第37話 決戦編

 心の中に流れ込んできた声、感情と記憶、それは帆中千海のものだけではなかった。


 銀、有塚、そして面舵晴明。


 帆中以外の心の中を見るのは彼女から禁止されていたために見てはこなかったが、魔法の進化による制御不能状態によって不意に受信してしまったのだ。


 みちるの声が聞こえなかったのは彼女の意識が朦朧としているためなのか……、分からないが、一気に複数人の心の声が届いても処理はできない。


 大倉にとっては懐かしい感覚だった。

 嬉しくはないが。


 ……届いた心の声の中でも、重要な部分は自然と印象が強くなる。


「…………本当なのか?」

「心の中でも嘘を吐く奴なんているの?」


 隣の銀が言う。

 銀と面舵、二人の目的を既に覗いている。


 同時に、有塚の固有魔法が、実際に説明されたものと違っている事も。


 大倉が知った事実は二つ。

 帆中千海は、このままだと二十歳で亡くなるという事。


 そして、有塚は過去にそれを知っていながらも、未だに帆中の死を回避しようとはしていないという事。


 面舵と言葉を交わしてはいない。

 だが、ここでいがみ合っている場合ではない。


 倒すべき敵は有塚信介である――。

 だからこそ、大倉良は黙って面舵の隣に並んだのだ。


 周囲には使い魔がいる。

 有塚は一人、戦力差は圧倒的だった。


「あぁ、こりゃ分が悪いな」


 言いながらも、そうは思っていなさそうなにやけた表情をしていた。

 未来が見えているからこその余裕だろうか。

 まさかこの状況さえも、


「ずっとずっと昔に見ていたって? いや、さすがにこの事態は想定外だ。面舵を始末するだけで未来は確定し終える手筈だったんだが……まさか銀ならともかく、大倉をも取り込むとは思わなかった。けどよぉ、修正が効かないほど致命的でもねえんだな、これが」


 ようは帆中千海が死ねば、有塚の目的は達成される。

 過程がいくら変わってしまおうとも、結果が不備なく起これば問題はない。


 単に、有塚は自分の手を汚したくなかっただけだ。

 だが未来が変わってしまうのであれば、それもまた仕方ないと割り切れる。


「お姉ちゃんの事は使い魔に守らせるよ」

「それは……ダメ……」

「……みちる……?」


 少女が起き上がる。

 ふらふらな足取りで、面舵の胸に顔を埋めた。

 彼女の全体重が面舵にかかっている。


「未来を、見ている、から……使い魔の習性だって、知ってるはず、だから……。それを利用されたら、帆中様を守るって、役目も、満足に果たせないかもしれ、ない……」


 条件を整えれば、守るべき対象を襲わせる事も可能だと言っている。

 たとえば阿修羅モンキーは女性に攻撃をしないが、別の物を攻撃した際に起こる余波については考えていない。

 だから破壊した建物などの破片や崩れた瓦礫が帆中を襲う事がある。


 未来を見る有塚は、容易にそれを引き起こす事ができる。

 だから使い魔は危ない……なら、帆中を誰が守る?


