第25話 dress

『――というわけで、司会を務めさせて頂きます! お隣にいるのは、主催者の千葉道さんです。今日は解説、よろしくお願いします』


『ああ、よろしくのう』


 一日目は収録のみである。

 明日の朝、ニュース番組などで一〇分か一五分くらいで特集されるのだろう。


 明日は多くの一般客も入り、この競技も決勝戦という事もあってか、丸々一番組として全国ネットで生中継されるらしい。


 そのためのタレントの起用、と理由にはあるのかもしれないが、しかし彼女には重荷に見える。


 歳は桧木とそう変わらない。

 元アイドルだから舞台上には慣れているために緊張はしないだろうが。


 現に今も安定して司会をこなせている。


『あ、準備が整ったみたいで、一回戦がそろそろ始まるみたいですね』

『そうだのう――よく見ておれ、ここから面白いものが見れるぞ』


 え、と戸惑う司会者を置いて、ステージ上で変化があった。

 敷き詰められていた石のタイルが、浮上してきたのだ。


 会場のあちこちで、大小様々な背の高い建造物が乱立し始め、あっという間に巨大迷路の完成だ。

 その建造物には正方形の窓があり、中に入る事も可能になっている。

 密接している高さの違う建造物の中もきちんと繋がっており、中を移動する事も可能だ。


 最初のような、周囲を見回せる開放的な空間ではナビゲーターがいる意味がない。


 そのため、互いの位置が最初から分からない、移動をする事ですぐに相手から姿を隠す事ができるシチュエーションが必要になってくる。


 そのためのステージギミックであった。


『本当ならあらゆるシチュエーションを用意しておきたかったがのう、たとえば森や廃墟など、のう。残念ながら予算がないためこんな無機質な感じになってしまった……すまんの』


『い、いえ、これでもじゅうぶん驚いていますので……』


 上から見下ろす観客は選手の動きがよく見える。

 建造物の中に入ってしまってもナビゲーターのための監視カメラ映像が観客にしか見えない位置にあるディスプレイで確認できるため、観覧する事に退屈を感じさせないようになっている。


