第14話 street wars
警察と救急隊員がさきほどまでいた店に集まっていた。
今は河澄と陽羽里を連れて店から出ているため、面倒な事情聴取には巻き込まれていない。
気絶した男の自業自得だ――、大勢の野次馬もそう説明するだろう。
下手に説明して江戸屋に報復をされては敵わない。
押しつけた勘定を野次馬の一人が断らなかったところを見ると、江戸屋の『王』という発言はおおかた認められているわけだ。
「王様、ね……っ」
「なに笑ってんだ」
「馬鹿にしてるとかじゃないわよ? あんた以上に強い奴はいないし――現時点では」
「言い方が気になるな……、まあ、これから島にくる奴で俺よりも強い奴はいるかもしれねえけどな……」
「ああ、その可能性もあるのね」
その……? となると、陽羽里の考えは別にあったという事になる。
それを説明はしてくれないようだった。
「あたし、買い出しに行かせた王雅と合流するわ。だからここでお別れよ」
「さっさと行けよ。つーかさっきの今だ、道中襲われたりするんじゃねえか?」
「かもしれないわねえ」
まるで明石の元まで送れ、とでも言いたげだ。
「嘘よ、いらないわ。ちょっと考え事をしたいから一人で歩かせて」
「……陽羽里、ちゃん」
そこで珍しく、いつも後ろをくっついてきているだけの河澄が口を出した。
表情には不安が現れていた。
まるで遠くへ行ってしまう友達の背を見たかのような……。
彼女の手が陽羽里に重なった。
「思い詰めないで――ね?」
「大丈夫よ、ミト……心配しないで」
思い詰めないで、か……。
こんな社会で男に反抗する陽羽里のメンタルが弱いとは思えない。
心配している河澄の方が疲弊しそうだ。
……するだけ損である心配など、陽羽里には必要ないだろう。
「心配なんざいらねえだろ、女にしてはこいつも強いからな」
「江戸屋くんは、どうせなにも分かってないんですから口を挟まないでください」
そう冷たく突き放され、驚いていたのは江戸屋ではなく陽羽里だった。
そう言えば、陽羽里はまだ、彼女の本性を知らないのだった。
彼女と別れ、江戸屋と河澄は帰路につく。
二人の関係は険悪のように見え、後退しているようでも、着実に前へ進んでいた。
翌日、千葉道に言われた通りに夕方、江戸屋と河澄は待ち合わせ場所に辿り着いた。
立ち入り禁止区域内は、昨日の傷跡がまだ残っていた。
修復作業はおこなわれていたが、完全に元通りではないらしい。
そもそも地区が全体的に工事中なので、どこがどう傷跡なのかは分かりづらかったのだが。
日中でも薄暗い黒と灰色の世界に、千葉道が佇んでいる。
先客は、なにかと縁がある銀髪の青年と、警察帽子を被り、手に鎖を巻き付けている少女だ。
ただのくじ運で決まった組み合わせだ。
……あの青年にはよほど運がないらしい。
「――いいか、昨日はオレが、オ・レ・が、優勝したんだからな!」
「昨日……? ああ、あの蜘蛛みてえな奴を捕まえる遊びか」
蜘蛛であり、鳥であり……あの調子だと他の形態もありそうだ。
エイリアンシーカー。
そう呼ばれていた。
千葉道のオリジナルであるが。
「優勝――そう、オレが一番強い事が証明されたわけだ。お前が王様? 強さ強さと言いながら、昨日はお前が負けたって事を自覚するんだなあ!」
「アンタ……、そういう事はアタシの背中から言うんじゃないわよ」
パートナーの背中に隠れる青年の男らしさのなさはともかく、言い分は的確だ。
負けた。
事故に巻き込まれた桧木を助けるためだとは言え、だ。
だから反論の余地はない。
確かに、これでは王は名乗れない。
江戸屋は千葉へ視線を向け、
「――おい、今日はなにすんだ?」
「うむ、昨日とほとんど同じだ。ただし――球体を追いかけ捕まえる、なんて生易しいものじゃあない。今回は本格的に、対人戦をおこなってもらう」
青年は、え、と表情が固まり、江戸屋は、へえ、と口角を上げて笑みを作る。
「これこそ、お前らの土俵だろう? 悪餓鬼共」
『ストリート・ウォーズ』。
ネーミングにとやかく言わないが、千葉道のセンスである。
昨日と同様、男子が区域内に残り、女子が別室へ移動した。
耳につけたイヤホンから聞こえてくるのは、河澄の声だ。
『江戸屋くん、本当にヘルメット、いらないんですか……?』
