第24話 effect

 後続の乗客は二人を避けるように左右に散って進んでいく。

 彼女たちを撮ろうとする失礼なカメラマンがいたので、江戸屋と明石が、レンズが向いたその場でカメラを叩き壊していた。


「一言もなく、勝手にいなくならないでよ……心配したんだから」

「……うん、ごめんね陽羽里ちゃん」


 すると陽羽里が河澄の服をめくって、体のあちこちを確認していく。


「あいつになにか暴力を振るわれてないわよね?」

「ひでえ疑いかけられてんな」


「あんた自覚ないわけ? 人を愛するほど暴力を振るうあんたと一緒にいたのよミトは。確認するに決まってるでしょ」

「なにもされてないから、大丈夫だよ……?」


 河澄の体を一通り調べ終え、


「まあ、ミトがそう言うなら信じてもいいかしら」

「万遍なく調べた後にそれを言うのかよ」


 そんな事をしている内に、船の前にいるのは江戸屋たちだけになっていた。


 船から下りたマスメディアたちは開花祭の会場へ向かっている。

 駅から会場まで、道中が装飾されており、一目見て行き先が分かるようになっていた。


「新設されたドームがあたしたちの待ち合わせ場所よ。少し時間までは早いけど、もう行きましょうか」


 既にこの場から姿が見えてはいるが、陽羽里の案内に従って一緒にドームを目指す。

 前を歩く女子二人と、後ろからついていく男子二人。


 並んでいる明石とはあの時以来の会話だ。

 島を出る前、彼が残した言葉に答える形で、江戸屋が口を開いた。


「あいつじゃねえとダメらしい。ったく、厄介な手綱を掴まれちまったよ」

「強さを求めるのなら、必要な事だと僕は思うよ」


 どんな種類の強さを求めるにしても――だ。



 新設されたドームの階段席には、大勢のマスメディアが座っていた。


 広さはサッカースタジアムとそう変わらない。

 見下ろせるステージが芝生ではなく石のタイルであるところが違いだろうか。


 江戸屋たちは関係者どころか選手なので、観客席ではなく控え室まで入る事ができる。

 今はステージを見下ろせる観客席ではなく、逆に観客席を見上げる場所にいた。

 実際に、ステージに足を下ろしてみるためだ。


「これでなにが変わるわけでもねえんだけどな」

「あんたらはね。あたしやミトはこの場に立つんだからしておく意味はあるでしょ」

「……う、」


 今更思い出した自分の大役の重圧に、河澄がお腹を押さえていた。

 それは明石も同じく、控え室のベンチに座って苦悶の表情を浮かべている。


「ん……あれは」


 江戸屋が見つけたのは、大画面ディスプレイに映るトーナメント表だった。


 初日に一回戦と二回戦をおこない、翌日の日曜に、決勝戦をおこなう予定らしい。


 左端に陽羽里と明石ペア、右端に江戸屋・河澄ペアだ。

 順当に勝ち上がれば、決勝で当たる事になる。

 間には銀髪と警察帽子の鎖少女ペアと、名も知らない二組のペア。


 江戸屋たちは一回戦はシード枠のため免除されており、二回戦からの登場となる。

 対戦相手は一回戦の勝利者とだ――銀髪ペアか、もう片方の知らぬペア、どちらかになる。


「これはこれは、パートナーに一度逃げられた自称王様じゃないか」


 控え室に現れたのは、銀髪の青年とそのパートナーの少女だった。


 いつもは江戸屋に悪態を吐くために少女の背に隠れていた銀髪だったが、今日は一味違う。

 江戸屋に面と向かって堂々と悪態を吐いていた。


 一度パートナーに逃げられた、という情けない事実が彼の気を大きくしているのだろう。


 逃げられたからと言って実際に江戸屋が弱くなったわけでも彼が強くなったわけでもないのだが……いや、気の持ちようで、彼が自分に自信を持てば多少は勝率も上がる。


 自分が相手よりも下だと思い込むよりはマシなはずだ。


 しかも、今回、実際に舞台に立つのは男子ではなく女子だ。

 彼が気を大きくしているのはパートナーの少女に絶大な自信を持っているからか。


「間抜けな王様とは二回戦で当たるようだね」

「お前が一回戦で対戦相手に勝てばな」


「みーちゃんが負けるとでも? ……悪いけどみーちゃんが負ける姿など想像できないね。男子との戦いならまだしも、女子の中ではみーちゃんが最強だ! 誰かに負けるなんてあり得ないさ!」


