レイン・スライダー

春嵐

レイン・スライダー

 傘を閉じて。


「むかし、野球部でね」


 折り畳みのナイフを取り出して、開く。


「ピッチャーやってたんだ」


 雨の音。細い路地。


「たのしかったなあ。あの頃は。どうやって相手のバッターの間を外すかとか、抑えの流れをどうやって作り出すかとか」


 相手の顔。怯えたような感じ。


「あ、こわがらなくていいですよ。ころしますけど、死にはしませんから」


 ゆっくり、踏み出す。


「あれ、どこまで話したっけ。ピッチャーです。ピッチャー。一試合で球を百球ぐらい投げるんですけどね」


 相手の足。立ち竦んでいる。そうなるように、喋っているから。特定の声の波長は、人を惹き込んで動けなくする。


「どこでどう変化を付けているかとか、けっこう面白いんですよ。よければプロ野球とかも見てみてください」


 切りつけた。


 とても、浅く。


 血も出ない程度に。


 相手。倒れることもない。放心している。


 電話をかけた。


「終わりました。帰りますね」


 雨の日は、よく思い出す。あの日々を。野球部。


 もう戻れない、あの頃。

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レイン・スライダー 春嵐 @aiot3110

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