第16話 girls

『ストリートウォーズ』、リーグ戦が始まってからしばらくが経った。


 勝敗成績は言わずもがな、江戸屋と河澄ペアが一位となっている。

 次いで明石と陽羽里ペア……その下にはなんだかんだと白星の多い、銀髪のペアだ。


 残りの二組……。

 彼、彼女らはいつものように、いつもの場所へ集められていた。


「さすが成績上位者ともなれば、全員風格があるのう」


 千葉道が遅れて登場し、全員を品定めするように、視線を向けた。

 江戸屋にばかり目がいくが、それ以外も中々の戦闘センスを持っている。


 江戸屋がいなければその席に座っていてもおかしくない者たちだ。


「遅えよ、待たせんじゃねえ」

「悪い悪い、儂も開花祭について仕事を振られておるから忙しくての」


 無意識なのか、江戸屋は積まれた鉄骨の上に座っている。

 全員を見下ろす位置にいた。


 相応の実力があるとは言え――にしてもだ。

 自分が負けるとは微塵も思っていない傲慢さだった。


「そういや、もう来週なんだよな、それ」

「準備期間なんぞあっという間だぞ。まあ、お前さんらには当日たっぷりと出番があるがのう――準備を手伝え、とは言わんよ」


「え、出番……って」

「おや、言っていなかったかな?」


 河澄がこくこくと首を縦に振る。

 江戸屋は千葉から聞いていた――他の参加者も同様に話が通っていたらしい……となると、江戸屋が伝え忘れていただけだ。


「ああ、そういや忘れてたな」

「……ッ、……!」

「まあ、なら改めて説明をしようか――と言っても簡単な事なんだが」


 これまでのストリートウォーズが予選とすれば、開花祭でおこなうのは、本選である。


 リーグ戦で勝ち星が多かった五組がトーナメントをおこない優勝者を決める――もちろん賞金が用意されており、その額も誰の目にも魅力的に映っていた。


「新たなエンターテイメント競技として発表するものだ。男女コンビが仲を深めれば深めるほど有利になる……恋愛島プロジェクトから生まれた一つのツールとして世間に広まれば、多少は都心の方でもこの島と同じ状況が生み出せるのではないか、という実験だのう」


