第15話 weak point

 勝利条件は簡単だ。

 相手を戦闘不能状態にすればいい。


 もしくは降参、千葉の判断によって、勝利者が決められる。


 殺害に繋がる攻撃は禁止……最悪の結果がおこらないようにするための防護スーツだが、それでも万全ではないためだ。

 一応、鉄骨が落ちてきても耐え切れる耐久力を与えてくれるのが二人が身につけているスーツの効果である。


 もちろん、フルフェイスのヘルメットを含めた効果なので、江戸屋に関して言えば頭に衝撃が加われば簡単にころっと逝ってしまう可能性は高い。


 しかし止めても無駄なので、千葉は注意をしなかった。

 江戸屋の身体能力を買っているからこそ、でもある。

 そして、拡声器から発せられる千葉の声が二人の耳に届いた。


『――試合、開始だ、糞餓鬼共』



「ねえ、おじいちゃん」


 試合が開始され、それぞれの動きを俯瞰して見ている桧木はある疑問に思い当たる。


 江戸屋はファイターになれてもアスリートになれない。

 つまり、ルール上であれば彼の力を弱体化させる事ができるという意味として受け取ったが――今回のこの試合、というかそもそもの競技自体が江戸屋扇に満足に制限をかけれているとは思えなかった。


 ナビゲーターが重要視され、パートナーの指示力がそのまま勝敗に直結するとも言っていいだろう。

 指示の仕方によっては頼りの指針のはずなのに、逆に戸惑う要素にもなってしまう。


 だが江戸屋はそもそもナビゲートを切り捨てた。


 中途半端に抱え込むよりは多少不利になっても切り捨てる方を選んだ。

 パートナーの仲にひびを入れかねない力技だが、そもそも二人にパートナーとしての信頼はない。


 ないからこそできる盲点を突いた策だ。


「――江戸屋って子に勝てる子がいるとは思えないんだけど」


 擁護するなら、銀髪の青年はナビゲーターの力をじゅうぶんに使い、江戸屋の死角に回って隙を窺っていた。


 俯瞰して見ていた桧木にも銀髪に非があるとは思えなかった。

 当たりどころが良ければ、一発で戦闘不能にできるほどの余裕が銀髪にはあったはずなのだ。


 だが、江戸屋は死角にいる敵の気配に気づいた。

 まるで背中に目があるかのような、ぎりぎりまで引きつけた上で避けたのだ。


 青年と入れ替わるようにすれ違い、互いに背中合わせのような体勢になる。


『死角ってのは一番警戒してる部分だぜ? 相手の姿が見えないとなればまず疑うのがそこだろ。音や風、感覚的な事だが、なんとなく流れが変わった、みたいな――直感だ』


 会話が鮮明に聞こえるのは、防護スーツにつけられたマイクのおかげだ。

 桧木と千葉は些細な独り言も全て把握している。


 直感……、江戸屋は感じられたが、青年には感じられなかった。

 それは積み重ねた経験の多さの違いが大きな差だが、もっと簡単に言えば、重たい鎧を着てしまうと素早く動けない、みたいな事だった。


 選ばれた者だけが身につけられる特殊技能ではない。

 見えない場所にいる蚊に気づいて振り払ったら当たっていた、ようなものか。


 だとしても、警戒していても死角に変わりない。

 気づける方が珍しい。


「やはり――上手い」


 映像の中には江戸屋とすれ違ってすぐ、振り向いた青年の姿があったが、

 その時、江戸屋は既に青年の斜め上へ体を跳躍させていた。


 助走なしで人の身長よりも高く体を運ばせるその足の力には改めて脱帽させられる。

 単純に体のバネが人間離れしていた。


「あれ……? あの子、なんで気づかないの?」


 江戸屋の蹴りが青年の顔面に迫っていると言うのに、彼は呆然と立ったままだった。


「気づけないんだ」


 その答えは青年に言い聞かせるよう、江戸屋が勝利宣言のように告げていた。


『そんなヘルメット被ってりゃ、分かるもんも分からなくなんだよ』


 そして、


 ごぎん!? 


