第20話 partner

 翌日――開花祭まで、残り三日となっていた。


 学園に登校すると、まだ連絡がいっていないのか、河澄は欠席扱いとなっていた。


 彼女の安否を江戸屋に訊ねてくるクラスメイトがいないのは、周囲に苛立ちを向けていた江戸屋の雰囲気のせいだろう。

 休み時間になっても、彼の周りには誰も近寄ろうとしなかった。


 陽羽里も明石も、気を遣っているのか、すぐに席をはずしていた。


 ……結局、江戸屋は午後の授業をサボる事にした。

 開花祭当日に、千葉が開催する競技の詳細が明かされるため、今は招集される事がない。


 とは言えほとんど内容は知っている……さらに細かいルールがその場で知らされるだけだろう。


 河澄がいないとなると、江戸屋の参加は取り消しになるのだろうか。

 それとも、不戦勝として黒星扱いになるのだろうか。


 その辺りの事を千葉に聞く事にした。

 そう言えばあいつには他にも聞きたい事があったのだ。

 情報管理の杜撰さに文句を言いたい。


 しかし、いつもは向こうからアクションがあったため、自分からどこへどう接触すればいいのか分からなかった。

 政府……、恋愛島プロジェクトの本部に顔を出せばいいのだろうか?


 堅牢なフェンスと警備員が常駐している、いかにも一般人が立ち入る事ができないと体現している平べったい建物に近づくのは躊躇う。

 すぐ隣に警察署があるのも訪ねづらい雰囲気に拍車をかけていた。

 不良をしていた江戸屋には尚更だった。


 警察にはやはり苦手意識がある。


「あれ、江戸屋くん?」


 と、キャスケット帽子を被った編集者がいた。

 丁度本部の門をくぐるところらしい。


「なあ、あんた、千葉を呼んできてくれるか?」

「いいけど……というか、入れば?」

「……俺が入ってもいいのかよ」


 門の傍に立つ警備員に視線を向ける。

 彼らは江戸屋をしっかりと警戒していながら周囲にも意識を散らしている。


 江戸屋が警備員の目を引く誘導で、注目を浴びている内に別の角度から進入してくる誰かがいる、という事にもきちんと目がいっている証拠だ。


「いいと思うよ、だっておじいちゃんの客人って事だし」


 警備員に話を通すと、さすがにそのまま通してはくれなかったが、必要事項に記入した後、門をくぐる事ができた。

 顔馴染みなはずの桧木も一緒に記入していたが、そういう決まりなのか、桧木だから毎回記入をさせているのか判断がつかなかった。


 確かに怪しいが……。


 それから桧木の案内で千葉の部屋まで案内された。

 その間、職員と何度かすれ違い、挨拶を交わされた。


 全員が江戸屋扇を以前から知っているような反応だった。

 プロジェクト参加者の情報は、もしかしたら全員が共有しているのかもしれない。


 彼女はノックもせずに、病室のような白い扉を開ける。


「ただいま」

「ああ、おかえり。……ふむ? 扇か、なにか用か?」


 千葉は横長のソファの端に座り、目の前のテーブルに置かれた書類の山に目を通していた。

 部屋は広く、観葉植物がいくつか並んでいる。

 部屋の広さに対して家具や物が少なくてほとんどが死にスペースになっていた。


 自宅でなく仕事部屋であれば、使い方に頓着はないのかもしれない。


 江戸屋の訪問に気づいてはいたが、意識は書類に向かっていた。

 三日後に迫った開花祭の仕事があるのだろう。


 長居して話を聞く事は叶わなそうだ。

 なので愚痴は後回しにし、本題に入る事にした。


「俺の新しいパートナーは用意してもらえるのか?」

「…………ほぉ、それは意外な提案だな」


 目を通していた書類をテーブルの山へと戻した。

 そして背中を向いて話していた千葉が振り向き、ソファの背もたれに腹を当てて体重をかける。


「意外か? 今のパートナーがいなくなったんだ、次を求めるのは普通だと思うけどな」


「お前に執着がなければ、それは構わんが……新入りが数人いるぞ。その子らは今日、プロジェクトに参加する予定の子たちだ。もちろん、パートナーは決まっておらん。女子と男子が同じ日に同じ人数揃うとは限らないからの。――で、どの子がいい? ここに顔写真が――」


