第38話 みちる編

 未来の映像がかき消え、割り込んでくる声。


 大倉良から帆中千海への、気持ちの悪い恋慕が頭の中を支配している。


 拒否する事もできない状況で、有塚の動きに乱れが生まれた。

 大倉の強制送信のせいで、有塚は未来を見通す事ができなくなっている。


「…………」

 と、涼しい顔を崩さず、面舵の相手を続行する。


 未来が見えないと、悟られてはならない――、

 面舵の箒と有塚の箒が衝突し、鍔迫り合いになる。


 後ろから、上から、下から、空を飛ぶ使い魔が一斉に集まって来ている。

 どれかを対処するのであれば、面舵一択だ。


 ひゅんっ、と風を切る音と共に高速で移動した有塚のスマホが面舵の眉間に突き当たり、後ろに逸れた面舵の体に箒を乗り上げさせ、体勢を上下の関係に。

 面舵の箒を魔法により真下に落とし、面舵の体が大きな水飛沫を上げて川の下へと沈んでいく。


 まるで鉄塊を抱えた面舵はそう簡単に水面には上がって来れないだろう。

 使い魔たちを隙間を縫って避けて、川から離れる。

 いつの間にか、移動している間に土手まで来てしまったらしい。


 奇遇にも、ここは帆中千海を連れ去った場所であり、面舵晴明と初対面した場所だ。

 奇遇? 

 未来が見えないため分からないが、面舵……いや、大倉の誘導なのではないか。


 しかし、開けた場所に誘導したいだけで、土手のどこか、には固執していないのだろう。

 見て分かる通り、なにもない。


「千海が死ぬ事が、お前の目的……でいいんだよな?」

「心を覗いたくせに……分かってねえことねえだろ」


 大倉も有塚と同じだ、覗ける心も全てではない。

 さっきの一瞬では、有塚の一部分しか聞く事はできなかった。

 今は送信に意識を割き、未来を見せないようにしているため、彼の本音を探る事は難しい。


 こうして会話に頼っているのもそのためだ。


「本当に?」


 妙なのだ……帆中が死ねばいいなら、なぜもっと早く殺さない?


 いくら手を汚すのが嫌だとは言え、二十歳になったら死ぬとは言え、そこまで待つ必要もないはずなのだ。

 ……ただ死ぬのではなく、他にも目的があるのだとすれば。


 今のこの戦いだって、有塚が姿を眩ます事に専念し、帆中がいる場所へ移動して殺してしまう事もできたのだ。

 大倉は最もそれを警戒していた。


 なのに、一向にその手には移らない有塚に違和感を抱いていた。

 考えつかないはずがないのに、だ。


「知りたきゃ覗けよ。このうるさい声を消してくれるなら、好きにすればいい」


 だが大倉は彼の心を覗かなかった。

 なにかを隠している、別の企みがあるのではないか――、

 だったら尚更、未来を見せるわけにはいかないし、帆中を今すぐには殺さない理由があったとして、やはり見殺しにする事には変わりがないのだ。

 野放しにはできない。


「で、この場所を選んだのは勝負をつけるためか?」

「ああ……、確かに、ここは俺たちの始まりの場所だな……」


 面舵と正面からぶつかった、初めての場所。

 当時は銀が相手をしたのだったか。

 大倉が最後のダメ押しをしたが、逃がしてしまった。

 帆中千海を巡って始まった、対立のスタート地点。


「ヒントは与えたぞ」

「?」


 有塚は気づいていなかった。

 未来を見ていれば、きっと気づき、ここに近づきもしなかっただろう。


 姿の見えない面舵。

 かつて、銀に敗北した彼が、みちるに連れられ、撤退している。


 有塚が覚えていれば、もしくは思い出せば、回避できたはずだ。

 彼はかつてその穴を堀り、そこに解毒薬を置いていたはずなのだから。



 土手の一部が剥がれ、人影が現れる。

 振り向いた有塚は反応できても体が追いついていなかった。


 過去、面舵の命を救った秘密の抜け穴が、

 今度は勝利に繋がる切り札となって有塚へと返ってくる。


「お、も……かじィッ!!」

「僕に殴り飛ばされる――未来は見えたかッ!」


 その時、有塚の頭の中を支配していたやかましい声が消えてなくなった。

 ……とは言え、もう未来を見る気もなくなる。


 たった、一撃。

 面舵の放った拳が有塚の顔面に突き刺さり、土手の斜面を転がり、川の柵に激突した。

 彼はその一撃だけで、立ち上がる事はなかった。



「今更言う事じゃねえかもしれねえ、あいつだって、本望だと言うかもしれねえ、だけど――お前には伝えておくべきだろ」


 立ち上がりはしなかったが、有塚は意識を落としてはいなかった。

 それに、立ち上がる気も、これ以上戦う気も彼にはない。

 帆中を見殺しにする気はないのだと言った。

 だが、結果的に――、


「これでみちるを、見殺しにする事になる」

「………………は? ……なん、だと――」

「なんだ、聞いてねえのか。まあ、重荷になっても仕方ねえしな」


 帆中は、自分の死期を悟って、自分が生きた証として一つの繋がりを置いていった。

 必要なパートナーがいなくとも、それだけを提供してくれるサービスはあるのだ。


 彼女は女性としての役目を果たして、死んだのだ――。

 早過ぎる死期に絶望して残しているため、早い死期がなければ前提が成立しない。


 つまり――、

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