 と嫌な音が鳴り、銀髪が地面を転がって鉄骨を背に勢いが止まる。


 いくら防護スーツとは言え、まかなえない部分も出てくる。

 首、だ。


 ヘルメットを被ってしまえば隠れるが、実際は首の途中までしか防護スーツは届いていない。

 しかもその効果も他の部分に比べれば薄いと言わざるを得ない。


 打撃ならともかく、頭を蹴られた衝撃で首が勢い良く回る事までは考えていなかった。

 そもそも競技自体、欠陥部分を見つけるためのテストであり、見切り発車とも言える。


 殺害に繋がる攻撃は禁止と言われれば躊躇うだろうという予想を裏切り、江戸屋は躊躇なく頭を蹴った。

 ヘルメットがある以上はルールに触れてはいない……だから江戸屋の反則を取る事はできない。


 これは千葉のミスだ。


「ひっ……、あ、あれ、折れてないよね……っ!?」

「まあ、大丈夫だろ」


「軽い!? いや、だって、ごぎん! って音したけど!」

「マイクが近い位置にあるから些細な音も拾ってしまったのだろう――おっ、無事みたいだ」


 蹴られた青年は少しの間、意識が飛んでいただけで、命に別状はなかった。

 だが、短い時間でも戦闘不能状態になったため、この勝負は江戸屋扇の勝利となる。


「まだまだ、改善の余地はある、か……しかし時間がないのも確かだな……」

「えーと、おじいちゃん? あの子、止めないと相手の子をぼこぼこにしようとしてるけど」


 試合は終わっているのだが、アナウンスをしていないために勝負が続いていると思っている江戸屋と銀髪は、一方的な狩りのように鬼ごっこを開始していた。


「おっと、いかんいかん、止めないと本当に殺しかねないからな、あいつは」


 言いながらも、のんびりと行動に移す千葉。

 すると、この部屋の扉がノックされた。


「桧木、出てくれ。どうせ催促をしにきた政府の厄介もんだろう」

「それを私に押しつけるってのはどう……はいはい、今出ますよー」


 ノックがしつこいので、慌てて桧木が扉を開ける――と、


「あれ? おじいちゃん、今日ってもう一戦予定でも入ってるの?」

「いや……時間が読めんからのう、今日はこの一戦だけにしようと思っていたが……」


 桧木によって部屋に招かれた訪問者が、大画面を見て満足そうにしていた。


「……お前さんは」

「一つ、提案があるんだけど――聞いてみない?」



 試合終了のアナウンスがされ、別室から戻ってきた河澄と合流する。


「――今後、お前はもうなにもしなくていいぞ」


 その言葉は河澄を非難的に見ているわけではなかった。

 江戸屋一人で事足りるのならば、河澄に無理をさせる必要がない、という意味だが。


 彼女は別の捉え方をした。


「そう、です、よね……私は、必要がない、です、から……」


 まともに指示も出せないようなパートナーなどいらない、そう言われていると誤解した。


「ああ、必要ねえな」


 江戸屋の言い方も勘違いさせやすい乱暴な言い方だった。

 簡潔に言い過ぎて実際の中身をまったく匂わせない。


 きっと、誰もがその言葉通りに受け止めてしまうだろう。



 六月某日、とある晴れの日。

 一つの情報が世間を驚かせていた。


 一般人の間では半ば都市伝説化していた少子化対策計画――恋愛島プロジェクト。

 その実在が世間に公表されたためだ。


 そして同時に、一週間後、開発途中ではあるが人工島で開花祭と呼ばれるイベントが開催される事も発表された。

 つまりこの島が一般開放される事になる。


 それが一昨日の事だ。

 桧木が読んでいる情報誌は発売日が昨日だが、桧木の元まで届くのに一日が経ってしまっていた。

 雑誌の端の方はよれよれである……回し読みされた形跡が消えていなかった。

 そのため、最新情報に既に鮮度はない。

 ネットの方が有能であった。


 それでも桧木が読んでいるのは、ライバル誌の傾向などを分析するためである。


「結局、あの江戸屋って子の圧勝だったわけだけど……」


 パートナーの指示を必要とせず、たった一人で、千葉が選別した他の参加者たちに勝利してしまった。

 それが悪い、とは言わないが……これでは出来レースだ。


 江戸屋扇が優勝する前提でおこなわれる競技など茶番でしかない。

 江戸屋はいいが、他の参加者が可哀想だった。


 元々、一週間後……はもう切っているが、開花祭で一つのエンターテイメントとして発表するつもりの競技である、と千葉から聞かされていた。

 まあ、出来レースだろうとも、競技自体の面白さを示し、会場が盛り上がればいいだけの話だ。


 強さの順列が決まっている方が、仕込みもしやすいのかもしれない。

 千葉が江戸屋に対してなにも対策を講じないのも、気を良くさせて操りやすくするため、か……?


「……でも、なにを企んでるんだか」


 千葉が席をはずす事が多くなったのは、あの日からだった――。


 訪問者が現れてから。


 競技の停滞もまた、千葉が意図的に誘導しているものではないのか……と。

 部屋から出てはならない桧木は、そんな事を考えて暇を潰していた。

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