さんはそう言って安藤さんは自分の胸を差し出した。――って、安藤さん服脱ぎっぱなしだし、さっきの白刃取りのせいでブラジャーも切れちゃってる! 服、服着て! ここ外!
「……そうだな」
しかし、私が声をかけるより早く西園寺さんの胸はそう答え、西園寺さんもブラジャーを外して、二人はお互い胸を押し付け合った。
――あー! なんてことを! 外で誰が見てるかもわからないこんな所で、女子高生が裸で胸を押し付け合うなんてっ!
「ちょっと、二人とも早く服を着て! 私まで変態の仲間みたいでしょ!」
しかし安藤さんと西園寺さんは「何言ってんだこいつ」という顔をするのだった。
「いやなんで私がおかしいみたいな風なんだよ! それになんで西園寺さんまでそっち側なんだよ! 胸が喋る人は皆おかしいのか!」
「ちょっとあなた、それは聞き捨てならないわよ。今の発言は偏見に基づいた極めて差別的ではないかしら?」
「そのネタはもういいよ!」
そして後日、例の如く私は安藤さんから「あの胸を押し付け合ったんだ……」とついつい目が離せなくなってしまい、またしても授業に集中できなくなったのでした。
――そして休み時間。
「どうしたの安藤さん?」
「あなた、私のことを変態変態って言うけれど、いつも私の胸を見てばかりいるあなたもよっぽど変態なのではないかしら?」
…………………………。 ……? ……!? …………? ………………。 …………! …………っ!?
「バレてたっっっ!?」
いい胸 焼き芋とワカメ @yakiimo_wakame
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