season3-開花祭の開催-

第21話 party

 上流階級が集まるパーティに出席していた同年代の子たちは、積極的に話しかけてくる。

 男も女も関係なく、将来を見通した交流にしたいのだろう。


 純粋に友達になりたいのではなく、仕事仲間としていつでも利用できるような繋がりを持っておきたい、と。

 一五、一六歳の息子や娘に教えて実行させる親ばかりがこの場にいる事に反吐が出る、と叔母が堂々と悪態を吐いていた。


 会場に蔓延している不穏な空気に、この人は気づいていないのだろうか?


「河澄様……、ここは禁煙ですので――」

「うるせえ」


 姪っ子から見ても滅茶苦茶な言い分だった。

 ワインの入ったグラスを配っていたボーイを足蹴にして、その場から離れた。

 一応、叔母はタバコをすぐに消していた。


「あまり態度が悪いと姉貴を困らせちまうからな」

「……? もうじゅうぶん困ってると思うけど……」

「おいミト、お前、あの中に混ざってこい」


 叔母が指を差したのは先ほどしつこく河澄に話しかけてきていた男女のグループだった。

 何度も開催されているこのパーティの参加者には顔馴染みが多く、そこで輪になっている子供たちのグループは随分前から友達なのだ。


 何度も参加していながら友達の一人も作れていないのは河澄だけである。


 いつもは最初だけ会場に顔を出し、すぐに別室に引きこもっていたため顔を合わせる機会がなかった。

 ……いつもは叔母と一緒に母親もいたので、別室に行く事を止められる事はなかったが、今日は都合が合わずに母親がいなかった。


 いないからこそ、連れてきたのだろう。

 そのため、叔母は河澄が別室に逃げる事を許してくれなかった。


「や、やだ」

「やだじぇねえよ、お前もいい加減諦めろよ。なんのために姉貴からお前を奪い取って鍛えてやってると思ってんだ」


「……憂さ晴らし?」

「お前、私がそんな非道な事をすると思ってんのか?」


 普通にすると思うが……とは、さすがに口には出さなかったが、なぜか心中がばれていた。

 前髪はばっさりと切られたが、まだ長い後ろ髪を掴まれ、引っ張られる。


「自覚ないだろうけどな、お前は口に出てんだよ」

「い、痛い、痛い離して……ッ」

「じゃあさっさと行け」


 背中を強く押され、履き慣れていないヒール靴のせいでバランスを崩し、よたよたと前へ進んでしまう。


 気づかれない内に進路変更をしようと思ったが、最悪にも一人の少女が河澄に気づいた。


 全員がドレスアップしており、そこに混ざってしまうと自分が悪い意味で浮いてしまう。

 周囲の視線がどれも自分を差し、不釣り合いだと隣の人と交わし合って波状のように評価が広がっているのだと被害妄想が膨らんでしまう。


「ねえあなた、以前から何回かきてるけどあまり見ないわよね。忙しくて途中で帰ってしまっているの?」

「…………あ、えっ――」


「将来の展望とかはあるの? 良ければ、私にできる事があればいつでも力になりますけど」

「そのためにも、仲を深めた方がよろしいと思いますわ」


 あっという間に河澄が囲まれ、投げかけられる言葉が増えていく。


「一緒にダンスでも」

「縁談は」

「どこの学校に通って――」


 と質問が重なっていく。


「う、あ、あああっ!」


 河澄は両手で頭を抱え、人の輪の中から飛び出した。


 恐い、怖い、こわい! 

 なにを答えても、なにを話しても、きっとこの人たちは自分を見て失望する……、想定する痛みを回避するために河澄が取ったのは、やはり敵前逃亡だった。


 子供たちの輪から上がった悲鳴に周囲が注目した。

 その視線は当たり前だが動いている河澄に集まっていく。


 ……あの子のせいで、騒ぎが起きた、問題が発生した、誰かが怪我でもしたら――将来を背負っていく才能がある子なのに。

 それに比べて自分は――、


 幼少の頃から、習い事はたくさんしていた。

 だけどある一定のところまで進むと当たる壁に苦戦して、やがて面白さを見出せなくなって途中でやめていてばかりだった。


 母親はその事について、ミトが嫌なら仕方ないよね、と言って許してくれた。


 優しく、慰めてくれた。

 本当に好きな事が見つかるまで一緒に頑張ろうね、と――娘から見ても甘やかし過ぎだと思った。


 でもそのぬるま湯が心地良くて、甘えられるなら、と甘えてしまっていた。

 今までずっとだ――そう、叔母がくるまでは。


「……ったく、あいつはまた」


 会場の扉を両手で押し開け、用意されている自分と叔母の部屋へ走って向かった。



 自室に戻りドレスを身に纏ったままベッドに飛び込んだ。

 ふかふかのベッドの上で三度弾んで落ち着くと、なにかが地面に落ちた音が聞こえた。


 ベッドの上に置いたままだったものが今の弾みのせいで位置がずれてしまったのだろう。

 枕に顔をうずめてしまいたかったが、記憶が確かなら落ちたのはスマホだろう。


 精密機械を落下したそのままにしてはおけない。

 ベッドの上から地面を覗き込んで手を伸ばす。


 手に取り胸に引き寄せてから気づいたが、通知ランプが点滅していた。


 電源を入れると着信が一件入っていた。

 陽羽里からであった。


 どうして島を出たのか追及されるに決まっている。

 なので見なかった事にして電源を落とそうとしたが、もう一つ。


 着信ではなく、メールの通知があった。

 宛名は同じく陽羽里だ。


 彼女の性格ならメールで済まさず河澄が根負けするまで電話を鳴らしそうな気がしたが……もっと言えば、居場所を突き止めて突撃しそうな行動力がある。


 だから陽羽里らしくない……、


 彼女が伝えたい内容を決めつけてしまっていたが、急ぎではない別の用件なのではないか、と思った。


 メールを開いてみると、そこにはこう書かれていた。


『江戸屋がそっちに向かったわよ』


「え!?」


 その時、扉が勢いよく開いた。


「おら、会場に戻んぞミト。今日は絶対に逃がさねえからな。あの島から逃げた分、ここでは気が合う友達一人くらいならいるだろうから、きちんと仲良くなって帰れ」

「お、叔母さん……これ」


 河澄の急いた様子に首を傾げた叔母に、メールの内容を伝える。

 見せる必要があったのかと遅れて気づいたが、今は誰かと共有したかったのだ。

 一人で抱え込むには重た過ぎる。


「ほお、あいつ、お前を追って島を出たのか。意外と熱いところあんじゃねえの。というかお前って気に入られてんだな」


「ち、違うよ! きっと報復だよ、やだよ、また襲われる! わたしを支配して安心を得ようとしてるんだよ!」


「恐がってる割にはお前、楽しそうだよな」


 言われるまで気づかなかった。

 江戸屋がこうして向かえにきてくれた……もしかして、嬉しいのだろうか。


 嬉しいのだとすれば、江戸屋がくると知ればこの会場から逃げられるからだろう。

 叔母もこんな状況で会場に戻って友達を作れとは言わないはずだ。


「ん? ミト、そのメール本文、まだスクロールできそうだぞ?」


 叔母の言うとおり、指で触れるとまだ見えない部分に本文が続いていた。


 河澄に気づかせないように、しかし言わないといけないような事だとでも言うのか。


 陽羽里ちゃんらしくない……。

 やがて、スクロールが止まり隠れたメッセージが見えた。



『あいつ、前を向き始めたわよ』

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