最終話 海千流編

「あ……」


 自らの体が透け始めた事に気づいたみちるが、未来の改変の成功を確信した。


「はる……っ、勝ったんだ……っ!」

「え……どっ、なんで透けてるの!?」


 目の錯覚かと思った。

 だが確実に、そこにいるはずのみちるの姿が、消えていく。


 足下なんて、もう見えていないのだ。

 指先も、もう触れる事さえできない。


「……どうして、帆中様が泣いているんですか……」

「えっ、あれ? なんで……わたし、泣いてるんだろ……」


 本能的に、悟ったのかもしれない。

 帆中とみちるはほとんど接した記憶がない。

 さっきから今までが初めての触れ合いみたいなものだ。


 だがそれでも、魂が知っている。

 だからなのかもしれない。


 言いたい事が溢れてくる。

 その言葉は他人から見たら、よく分からないものかもしれない。


「大変な思いはしなかった? ちゃんとご飯食べてる? ――友達は、いるの?」


 大変な思いはたくさんした。

 けど、それが帆中のせいとは思わなかった。


「うん。たくさん。みんな、あたしを助けてくれたの」

「そう……なら、良かった」


「…………もう、後悔しないでやり遂げてね。きっと、はるはもう受け止めてくれるから」


 みちるの体はもうほとんど残っていなかった。

 首から上だけ。

 抱きしめる事もできない。


 帆中が、みちるの頬に手を添えた。


「ありがとね、みちる」

「……………………あたしこそ。あたしを残してくれて、ありがとう――お母さん」


 そして。


 みちるの存在が、この時代から完全に消えてなくなった。




「帆中ッ!」


 箒に跨がり、勢い良く現れた面舵が転びながらもすぐに立ち上がって帆中の肩を掴んだ。


「みちるは!?」


「…………? 誰?」


「え……?」


 おかしい、分からないわけがないだろう……だって、※※※は――。


「……あれ?」


 名前が出てこない。

 誰を探していたんだっけ? 


 思い出そうとしても、想像した女の子の顔には黒いもやが重なり、認識できなかった。

 やがて、女の子であるという事さえも思い出せなくなり……、


「僕は、なんで急いで帆中のところに来たんだっけ……?」

「解決、したの?」


 その一言で、面舵はこの場に来た理由を、思い出した。


「うん……解決した。終わったんだ、全部」


 長かった。


 彼の中に積まれていた想いが、言葉が、今回の経験を経て、勇気に変わった。


 他にも言うべき事はたくさんあるだろう。

 しかし面舵はこの言葉をまず帆中に。


 ずっと前から、言いたかったのだ。


「なあ帆中……僕と、友達になってくれないか?」


 ずっと、待ちわびていた言葉。

 いや、帆中は妥協して、こっちからのアプローチに頷いてくれるだけで良かったのだ。


 一生、叶わないと思っていた願いが叶い、破顔したと同時に涙が溢れてくる。

 あたふたと戸惑う面舵を見ているのは、少し面白かった。


 涙を指先で拭って、帆中千海が言った。

 素直に頷かなかったのは、まあ、面舵への意趣返しである。


「これだけ関わったんだから、もう友達でしょ?」






 エピローグ


 母親の遺留品を物色している際に見つけたノートがきっかけだった。

 魔法使いの母と言われる偉大な人が、自分の母親だった。


 施設に隠されてあった自分の出自を記していたカルテと付随する資料を見通して得た情報だ。

 信憑性は高い。


 その後、母親が誰にも言わずに個人で所有していた狭い部屋があった。

 そこには彼女が大切にしていた思い出の品が収められている。


 誰にも踏み荒らされていない、生活感が未だ残っているその部屋は落ち着く匂いで満たされていた。


 部屋には家具が一式置いてあるものの、利用の仕方は倉庫だった。

 母親も生前、この部屋で暮らしていたわけではないのだろう。

 物思いに耽るために利用していたのかもしれない。


 机の上には、一冊のノートがあった。

 死後、誰も足を踏み入れていないのなら、母親が最後に触れた品物である可能性が高い。


 恐る恐る、開いてみる。

 中には母親の想いが綴られていた。


 恐らく死ぬ間際に書き連ねた事ではない。

 もっと幼い頃から、成長と共にページ数もめくられていったのだろう。


 残り数ページのところまで迫っていた。

 一冊を使い切れなかったのは、彼女も少しは悔しいのではないだろうか。


 内容は彼女が人生でしたい事、悔いを残した事などが書かれており、きっと、彼女の中で満足したら斜線で消されているのだろう。

 だが、一つの項目だけ、何重もの線で囲われていた。


 死ぬまでに彼女ができなかった、心残り。


『面舵晴明と友達になる!』


 それは、みちるがよく知り、お世話になっているおじさんの名前だった。


 おじさんはかつて八つ当たりをして疎遠になってしまった女性の事を今でも引きずり、後悔していた。

 その相手は、死ぬ間際になってもその項目を果たせないまま、未練を残して逝ってしまった。


 両想いのすれ違いは、一生繋がる事はないと知ってしまったら――、


「……あたしが、繋げてみせる」


 一冊のノートが、きっかけだった。


 無茶な事だって分かっている。

 方法だってあるかも分からない。


 だけど、魔法なら、なんでもできてしまう魔法なら――なんだってできるはずなのだから。


「お母さんの後悔は、あたしが晴らしてみせるから!」


 こうして、みちるの長い長い時間の旅が始まった。



 そして、彼女の想いが時を超えて母親を救い――、


 本来なら、彼女が亡くなるだろう年齢になって、新たな命が生まれたのだった。




 赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 元気な女の子だった。


「名前はもう決めてありますか?」


 担当の看護師が父親に尋ねた。

 母親と同様に、頷いた。


「もう決めてあります」


 まず始めになんて声をかけようかも、既に決めていた。


 ずっと、待っていた。


 君が生まれてくるのを。


 そして、こう声をかけるのだ。



「――おかえり、海千流みちる

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魔法使いと未来人が無人駅にいる。 渡貫とゐち @josho

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