「ああ、鬱陶しいからな。怪我をしないように、らしいが、俺には必要ねえよ」
ヘルメットは被らないが、用意されていた衝撃を吸収してくれる防護スーツはきちんと着ている江戸屋だ。
いつ測ったのかは知らないが、江戸屋の体に合ったオーダーメイドらしい。
そのため体にフィットし、なにも身につけていないかのような馴染み方だった。
デザインは消防服をモデルにしているらしい。
江戸屋は黒、相手の青年はオレンジだ。
「河澄、今回、指示はいらねえ」
『え……』
「いいハンデだろ」
相手を舐め切った態度だったが、実際これで丁度良いハンデかもしれない。
いや、もしかしたらこれでもまだ江戸屋の方が実力は上かもしれない。
いくらパートナーが全体を俯瞰して指示を出し、逐一情報を得ながら戦えるとしても、いざ交戦するのは戦場に立つ銀髪の青年なのだ。
目と鼻の先に立ってしまえば、情報など無に等しい。
だから、いかに江戸屋の隙を突けるかに勝負は左右される。
河澄もさすがにそれを分かっている。
江戸屋の隙を突かれないように指示を出すのが彼女の役目なのだが、本人からいらないと言われてしまえば指示も出せない。
「じゃあいらねえよな、こんなもん」
『あ――』
河澄の声が途切れる。
機械の不調ではない。
江戸屋が耳につけていたイヤホンを、投げ捨てたのだ。
「さっさと始めようぜ、こっちはもう火が点いてんだからよ」
大型モニターが複数並ぶ一室には、千葉道と桧木が隣り合ってソファに座っていた。
並んだモニターの総面積は映画館のモニターと大きさは変わらない。
そこには全ての監視カメラの映像が映されている。
別室にいる河澄たちの小さなモニターとは違い、リモコン操作で画面をいちいち切り替えなければならない必要はない。
全ての映像が見やすい大きさで並んでいる。
七〇にもなる老人にも見やすい仕様だ。
「儂はこれでも両目、共に二・〇あるんだなあ……意外だろう?」
「はいはい――それでおじいちゃん、私はなに、実況でもすればいいの? あと、デリヘル嬢じゃないから過度な接触は禁止だからね」
「そんな事はせんよ、孫のように思っとるお前さんに恋慕を抱くわけがない――……まあ残念ではあるがのう」
ささっ、と桧木が体を守ってソファの一番端っこへ退避した。
千葉の反応がないので冷静になり、桧木も元の位置へ腰を下ろす。
「おじいちゃん――」
この呼び名は、千葉が桧木を連れている事に違和感を抱かせないための配慮だ。
政府へ、一時的な言い訳にしか使えないが、そう説明した。
そのおかげもあってか、彼女は不法侵入した件についてはお咎めはなしだった。
まあ、六時間以上も拘束され、長々と説教を受け、書類を書いたり、自由な出歩きもできないなどの制約もついたが。
ようは千葉と共にいればいい、というだけの話だ。
日夜を共にする事になったわけで、孫という設定はおおいに役立った。
老人と若い女性がずっと一緒にいれば、誤解される事も多いだろう。
「今にして思えば、孫だから一緒に行動しなきゃいけない制約がつけられたんじゃ……?」
「さて、両者共に準備ができたようだの」
全体を俯瞰して見た仮想マップに江戸屋と銀髪、二人の現在地が示されている。
距離はそう遠く離れてはいないようだった。
パートナーの指示がなくとも、偶然、出会ってしまう可能性もあるだろう。
「おじいちゃん、撮影はしていいの?」
「儂を撮るならいいぞ」
「いや、おじいちゃんを撮ってどうするのさ……」
「テレビ取材をされた時に、数年前の儂……と言って紹介できるかもしれんからのう」
「どういう未来予想図をしているか知らないけど……じゃあまあ、おじいちゃんを撮るよ」
桧木からすれば、独占映像が撮れるだけでもありがたい。
遠慮なくカメラを回す。
「私、本当に実況とかしなくていいの?」
「したいのなら勝手にしてもらって構わんが……それよりも儂の話し相手になってほしいというのが本音だな。意外と寂しがり屋なんだ、儂」
不良の子供たちにアグレッシブに声をかけるところを見れば、分かる性格だ。
「――そろそろ、試合開始のゴングを鳴らすとしようかのう」
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