第35話 valkyrie
河澄に呼び出された江戸屋と明石がファミレスに到着した。
やっと見つけた陽羽里は寝落ちしており、起こしたくないとお願いした明石が背負って家まで送る事になった。
「二人とも、ありがとう。明日の試合もよろしくね」
「おい、明石。俺はお前とも戦ってみたい。一度もねえだろ、俺らが本気で喧嘩した事」
「そりゃもちろんないよ。だって僕たちは戦う理由がないじゃないか。きっと僕は、君と本当の意味で対立する事はないんだと思うよ。……それじゃあ、おやすみ」
そうして去って行く二人を見送り、同じ道を遅れて、江戸屋たちも歩き出す。
「あいつとなにを話してたんだ?」
「江戸屋くんこそ、呼び出しの電話した時、誰かと一緒だったでしょ? 誰だったの?」
互いに答えなかった。
答えても良かった、相談するべきだった――だがしなかった。
その後は一言も言葉を交わさないまま、決勝前日の夜が更けていく。
二日目の一般公開日である。
日曜、多くの一般客が島へ訪れた。
昨日とは比べものにならないくらいの人数である。
新たに島に入ったメディアはおらず、全員が抽選や早い者勝ちの一般チケットを購入してやってきた一般人だ。
出店や恋愛島プロジェクトを疑似体験できるイベント企画や、これまでの軌跡などを公開しながらも、やはり目玉は島でパートナーを組んだペア同士の戦い――競技名『ヴァルキリーマウント』である。
今日は決勝戦であり、選手の見た目から注目度も高かった。
「陽羽里ちゃんは分かるけど……なんでわたしまで受けがいいの……?」
「さあな」
ドレスを身につけた河澄が観客席からのラブコールに戸惑っていた。
全体で見れば確かに陽羽里の方が人気が高いが、しかし少数でも確実に河澄を支持する層もいる。
「わたし、愛想も良くないし、引っ込み思案だし……」
「人をクズ呼ばわりする奴を引っ込み思案とは言わねえ」
「それは江戸屋くんにだけだから!」
「俺と接してる時ってのは、試合中もそうだろ? その時の映像が全国ネットで出回ってんだ……じゃあそれを見て、お前の事を気に入った奴らが多いんだろ」
陽羽里と比べるから霞んでしまうだけで、単体で見れば河澄も顔は整っている。
片方に偏ると思う方がどうかしている。
「支持されない事に不満に思うならともかく、支持されてる事になんで文句言ってんだ」
「それは、そうだけど……」
「受け入れろ。で、忘れろ。余計な事は考えるなよ? あいつに勝てなくなる」
「…………」
河澄は昨日、ファミレスで交わした言葉を思い出していた。
『勝ち負けはどうでもいいの……ただ一つ、圧倒的な強さを証明できればいい……。それが終われば、降参でもしてミトに勝利を譲るわよ』
河澄の目的は優勝して母親と会う事である。
最終的に勝利が手に入るのならば、陽羽里の思う通りにさせてあげてもいいのではないか――。
その強さの証明のためには、河澄もある程度の痛みを覚悟しなければならないのだが、だから陽羽里と約束はしなかった。
彼女のエフェクトによる灼熱に焼かれる痛みへの覚悟はまだできていない。
意図して受けなくとも戦っていれば陽羽里が圧倒する展開になるのではないか……その方が観客も違和感を抱かないだろう。
だから河澄はいつも通りにやればいい。
相談すればどこかでいつも通りではいかなくなってしまう。
江戸屋に伝えなかったのは、彼女の判断だ。
同時に、江戸屋も昨日の夜に交わした言葉を思い出していた。
『渡會陽羽里の狙いはなんだろうね? おおよその見当はつくが、確実とは言えないから君に相談したんだが……君も知らないみたいだ』
恋愛島プロジェクトの責任者である男だ。
夜の暗闇と同様の真っ黒なスーツである。
『その見当から、我々も策を講じているつもりだ。全員平等に動きを停止できるショックを与える装置がスーツには備わっている。しかし――彼女に関しては少々危険かもしれん』
『……あんた、なにが言いたい?』
『体の弱い彼女がそのショックを受ければ、死ぬ可能性が高い。頼みはしないさ、彼女を死なせたくなければ彼女が怪しげな動きをしたら止めてほしい。見殺しにしたいのであれば構わないさ。我々の邪魔をしたがっている彼女がいなくなれば、こちらも本望だ』
人死には避けたいところだが、競技の責任者は千葉である。
陽羽里同様に千葉も消せるのであれば、この男は意図的な殺人をするのも厭わないと言っている。
『明日、楽しみにしているよ』
――江戸屋は、その件を無視できなかった。
そもそも陽羽里が企んでいる事なんて知らないし、怪しげな動きも分からない。
判断のしようがない。
これこそ河澄に相談するべきだったが、彼女が陽羽里を見つけ、ファミレスで時間を過ごしていた以上、その怪しげな動きに一枚以上、噛んでいる可能性がある。
下手に相談して対立してしまえば、死を回避するのが難しくなる。
陽羽里が死ぬかもしれないと言えば、河澄はこちら側につくかもしれない。
……いや、半々だろうか。
陽羽里の曲がらない意思を尊重して、それでも決行する可能性もある。
当然、陽羽里に死を脅しに使ったところで、彼女は止まらないだろう。
結局、江戸屋は誰にも言わないまま、試合を迎える事になった。
『さっ、はじまりました決勝戦です。生中継となりますね。では解説の千葉さん、どうですかね、選手のコンディションは』
『片方は明確な目的を持ち、片方は迷いが見えているのう。どちらがどっちとは言わんが。生中継の緊張はないようだ。それがないだけでも大分動けるのではないか?』
『そうですね。では紹介の方を……渡會陽羽里選手のエフェクト機能は炎、とありますね。自在に操れるわけではない? らしいですけど……』
『一回戦は噴射という方法を使ったが、あれは出力を最大にして暴発させたに過ぎない。だから本来の使い方ではないのだな。本来は――っと、ここで言ってしまってはつまらんだろう』
『ですね。本番での解説をよろしくお願いします。では河澄ミト選手の方は、相手の能力を狂わせる、とありますが……確かに梅田美里選手の電子機器に干渉する能力を暴走させていました。意図的に暴走させる事ができる、というエフェクト機能なのでしょうか?』
『そうだの。ただどう暴走するかまでは読めん。出力を跳ね上げるのかエフェクトをかき消すのかねじ曲げるのか、そのあたりは使う度に変わってしまうからのう、なんとも言えんのだ』
試合前の小粋な雑談を挟んだ後、控え室にあったカメラが二人の選手を映した。
カメラマンが選手にマイクを向け、意気込みを、とコメントを求める。
『へ、え、えと……っ、優勝、がんばります! ――賞金五〇〇万らしいので!』
その現金な言葉に、会場がどっ、と笑いに包まれた。
『コメント? そうね……これから示すつもりだったけど、言葉にしておくのもいいかもしれないわね――』
渡會陽羽里が目線をカメラに向け、その瞳を見た視聴者の誰もが息を飲んだ。
深くその視線が突き刺さったのは、女性よりも男性が多いだろう。
『女が男よりも強いとは言わないわ。男の方が強い、それは認める。その上で』
彼女の不敵な笑みが、この放送を機に全国に広がる。
『――虐げられて黙っていられるほど弱くはない、女の強さを見せてあげるわ』
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