 実験ばかりだ。

 何度も繰り返している割りに、未だになにもかもが手探り状態である。


 きちんと正規品として出せる頃には問題は解決しているだろう。

 効果充分と示せるというのは、成功の証拠であるからだ。


「け、けどよ、どうせあいつが賞金を掻っ攫っていくだろ!? なんかハンデとかつけねえのかよ!」


 銀髪の言葉は否定できないものだが、まさか第一回目で公平でない戦いを見せるわけにもいかなかった。

 ハンデをつけてこそ公平だとしても、プライドが許さない者も中にはいる。

 こだわりがないのは銀髪と明石の二人だけだ。


「と、いうわけだ。諦めずに越えられない壁に挑んでみろ……と言いたいところだが」


 千葉が不敵な笑みを作った。

 江戸屋に向けられたものだが、彼には予想もつかない。


 これは勝てる勝負だとぬるま湯の中にいて満足している彼には、思い切り熱湯をぶっかけてやろう――そんな意味だとは知る由もなく。


 開花祭……その主役は決して、戦場に立つ男子ではない。

 今まで裏で男子を支えてきた女子たちが、脚光を浴びる事になる。


「入れ替える事にしたんだ」


 千葉道の言葉の意図にいち早く気づいて動揺していたのは、河澄ミトだ。

 彼女は自分に降りかかるだろう危険を察知するのが、とても早かった。


 だが残念な事に、逃げ出すまでの時間はなかった。

 言葉よりも早くは動けないのだから。


「本選からは女子同士の戦いになる――つまり、これまで戦闘センスのみで戦ってきた者が指示に回る事になる……ここからは強さだけじゃ、勝ち上がれんよ」


 彼だけが気づいた。

 これは、千葉道から――江戸屋扇への。

 意地の悪い、挑戦状だと。


「ふざ……ッ、こいつに、委ねろって言うのか!? 勝てるわけねえだろ!」


 江戸屋が河澄を指差した。

 だが、この場でごねているのは彼だけだった。


「パートナーだろう? 信じて送り出す事もできんのか?」

「パートナーだからこそ分かる……、こいつは戦えねえよ」

「ん、なにか勘違いしておるな?」


 江戸屋ではなく、陽羽里の傍にいる河澄の元へ行き、彼女の頭にぽんと手を乗せた。


「この子に委ねるんじゃない、お前さんが、この子を勝たせるんだ」


 チッ、という舌打ちが響いた。

 江戸屋はまだ納得していない。


 圧倒的な強さを持ち、それゆえに背中を合わせる仲間と出会えず、信用も信頼も他人に預けられない一匹狼。

 戦闘において誰かになにかを任せるというのは、江戸屋にとっては不安でしかないだろう。


 自分で全てできてしまうのだから、自ら出た方が話が早い。

 ――これが普通の喧嘩なら。


 だがルールを用いた、これは競技だ。

 河澄が役立たずだから江戸屋が出る、という事はできないようになっている。


 最上に君臨していた江戸屋の足場に、僅かなひびが入った瞬間だった。


「――お前は自分が王だと威張っているらしいな?」

「実際、この島に俺より強ぇ奴はいねえだろ。王と名乗ってなにか悪いのか?」


「甘えるな、所詮は餓鬼の喧嘩だ。小さな世界で頂点を取ったからといって全世界を制覇したと思うなよ。お前みたいなただ強いだけの奴は、世界中にたくさんおる」

「じゃあ、連れてこいよ――そいつら全員、ぶっ飛ばしてやるからよ」


 江戸屋にとって、自分の力を一〇〇パーセント受け止められる相手は貴重だ……だからそっちに興味が向くのは仕方のない事だった。


「今はそれよりもだ。……扇、お前が王と名乗るなら、自分以外も勝たせてみせろ」

「…………」

「できないなら、結局お前は、その辺の糞餓鬼となにも変わらんよ。王でも特別でもない。人付き合いに難を持つ、背伸びした子供だ」


 江戸屋が、積まれた鉄骨の上から飛び降りた。

 音を立てない綺麗な着地だ。


 彼の接近によって、周囲の男子が僅かに足を後退させる。

 千葉と向かい合う。

 その身長差から、大人と子供のようだが、実際は逆だ。


「――勝たせりゃいいんだろ、こいつを」

「やれるものなら」


 どうせお前にはできないだろう? 

 そう言われているような気がして、江戸屋は一人で勝手に腹を立てて苛立ちを隠さなかった。


 視線が河澄に向き、襟を掴んで引き寄せる。


「うぁ……っ!?」

「てめえがちゃんと指示に従えば勝てんだ――だから、ちゃんとやれよ?」


 江戸屋と河澄の関係は周知の事実であったが、それでもこれは一方的な脅しだろう。

 それぞれの関係に接し方があるため見逃していた千葉だったが、河澄の怯えようと、苛立ちを発散しようとする江戸屋の暴走気味の行動にはさすがに注意をしなければならないだろう。


 だが、


「………………嫌です」


 はっきりとした声と、言葉で。


 そして河澄の両手が、江戸屋の体を突き飛ばした。




「わたしは、絶ッッッッ対に、出ないですからッ!!」




 ――と、思わず出た言葉にはっとして、周囲の視線から逃れるように背を向けた。


 そして、


 そのまま、


 全速力で走り出した。



 珍しく江戸屋は誰よりも反応が遅い。

 河澄ミトという人間とこれまで過ごしてきた者ほど、今の彼女の行動には虚を突かれた。

 接する機会が少ない者ほど、驚きはあっても放心するほどの事ではなかったのだ。


「あ、の野郎……!」

「待て、扇――」


 千葉が引き止めようと進路を塞いだが、江戸屋は軽い挙動で、千葉の身長をハードルのように越えて、河澄を追うために走り出してしまう。


 彼女の背中は見えているが、曲がり角を利用されるとすぐに見失ってしまう。

 同じような道と間隔が狭い中で曲がり角や分岐点があるため、河澄の姿を常に視認しているのは難しい。

 相手が姿を隠す事に特化していれば、既に江戸屋は撒かれているはずだ。


 それくらい、致命的な反応の遅れだった。

 しかし幸い、相手は河澄だ。

 単純に体力や筋力の差がある。江戸屋が追いつくのは時間の問題だった。


「てめえ、逃げんじゃねえよ!」


 腕三本分の差まで詰めていた。

 だが、河澄は後ろを振り向かずにひたすら走っているため、中々手が届かない。

 振り向けば時間のロスに繋がり、追いつかれると知っているのだ。


 ……なぜだか、彼女の走りには迷いがなかった。


 江戸屋へ指示を……出してはいないが、それでも務めていた。

 恐らく周辺のマップは頭の中に浮かんでいるのだろう。


 しかしそれは、指示を頼りにしていない江戸屋も同じ。

 戦い慣れているこの辺りで迷う事はないだろう。


 それでも江戸屋は一瞬だけ躊躇った――なぜなら道の先は、海である。



「あいつ……まさか……ッ!」

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