 確かに、メンバーの中で美里と良い勝負ができそうな女子は見当たらない。


 陽羽里は病弱な体だ、激しい動きをすればすぐに体を壊してしまう。

 河澄はまともな運動をした事があるのか怪しい。

 他のペアについても、争い事を好むようには思えなかった。


 忘れそうになるが、女傑と呼ばれている女子はこの参加者の中では陽羽里と美里の二人だ。


 片方は戦闘能力という意味で、片方は男尊女卑に真っ向から対立しているという意味で勝手に与えられた称号である。

 直接対決となると陽羽里が圧倒的に劣った。


 そもそも、この五組が選ばれたのは予選での勝率を基準にしている。

 戦場に立っていたのは男子であり、ナビゲーターを務めた女子の指示があってこそ、だ。


 戦闘経験に長けた男子とナビゲートに長けた女子の組み合わせ、もしくは片方が飛び抜けて優秀だった上位五組であるため、役目を入れ替えたらてんで話にならなくなる可能性は大きくある。


 せっかく噛み合っていた歯車を今、無理やりずらしているようなものだからだ。


 だから江戸屋も、銀髪から売られた喧嘩に強い言葉で返す事はしなかった。

 勝負は分からないとは言いながらも、自分が立つとなれば勝利を確信できた。


 だが、実際に戦うのは河澄だ。

 やった事もない指示が彼女の勝敗に直結してしまう。


 勝たせるとは勢いで言ったが、口で言うほど簡単ではないだろう。

 河澄に問題がなくとも、江戸屋の指示一つで窮地に陥る事は普通にあり得るのだから。


 銀髪が江戸屋に伸ばした一本指を差した。


「普通にやればみーちゃんは勝てる。だから、下手な指示でみーちゃんを負けさせないのがオレの役目だ。――こんな形でのリベンジってのは男らしくないかもしれないが……、お前に勝てるならなんでもいい」