 正直、銀、大倉、面舵の戦力を他に割くのは得策ではない。

 相手は一人、とは言え、未来を見る相手の魔法がどれだけ強力なものかは想像だけでじゅうぶん脅威が伝わる。


 基本的な魔法のスペックも高いだろう。

 彼は、大倉と肩を並べた男だ。

 それは大倉が一番分かっているはずだ。


「戦力を割けば、あいつには勝てない」

「じゃあ――」

「あたしが、帆中様を、守る……っ」


 足取りは不安定、頼りにしていた相手に裏切られた事へのショックも抜け切れていない。

 任せるには不安要素が多過ぎる……だが。


「もう、あたしのせいで目の前で誰かがいなくなるのはイヤだッ!」


 一度、面舵の死を見ている。

 ――あんな悲劇はもう二度と繰り返さない。


「じゃあ、僕に寄りかからずに、ちゃんと立つんだ」


 みちるの不安定な足取りと、全身の震えが止まる。

 彼女が二本の足で、自分の力だけで立ったのは、頭に添えられた面舵の手の平が元気を分けてくれたからだろうか。


「僕は絶対に裏切らないよ。あんな奴と一緒にするなんて、みちるは酷い女だ」


 えへへ、と頭を撫でられた事への余韻がまだ残り、彼女のにやけ顔が止まらなかった。


「じゃあ……、任せたよ、帆中の事」



「帆中様、こっち!」

「え、え、ちょっ、みんな! というか君は、面舵と一緒にいた――」

「そういうのは後で! 後は、男の子に任せるのっ!」


 帆中の手を引くみちるが、戦場と化した自然公園から帆中を連れ出した。

 未来を見ている有塚が、後々彼女らの背中を追い、始末するのは簡単だろう。 

 そうさせず、この場で仕留める事が、面舵たちに任せられた役目だ。



 未来を見る事ができる、大層便利な魔法だろうと誰もが口を揃えて言うだろう。

 先が分かっていれば選択肢が増え、様々な対処ができる。


 危険を回避する事も、結果を変える事も容易だ。

 分からないのは人の心だが、それも今と未来を比較し、道筋を辿れば分からない事もない。


 予測が大きく混じるが、有塚ははずした事がなかった。

 こんな風に、なんでも思いのまま、これまで生きてきた。


 苦もなく望んだものを手に入れる事ができる。

 それはとても楽だった。

 今更、苦しい思いをして生きていく事は、有塚にはできないだろう。


 だから楽を求め、未来を確定させてきた。

 ――将来安泰のために……。


 有塚も昔は平凡で、ごく普通の中学生だった……将来の夢に決めるくらい好きな、サッカー少年だった。


 今でこそ未来を見るのは自分の意思だが、昔は違かった。

 大倉と同じく自分の意思とは関係なく未来を見てしまっていたのだ。


 便利だろうか? 

 見たくもない未来を見てしまうのに?


 勝負事において有塚は負ける事がない。

 確かに、負けたらつまらないのが勝負だ。


 だが、勝っていればいいというものでもなかった。

 才能の壁にぶつかって、練習して、駆け引きがあって、どっちが勝つのか分からないシーソーゲームを経て……その上で勝利を収めて勝負事の面白さを体験できるのだと信じていた。


 だけど有塚は勝ててしまう。

 未来が見えるから。


 見て見ぬ振りをして気を遣って負ける方がもっとつまらない。

 だから自然と魔法を使って勝利を収める事になる。

 その時に気づいたのだ――どっちにしろ、つまらないな、と。


 それ以来、有塚は本気の勝負をしていない。

 サッカーボールを蹴る事もなくなっていた。



「未来を見ているお前は無敵に思えるかもしれないが、本当にそうか?」


 自然公園から移動しつつ、大倉が有塚の魔法の穴を見破る。


「二〇年という長い年月の一から一〇まで全てを網羅しているとは思えないな。虫食いのように見える部分を選定しているだろう。未来を見るにも体力を使うだろうし、精神的には大きな疲労が伴うはずだ」


 有塚は無駄な事をしない性格だと身近にいた大倉には分かる。

 二〇年後の未来を今見る必要はない。

 直近、数十分先の未来を見るのが精々だろう。


 大倉と有塚は似たような魔法だ。

 用途はもちろん違うが、肉体を酷使するタイプではない。


 体よりも内側が。

 たとえ短い時間の使用だとしても、魔法の密度によって心の摩耗の仕方が違っている。


 未来を見ながら空中を箒で飛び回り、面舵と使い魔の攻撃を避け続けている状況。

 余裕の表情を浮かべてはいるものの、恐らく許容限界のはず。

 ここでもう一つ、タスクが増えれば、いくら有塚だろうがパンクするはずだ。


 ただ、面舵に加勢するだけでは処理の手数が増えるだけで精神的に追い詰めてはいない。

 まったく別のアプローチで有塚の精神を乱すには――、


「俺の心の声をぶち込んでやる」

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