season4-焔城の武装花嫁-

第29話 hunter

 初めて入ったナビゲーター室には、一つの小さなディスプレイがあった。

 二四インチほどだろうか。

 映っているのは、地面からせり上がった建物のその中、簡素な空間だ。


 一部屋ずつに複数のカメラが設置されている。

 死角ができないよう設置されてはいるが、それでも見落とした隙間は存在しているため、完全とは言えなかった。


 建物外にもカメラがあり、距離を取って俯瞰しているものもあれば、建物の外壁に設置されている、選手に近いカメラもある。

 予選の時よりはステージ範囲が狭いが、同じくらいのカメラの台数があるはずだ。

 それによって様々な角度から正確な指示が出せるようになっている。


 意図的なカメラの破壊は禁止されている。

 もちろん、エフェクトによって映像が遮断されてしまう場合もあるが、仕方がない。

 使用者が処罰される事はないだろう。


「……獄内の方がもう少し充実してるだろ」


 さすがに江戸屋でも入った事はないが――人から聞いた話だ。

 部屋には、机、ディスプレイ。

 その前にある椅子に座って、肘掛けにあったリモコンを手に取る。


 説明書は一応あったが読まずにがちゃがちゃとリモコンを操作する。

 画面が切り替わったり分割されたり一通りの操作を確認している内に、試合開始直前になった。


「河澄、聞こえるか?」

『うん聞こえる』


 彼女はスタート位置についていた。

 最初から、道の先に分岐点がある。


 一試合ごとに建物の位置が変わっているため、事前に別の試合を見て地理を覚えたところで意味はなかった。

 浮き沈み可能な建造物は、せり上がり方、組み合わせ方でパターンの多い迷路を作り出す事ができる。


 そのためぶっつけ本番、ナビゲーターの力のおよそ八割が勝敗に影響を及ぼすだろう。


「よし、始まったらまずは右に行け。相手の出方を見ないとそこから先はなんとも言えないが……建物内に入るよりはいいだろ。お前のエフェクトの使い方も考えねえといけないしな」