「どれでもいい。フィーリングが合う奴をテキトーに俺の部屋に呼べよ」


 そう言い残し、江戸屋はすぐにその場から立ち去った。

 苛立ちの原因は分かっている……今、自分の傍に河澄がいないからだ。


 だったら。

 ――河澄でなくともいいのだと、感情を上書きするしかない。



「な、なによあれ! 信じられない! 河澄ちゃんをあっさり捨てて別の子って――しかも誰でもいいって、女の子をなんだと思ってるのかなあいつは!」


 腹を立てる桧木が地団駄を踏む。

 目についた禿頭を平手でぱちんっとはたいた。


「ふぅ、すっきり」

「実の孫でもぶち切れてる案件だがな」


 しかし、千葉は桧木よりも手元の写真を見つめ――中から数人をリストアップした。


「一人ずつ、あいつの部屋に案内してやれ。どうせ一人じゃ足らんだろう」

「誰でもいいって言ってたし、選り好みはしないんじゃないの?」


「ああ、扇の問題ではないよ――この子らの方が、多分辞退するだろう」




 数時間後の事だ。


 とあるマンションの一室のチャイムを鳴らしてみたが、誰も出てこなかった。


 首を傾げたスーツケースを引いていた少女は、ドアノブを掴もうとして――ぐったりと垂れている事に気づいた。


 ……扉越しでも伝わってくる不穏な空気に尻込みしながらも、進むしかない。


 扉を引いて、顔だけを出す。


「す、すいませーん、あの、案内されて、きたんですけど……」


 中は至って普通の部屋だった。

 何度か声をかけたが返事がないので、仕方なく入る事に。


 スーツケースを玄関に置いて、足を踏み入れる。

 自分が鳴らしている、床が軋む音にびくっと震えていた。


 そのまま進んで部屋に入る。


 微かに風の通りがあると思ったら、ベランダの窓が開いていた。

 外を覗いてみれば、外に一人の青年が椅子に座って外を眺めていた。


「わっ! あ、そ、その――初めまして!」

「……ああ、聞いてるぜ、今日からの参加者、だろ?」


「は、はい! わたしは――」

「いい、名前なんてどうでもいい」


 立ち上がった青年に気圧される。

 彼の目に映っている自分の顔は、ぐちゃぐちゃに鉛筆で塗り潰されたようになっていた。


 身長差は僅かなものだったが、自分を見下ろす大男のように彼の姿が見えていた。


「あの、わたし、あなたのパートナーって……」

「お前、俺の愛情を、受け止められるのか?」



 新入りの少女を部屋へ案内し終え、千葉の元へ戻ってきた桧木のスマホに着信があった。

 画面にはさっき案内し終えたばかりの、少女の名前が映っていた。


 嫌な予感がしたが、出ないわけにもいかない。


「はい、桧木ですけど」


 登録されていた彼女は、全力疾走後のように呼吸が乱れていて、鼻水をすする音、嗚咽混じりの声。


 正直なにを言っているのかはほとんど分からなかったが、彼女の訴えはなんとなく分かった。


 というか、予想はついていた。千葉道の予測の通りに。


 あの人とは組めない、組みません! 

 と強く言われてしまえば無理に勧める事もできない。


 このままプロジェクトから逃げられてしまうのが一番困る。

 パートナーになれそうな別の人がくるまで待ってもらう形を取り、彼女については一時解決を迎えた。


 泣きながら痛みを訴えていたし、大事を取って病院を紹介しておいた。

 通話を切った桧木を背で感じたのか、千葉が満足げに、


「――やはり、そうなったか」

「分かってたなら事前に防ごうとかしないの? これじゃああの子が可哀想だよ……!」


「じゃあ次の子をあいつに渡してやれ」

「ちょっと! どういうつもりなの!? まさか、本気であいつのお眼鏡に叶うような女の子を探し当てるつもり!?」


「ま、それも解決策の一つだろうが……無理だな。扇のパートナーを務められる奴なぞ新入りの中ではおらんよ」


「だったら――」

「それを気づかせるため、ではないのう。儂らも暇ではないし。あいつ自身が、確かめようとしているんだな、無意識に」


 河澄との思い出を消すために、新しい女子と触れて上書きをしようとしている。

 だが、新たな女子と触れれば触れるほど、河澄の存在が際立ってしまう。


 際立った彼女を消すために新たな女子を呼び――さらに際立ってしまい、の無限ループ。

 悪循環だ。


「あいつの自己満足のために……、女の子は玩具じゃないんだけど!」

「だとしてもあいつが望んでいるなら斡旋しないわけにもいかんだろう。さあ、次の子を案内しておいてくれ。いいか、余計な事はするな」


「…………なによ、それ」

「今の扇は手懐けられない猛獣だ。落ち着くまで近づかん方がいい。……そうだのう、予想では、四、五人をあいつに渡せば、さすがに気づくだろうなあ」


 江戸屋扇のために、女子の犠牲を払え、と。

 千葉はそう言っている。


「……この島では、女の子の存在はやはり軽いみたいですね……」

「否定はせんよ。――とにかく今はあいつが、必要なんだ」


「――ッ、分かりましたよ! 生け贄を送り届けるのが私の役目なんですね!」


 分かりやすく怒りを示すために扉を勢いよく閉めて、桧木が部屋を出る。

 江戸屋が必要だと千葉は言ったが、しかし彼だけでは、意味がなかった。



 沈みかけの夕日をベランダで眺めながら、江戸屋が電話を取った。


『あの子らはお気に召さなかったかのう』

「どいつもこいつも、俺の愛情を受け止めやがらねえ。あいつらじゃ無理だ」


 江戸屋の部屋に訪れたのは四人だ。

 全員が江戸屋を一目見て、その身に本能的な恐怖を感じ取った。


 暴力は空振り、一発も当たる事がなかったが、全員が部屋から飛び出して行った。


 青痣を作った少女は、逃げる途中で家具にぶつかったためだ。


 よほど慌てていたのか、持ってきたスーツケースを忘れてしまっている。

 四つのスーツケースが、今廊下に並んでいた。

 気づいて、後になって取りにくるだろう。


『なら、明日もやるか?』

「いや、もういい」


『ほお。――その心は?』

「千葉。島を出てもいいか?」


 意外と早かった申し出に驚いたが、千葉の答えは既に決まっていた。


『構わんよ、どうせ行き先は……聞くまでもないか』

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