 観客が選手の姿を見失う事はほぼないだろう。


『さあっ、それでは選手の入場です――第一回戦が始まりまぁぁぁす!』




 千葉道たちが実況をしている席の近くは関係者席となっており、特別な人間しか入れない仕様になっている。


 政府の偉い立場の人も座っている事があるらしいが、しかし顔を見ても誰がどの役職なのか分かるわけがなかった。

 普通にマスコミも座っているため、場に緊張感はほとんどない。


 選手である江戸屋と河澄も、この席で観覧をする決まりになっている。

 一般の客席で見るのも自由だが、そのためには選手とばれないように変装をする必要がある。


 そのためにはスーツを一度脱がなければならない。

 そう説明されてすぐに、二人はこの場所へ向かった。


 実況席よりも上の方にあった空席を見つける。


「……陽羽里ちゃん、大丈夫なのかな」

「体調の事か? あいつ、ちょっと全力で走っただけで咳き込むからな……酷い時はそのまま数日寝込んでただろ……明らかに大丈夫じゃねえな」


 そんな体でありながら参加したのが疑問だ。

 好戦的な陽羽里の性格を考えたら、当然、参加するだろうとは思うが。


 彼女は勝負事になるとすぐに自分が見えなくなる。

 ……周りの事はよく見ているくせに、だ。


「すぐ近くに医者もいるし、やばかったら試合を中断してでも様子を見るだろ。心配しねえでも、命に関してはこうして公開をしている以上、無理に続行するはずはねえよ」


 恋愛島プロジェクトの広告の一つとして、この競技が使われている。

 当然、プラスのイメージを視聴者に与えなければ意味がない。

 ネガティブイメージになりそうな事態は率先して避けたいはずだ。


「大丈夫だよ」


 と、隣から声がかけられた。

 三つの空席の先だ。


 スーツ姿の、細めの男性。

 彼は背もたれに背中をつけず、前のめりに舞台を見下ろしている。


 肘を膝につき、両手を組んで指で手の甲をとんとんと叩いていた――そういう、癖なのだろう。


「彼女のスーツには少し細工があってね。彼女の体調の悪化を一時的に麻痺させる事ができる装置が組み込まれている……だから安心していい。彼女が倒れる事はないよ」


「……そうかよ。で、あんたは誰だ? マスコミじゃねえよな、あのスーツの仕組みを知ってるって事は……そうか、政府の人間か」


「いつまでも学生気分でいられても困るものだ。私はこれでもプロジェクトリーダーだ。管理長と呼べばいいのかな? ともかくだ、目上の人間には敬語を使いたまえよ」


「で、そんな奴がこんな所でのんきに観戦かよ……仕事はどうした」


「なんのために部下がいると思っている。……まあ、ひとまず君たちには感謝してるよ、こうして私が楽できるのも、君たちと、先代の君たちのような日陰者がある風潮を作ってくれたおかげだからね。だから今までの無礼は大目に見よう」


 そう言い、スーツ姿の男が人差し指を舞台に向けた。

 江戸屋もつられて見下ろす。


「君のお友達の登場だ。くだらない会話をしていないで応援をしたらどうだい?」



 指示を受けるのに必要なコードレスイヤホンの耳のはめ心地を確認していると、後ろから係員に、進んでくださいと指示を受ける。

 控え室から出て、張り切った司会者の入場紹介を受けながら、陽羽里が舞台上へ進み、スタート位置に着いた。


 控えめな胸を締め付けるような真っ赤なドレスが気になり、胸の部分を指でつまんで引っ張ったりして空間を調節する。

 陽羽里に合ったサイズを出してくれたが、胸がきつ過ぎる。

 つまり見た目、これよりも少ないと思われていたのかもしれない。


 極力布面積を減らした、矛盾を孕んでいる防護スーツ。

 両肩を出し、動きやすいようにとスカートの丈も短い。


 見られてもいいように、と用意されたものなのでいいが、ちょっと走っただけでも下着が見えてしまうだろう。


 見られてもいいように、ではなく、見せろ、という事か。


 ガーターベルト型なのも、そうであれば納得だった。


「客寄せパンダ……いえ、サーカスの猿の役を務めろって事かしらね」


 陽羽里の視線が観客席に向き、実況席のさらに上――痩身の男を見た。


 彼こそが千葉道よりもさらに上にいる、この恋愛島プロジェクト、全責任を持つ人工島エリアマネージャーの男だ。


 そんな彼がなぜ、陽羽里の提案をあっさりと受けたのかは分からない。

 多数いた、渋る他の役員の意見を押しのけて、彼の一声で、陽羽里はこうしてこの場に立てている。


 彼が白と言ったからこそ、盤の上の黒が裏返ったようなものなのだ。


 陽羽里の意図をある程度は彼も分かっているだろう……分かっていながら、エフェクトを宿した防護スーツの着用も認められた。

 注文してから作成、完成まで早かったのも気になるところだ。


『陽羽里さん、エフェクトの詳細が届いたよ』


 思考の途中で、イヤホンから明石の声が届いた。

 試合開始寸前でエフェクトがナビゲーターに明かされるルールだった。


 使い方も、効果も、作戦も、勝利までのルート形成は明石の手にかかっている。


 まあ、一方的な会話ではないのだから作戦を擦り合わせながら戦う事も可能だ。


 明石がプレイヤーだった時、上位に入れたのは彼の大きな体と見た目の威圧感によるハッタリが効いていたのと、陽羽里の的確で尚且つ相手の隙を突いた戦略を駆使していたのが大きいだろう。

 

 彼女は弱い体をカバーするように頭を使う。

 というより、動けないから頭を使っていたのだが、彼女は今回、そんな制約を持たずに舞台に立つ事ができている。



『それでは! …………試合開始、ですっ!』

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