 自分自身にこだわらず柔軟に勝利を求める。

 そういう奴は、確かに男らしくはないかもしれないが――強い。


 江戸屋は口を開きかけ、言う前に一旦、河澄を見た。

 彼女は首を傾げている。


 売られた喧嘩は買う……だが以前のように自分本位で答えず、一心同体であるパートナーを一度確認したところに、彼の成長が窺えた。


「そう簡単に王の座を渡すわけにはいかねえな……だから、受けて立つ」




 ――そして、第一回戦が開始する三〇分前、主催者である千葉道が控え室に顔を出した。


「すまんの、時間がなくて細かい説明をしている暇はない。本番になれば観客のためにもルール説明はするが、一応大雑把にここでも説明しておこう」


 本当に大雑把な説明だったが、予選と大枠は変わらない。


 勝利条件は相手の戦闘不能、もしくは審判による判断。

 制限時間も決められてはいるが、あってないようなものだ。


 予想以上の長丁場になった時にだけ適用されるため、始めからタイマーが動いているわけではなく、審判の判断で途中で残り時間を表示する形だ。


 それから男子とは違う大きな変更点。


 用意された防護スーツには、特殊な機能……『エフェクト』が宿っていると言う。

 これは男子とは違い腕力に頼る事ができない女子専用の仕様である。


 防護スーツの見た目が華やかなドレス衣装なのが気になったが……。


 これも女子仕様のためだろう。


「宿っている機能エフェクトは、試合寸前でナビゲーターに伝える。だから素直に、ここにある好きな衣装を着るといい……どれも露出度は変わらんよ」


「こんなのを着て人前に出るわけ……? ギャラがほしいくらいね」

「高めに振り込んでやるから素直に着てくれると助かる」


 それを聞いて安心した陽羽里が真っ赤なドレスを選び取った。


 次々に参加者が並んでいるドレスを手に取り……最後に残った青色のドレスを、河澄が手に取る。

 そう言えば都心のパーティに出席していた時も、同じようなドレスを身に纏っていた。


 その色にこだわりでもあるのだろうか。


「いや、単に残りものを選んだだけなんだけど」


 青とは言っても普通よりも深い方の青だ。

 比較的暗くて地味な色を選んだのは目立ちたくないという地味っ子の性か。


 しかし、彼女を地味っ子と評するのもそろそろ限界かもしれない。


 江戸屋からすれば、自分を随分前から見下し、尚且つ今もまだ見下し続けている相手を地味っ子とは思えなかった。


 女子たちが更衣室へ向かい、しばし控え室が男子だけになる。


 かと言ってこの場で火花散る展開にはならなかった。

 今回、舞台に立ってしまえば彼らは顔を合わす事などないからだ。


 勝負に一枚噛んではいるが、やはり他人事感がある。

 そこまで乗り切れていない者が多かった。


 唯一やる気がある銀髪も、血の気が盛んな方ではない。

 こういう時にいの一番に威圧する江戸屋も、今はその性格もなりを潜めている。


 結果、がやがやと観客席が埋まってきた外の音を拾って、待ち時間が過ぎていった。




 規定の時間を迎え、会場に放送が響き渡る。

 都心からわざわざ呼び寄せたテレビ番組のMCを多く務めている元アイドルのタレントだ。


 基本的な進行と実況は彼女に任せている。

 タレントの起用はこの島の注目度を上げるための一貫だった。


 彼女の隣に千葉、一番端に桧木が座った。


「……あの子たち、ヘルメットしてないけど……」


 桧木の言う通り、会場に現れた参加者の女子たちはドレス型の防護スーツを身につけてはいるが、頭は剥き出しだった。


 怪我をしないための防護スーツなのだが、頭が守られていないと死亡率はぐんと上がってしまう。


 かつて江戸屋がヘルメットなしで戦い、大した怪我を負ってはいなかったが、それは彼だからである。

 戦い慣れていない少女がヘルメットなしで戦い、怪我を負わない方が難しい。


「……当然、散々言ったよ。しかし認めてもらえんかった。……儂も組織の末端だからの、上司の命令には逆らえんのだよ。彼女らの命よりも、観客にどう見え、どう楽しませるかの方が重要らしい」


「じゃあ、あの防護できそうにもない肌色が多く出る衣装も、女の子が舞台に立つ事も、観客に見てもらうためって事……? あの子たちは客寄せパンダって事なの!?」


「そういう意図も確かにあるが……、男子の場合はあいつの一人勝ちだろう。こっちの指示を聞く奴でもないしの。八百長が上手くいくとは思えん。……とは言え、動きが激しく男子でもじゅうぶん面白みがあると思ったんだが……」


 予定通りであれば。

 だが、寸前で別の提案がされたのだ。


 千葉の上司を含め、政府がそれを全面的に賛成していた。


 だが元々、男子と女子の入れ替えの案は出ていた。

 だから唐突に思えるかもしれないが、政府は受け止める余裕があったのだ。


 賛成を引き出せたのも、タイミングと言い出した者の功績が大きい。

 急遽、用意しなくてはならなくなったのは防護スーツに宿す『エフェクト』である。


 男子とは違って腕っ節に自信がない者が多い。

 陽羽里に至っては体調のせいでまともに動けるかどうかも怪しい。

 見る分にはとても地味な絵になってしまうと危惧していた。


 だから男子とは違う、目で見て楽しめる派手な映像効果の多い戦いにする事も同時に提案されたのだ。

 まるで事前に全て考えていたかのようなスムーズさで『彼女』はプレゼンを成功させた。


 その話術には千葉も脱帽させられたし、政府の意向をよく知っている。

 彼らがなにを目的にし、なにを欲しているのかを分かった上で旨みだけを提案していたのだ。


「……考えとる事は分かるがな……しかし、だ」


 千葉道の視線は、一人に向いていた。



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