第22話 dance

 都心にきたはいいものの、目的への手がかりは何一つないままだった。


 人工島では江戸屋が乗る船の手配に一日もかかったし、出航してから都心へ着くまでは早かったが、久しぶりの都会という事もあって人の多さに酔ってしまった。


 目的地がまだ分かっていない段階で、既に体は大きく疲弊していた。


 一旦ホテルでも取って休もうかと考えていた矢先、なんとか、時計の針が夜中の十二時を回る前には、河澄の叔母と連絡が取れた。


 河澄はとあるパーティに出席している。

 ならタイミングをずらそうと提案したのだが、


「今すぐこい」


 あの理不尽な叔母にそう命令されてしまえば、断るわけにもいかない。

 そもそもなんとか繋がった皮一枚、ここで無下に切るわけにもいかなかった。


 言われた場所に着くと、ドレスアップした河澄の叔母が豪華なパーティ会場の入口に立っていた。


 見た目は綺麗だが、威圧感を剥き出しにしており、あれでは誰もダンスになど誘わないだろう……近くのがたいの良い黒人のガードマンが、自然と彼女から距離を取っている。


 入口を挟むように脇に立っているはずだが、片側の黒人が外に広がっているため、不自然な位置取りなのだ。

 入口を正面から見るとアンバランスなのが遠目から気になった。


 原因が彼女なら納得だ。

 できればもうこれ以上関わり合いになりたくない。


「よお、はるばる人工島からお疲れさん」

「大した距離じゃねえよ」

「さて、そんなみすぼらしい格好でこの会場の敷居は跨がせられねえな」


 洋風なのか和風なのかどっちなんだと指摘したかったが堪えた。

 確かに、今の江戸屋の格好は島の学生服なのでここでは完全に浮いてしまっている。


 それに、夜中に学生服の人間が出歩いているというのも問題だろう。

 服装は指定されていなかったが、パーティ会場なら見た目に気を遣うべきだったか。


 しかし手持ちに余裕があるわけもなく、どうせパーティ会場に入るに似合う服装の一式など手に入れられるわけもなかったが。


「なに突っ立ってんだ、入れよ。衣装の予備くらいあるに決まってんだろ」



 用意された衣装に着替え終え、


「……おい、パーティ会場ど真ん中に案内すんのかよ」


 身につけた衣装に着心地の悪さを感じながらも叔母の後について行く。

 普段いる薄暗くじめっとした世界とはまったく違う、煌びやかな世界に足下がふわふわとしていた。


 すれ違う上流階級は本来ならいるはずのない江戸屋に気づきもしない。

 衣装を身につけているおかげで一応それっぽくは見えているらしい。


「河澄は?」

「自分で探せ」


 そう言い残して、叔母はビュッフェ形式の食事を取りに江戸屋から離れた。


 まあ、どこに行くのも一緒、というのもおかしな話だ。

 この場に河澄がいると保証されているのであれば、地道に探せば必ず見つかる。


「あら、あなたは見ない顔ですわね」


 しかし、うろうろと動いているとこうして上流階級の人間に絡まれるので厄介だ。

 こういう時は引率がいると楽なのだが……。

 あまり喋るとこの場には不釣り合いな人間であると相手にばれてしまう。


「良ければ私と一緒に踊ってはくれませんか?」

「急いでんだ、悪いな」

「そ、そうです、か……、なら仕方ありませんわね」


 会場の真ん中では男女が手を取り合いダンスをしていた。

 あれに誘われたのだと気づいてゾッとした……安易に受けていたらあんな苦行をしなければならないのか……。


「なにが楽しいんだかな」

「おいお前」


 と、この上流階級の場でもそういった野蛮な言葉が聞こえた事に、江戸屋は安堵した。


 声をかけてきたのは同年代の青年だ。


「……失礼、君。男性から女性を誘うのがマナーだ。なのにあの子は君を誘ったんだ……それを蹴るだなんて、男として情けないと思わないのか?」


「思わないな。俺と踊りたきゃ、俺がそいつと踊りたいと思うような努力をするべきだろ」

「……何様のつもりだ、君は」


「話がそれだけなら、もういいか? さっきの女にも言ったが、急いでんだ」

「……君は、どこの家だ? ――この場に相応しい人間には思えない」


 青年とのいざこざに、遅れて周囲の目も向いてきた。

 叔母のおかげでパーティに参加ができているが、騒ぎを起こすとなると連れ出される危険がある。

 そうなると目的を果たせない。


「もういいだろ、狙ってんなら取らねえよ」

「っ、君はッ」


 彼の肩に手をぽんっと置き、そのまますれ違う。

 すると視線の先、この場では浮いていてよく目立つ同年代の人だかりがあった。


 輪の中心で顔を俯かせて、怯えを隠していない見慣れた顔。

 そんなたった一人を、男女混ざった集団が責め立てている。


 友達……なわけがない。


「おい、待ちたまえよ君! せめて彼女に謝ってから――」

「離せ」


 肩に乗った青年の手を振り払うのではなく、首を回して視線を合わせた。

 青年はその目に怯んで、自然と江戸屋の肩から手を離していた。


「――あいつら、あれ、なにしてんだ?」


 後ろの青年に問いかける。


「……あ、ああ。さっき真ん中の彼女が周りから声をかけられたのだが、逃げてしまってね、その時に突き飛ばされた子がいたんだ。……彼、転んだ拍子に手を捻ってしまって……大した事はないはずなんだが、彼はプライドが高いから。許せなかったのだろう。今はそれを全員で責めているところだ。彼の家はこの中でも力が強く、親も敵に回したくないと思っている。だから誰も注意できないし、逆らえないんだよ」