『りょーかーい』


 気の抜けた返事だが、緊張しているよりかはいいだろう。

 固くなってしまって指示も聞けない、動けないとなると江戸屋にはお手上げである。


『シード権によってやっとの登場! 予選第一位通過、江戸屋・河澄ペアと――』


 司会者の手腕によって会場は盛り上がりを見せていた。

 一試合、二試合目と見てきた人たちはこの大会の大体の概要が分かったはずだ。


 二試合目、銀髪たちの戦いがどんなものだったのかは江戸屋は眠っていたため分からないが……、陽羽里ほど瞬殺ではなかったのだろう。


 そんな陽羽里は既に決勝戦へ進出が決まっている。

 つまり、多少の休息はあれど銀髪ペアは連続の試合だ。


 喧嘩慣れしている対戦相手と素人の河澄……ハンデにしては足りないが、それでも万全の状態よりは渡り合えるだろう。


 元々、向かい合わせるつもりはない。

 河澄が正面から戦って勝てる相手ではないのだ。


 だから、卑怯と罵られようが相手の視界に姿を見せない。

 そもそも卑怯でもなんでもないのだが……ひんしゅくを買うのは強い奴がその行動に出た時だけだ。


 河澄なら問題あるまい。


『――それでは、試合開ッ始、ですッ!』


 角笛の音が、空に飛んでいった。



 離れているスタート位置、敷き詰められている建造物と作り出された迷路。

 対戦相手の両者が互いの姿を見つけるまでは時間がかかる。


 しかも、今回の対戦カードは尚更である。

 陽羽里のような見て分かりやすいエフェクトがあれば展開も大きく動くのだが、どちらもその機能は殺傷系とは言えなかった。


 とは言え、どちらも相手の根本的な部分を潰すという意味では絶大な威力である。



『使い勝手が悪いな……』

「なにが?」


 とっとっと、と小走りで迷路を進む河澄が、建造物の小窓から見えた、腰までの高さがある古びた宝箱を見つける。

 難破した海賊船の中にありそうなデザインだ。


 よいしょ、と少し高い位置にある小窓から中に入り、河澄がその宝箱を前にして、


「開けてもいいかな?」

『さあ? 中身まではさすがに分からねえが……大丈夫だろ、開けたきゃ開けろ』


 重たい蓋をなんとか両手で開けると、底が深く、上半身がほとんど入ってしまいそうだ。

 手を伸ばして引っ張り出してきたそれは……、


「……銃」

『ピストルだな、それ。いいもん拾ったな。期待してたドレスの機能がはずれだったから、そのピストルが今のお前の唯一の武器になるぞ』


「へえ……、でも弾がないよ? これに入ってる分だけ?」

『何発入ってる?』


「わ、わかんないよそんなの! 変にいじって暴発したらやだし……」

『一発くらいは入ってんだろ。勝負所まで取っておけ。後は、適度にピストルがあるって相手に意識させとけ。それだけでも相手は距離を取ってくれるはずだからな』


 ピストルを入手した光景を相手のナビゲーターも見ているはずだ。

 そのため、なにもしなくとも牽制になっているのだから、試合のシステムに感謝である。


「外、出ても大丈夫?」


 小窓から顔を覗かせて、周囲を見回す。


『近くにはいねえな――いや待て、どこにもいねえな……』


 試合開始から既に五分は経っていた。

 道中、行き止まりに当たっていなければ、両者が出会っていてもおかしくはなかった。


 おぉ! と観客が盛り上がったのを河澄の耳が捉えた。

 ナビゲーター室には観客席は確認できず、もちろん声も聞こえない。

 観客の反応を当てにして状況を把握させないためである。


 それでも江戸屋は河澄とほぼ同じ……かろうじて彼女よりも早く気づいた。


『――顔を引っ込めろ!』


 咄嗟に、河澄は体を建物内へ戻した。

 高い位置の小窓から身を乗り出していたため、後ろに思い切り飛んだらそのまま着地に失敗して背中から転んでしまう。


 瞬間、今いたばかりの小窓の枠に、なにかが衝突して地割れのようなひびが入っていた。


『おい――こんのバッ』


 罵し終える前に、河澄は手にあるピストルを小窓の先に向け、反射的に撃っていた。


 弾は発射されたが方向は見当違いの方に――殺傷能力のない小さな鉄球が壁にめり込んで埋まっていた。


 がちゃがちゃと引き金を何度も引くが、一発、だったらしい。

 短絡的な行動で、河澄はせっかく手に入れた唯一の武器を失った。


『ちっ――まあいい、迎え撃て。どうせ倒す相手だ、好都合だろ』

「え、だ、大丈夫なの!? だってわたし、今武器ないんだけど!?」

『力がなくても殴る蹴るもようは当てる場所だ。正確に動いてれば勝てるんだよ』


 江戸屋がそう言うのならば自信があっての事なのだろう……いや、自信しかないのか。

 だから河澄も信じて、逃げる事はしなかった。


 やがて、小窓から体を縮めて部屋に入ってきたのは当然、警察帽子を被り、真っ黒なドレスを身につけている対戦相手だ。


 彼女の手には鎖……その先端にはおもりがついている。

 それをひゅんひゅんと風切り音が鳴るほど早く、振り回していた。


『……おい、なんであいつ、自分の武器を持ち込んでんだよ……』

「江戸屋くん、どうすればいいの……?」


『あのおもりがきたら避けろ」

「いや、それをどう避けるかって事なんだけど……」


 河澄の背に嫌な汗が流れた。

 今の会話で分かってしまったのだ……これが江戸屋扇なりの、一番分かりやすい説明なのだと。


『ほら、来るぞ!』



 実況席にて、やっと動き始めた展開に、司会者の実況にも熱が帯びていた。

 解説役を務める千葉道の存在をも忘れるほどである。


 千葉は目の前にあるマイクの電源を切った。

 独り言も拾ってしまうマイクがあると、言いたい事も自由に言えない。

 この機を見て、隣に座る桧木がペンを持つ手を休ませ、


「……偶然?」

「偶然だろう。儂はなにも指示はしておらんよ」


 桧木は、警察帽子の彼女がよく使う得物がなにかを知っている。


 今、彼女が振り回しているおもりのついた鎖は、彼女が持ち込んだ武器ではない。

 そんな事は不可能だし、事前に持ち物のチェックがされている。

 あれはこの舞台で手に入れたものだ。


 河澄のピストルと同じよう、宝箱の中に入っていた。

 だが一つ目の宝箱に入っていたほど運が良いわけではない。


 河澄を探す過程でアクティブに動いていた彼女だからこそ、宝箱を多く見つける事ができた。

 そして何度も開いては得物を手に入れ、持っている物と新しく見つけた物を交換しながら、今の武器に辿り着いたのだ。


 しかし使い慣れた武器であろうとも、そっくりそのまま同じではない。

 自分の手足ほど使い込んでいる得物であればあるほど、その差異は大きく感じる。


「だが、宝箱の中身も数多くある武器の中から無作為にいくつか選ばれる。膨大な量の中からこの試合に自分に合う武器が宝箱に入っているのは、何度も宝箱を開けたにしても運が良い」


 彼女を贔屓しているわけではない。

 だが、この展開はあまりにも河澄ミトに勝ち目がないのではないか――。


 偶然が重なったとは言え、仕方のない事だ。


「さて、扇。お前はどうする?」

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