「へえ」


 と、集団に江戸屋が近づいていく。

 後ろから青年の制止する声が聞こえたが、


「――よお、河澄」


 彼は止まらなかった。


「…………江戸屋くん」


 河澄はいつものような言い淀みはなく、江戸屋の登場にも驚いた様子はなかった。


 叔母と連絡が取れたのだから、河澄にも当然伝わっているものだが……あの叔母が素直に河澄に伝えるとは思えなかった。

 江戸屋の登場を隠していそうなものだが――。


 それにしても……河澄も当然ドレスアップをしていた。


 肩を大胆に出した青いドレスを身につけ、普段は黒いタイツのせいで見えていなかった生足を出している。

 不思議と肌が、シャンデリアの光のせいなのか、きらきらと輝いていた。

 薄くではあるが化粧をしており、普段の河澄とはがらっと雰囲気が変わっていた。


 言葉が出なかったのは、道具を使えばあの河澄でも化けるのだと感心したからだ。

 そうに決まっている。


 その絶妙な間に入ってきたのは、河澄を責め立てている集団の筆頭である青年であった。


「おい、なんだよお前。こいつの知り合いか?」

「……ま、そんなもんだな」


 友達……、仲間……? 

 パートナーは、解消しているため関係性はよく分からなかった。


 まあ、顔は知っているし、知り合いで合っているだろう。


「見てくれよこの腕、包帯を巻いて固定してないと痛くて痛くて……っ。訴えたらこっちが勝てるんだ……金の問題じゃない。信用の問題だろ?」

「…………」

「こいつの知り合いなら見て見ぬ振りをするんだな。じゃないと痛い目を見るのはそっ――」


 その時、会場の誰もが青年の悲鳴を聞いた。

 江戸屋が彼の、包帯が巻かれた腕を握って持ち上げたのだ。


「いぎぁ、ああ、あがぁ……ッ! い、てえ、いてえよ――父上! くそッ、こんな事して、てめえの家がただで済むと思うなよッ!?」

「てめえこそ」


 青年が身の危険を感じて前言撤回をするよりも早かった。


「――誰に手ぇ出してんだよ」


 次の瞬間、テーブルクロスが引かれた円形のテーブルが大きな音を立てて壊れた。

 上にはさっきまで威勢よく声を上げていた青年の姿があったが……彼は白目を剥いて気絶していた。


 頬に拳の形を作りながら。


 全員が呆然とし、時間が止まったかのような会場で、たった一人、青年が動いていた。


 彼女に手を伸ばす。


「無理やり連れて行きはしねえよ。……お前が納得すれば、俺の手を取れ」


 江戸屋が伸ばした手は、しかし、宙に残ったままだった。



 ――だが、それは河澄が江戸屋の手を取らなかっただけの話だ。


 彼女は背を向け、


「こっち、きて」


 そして二人は、会場を後にした。



 河澄に案内されたのは彼女と叔母の二人で使っているのだろう、ホテルの一室だった。


 二日程度の宿泊なのだろうが、かなり広い。

 さすがは金持ちだ。


 そもそも、河澄がこんなお嬢様だとは知らなかった。

 人工島で一緒に生活している時、そんな素振りは一切に見せなかったし、家庭的な一面を多く見ていたからただ面倒見が良いだけの一般的な女子なのかと思っていた。


 想像の河澄をあのパーティ会場に当てはめると違和感が凄いが、目の前の河澄を、と考えるとぴったりとはまってしまう。

 やはりガワの問題か。

 元々、頓着のない身なりのせいで隠れてしまっていたが、素材は良いのだから、後はどう活かすかである。


「座ってていいよ……紅茶でも淹れるから」

「いや、いらねえよ。俺は話をしにきたんだ、さっさと本題に入らせろよ」

「……じゃ、こっち」


 河澄は部屋のさらに奥、バルコニーに出た。

 外の景色は、もう夜だと言うのに明かりがそこら中にあって眩しい程だ。


 人工島ではショッピングモールとコンビニくらいしか夜に明かりが点いていないので真っ暗だ。

 街灯もそう多くはないし、光量も少ない。

 たった数ヶ月暮らしていただけで、かなり向こうの習慣に染まってしまっていた。


 江戸屋は夜景のネオンに目をすぼめる。


「それで、話って?」

「…………」


「? 連れ戻しにきたんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどな」

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