第12話 festa

 椅子に腰を下ろした千葉道は、似合わないチョコレートパフェを頼んでいた。


「侵入者とつるんでなにを企んでいるのかね?」

「別に。欲しけりゃやるよ」

「いや、私は君の物じゃないんだけど……」


 そんな指摘も、江戸屋はどこ吹く風のように相手にしていなかった。


「ふむ。なら、そうさせてもらおうか」

「え?」


「お前さん、名前は?」

「……桧木ひのき……ですけど」

「名刺も持っとらんのかね」


 警察に突き出されるのかと身構えていた少女……桧木は、社会人として当たり前の常識がすっぽ抜けてしまっていた。

 慌てて名刺を出し、属する社名と島にきた目的を説明する。


 もしかしたら話が通じる老人なのか、という期待した表情が漏れてしまっている。

 そんなわけねえだろ、と江戸屋は言葉を飲み込んだ。


「なるほどな……まあ、褒められたものではないな、どう言い繕おうとも不法侵入に変わりないからのう。それに、既に見た島内の実情をこのまま持ち帰られても困る」

「それは、背徳的な事をしている、という自覚があるので?」


 さきほど江戸屋に言った言葉が事実なら、この会話も録音されている事になる。

 途中でレコーダーのスイッチを入れたならまだしも、ここにくる以前から録音されているとなれば、千葉でもさすがに気づけないだろう。

 だから思わず本音をこぼしてしまっても責められない。


 が、千葉はたとえ録音されていたとしても変わらずそう言っただろう。

 言葉に自信が宿っていた。


「そうかもしれんな」

「そうかもしれないって……!」


「別に儂らが仕組んだ事でもないからのう。確かにこの島では女子の立場が弱くなっている。だが、自らそう進んだのは他ならぬ女子の方だ」


 それを聞いてむっとした桧木は、一枚の写真を取り出し、千葉の前へ滑らせた。


「男性専用通路……こんなものまで作っておいて仕組んだ事ではないと? 他にもありますよね? 私はこの目で見ましたし、こうして証拠が何十枚とあります」


 座席の制限、トイレの数、強制的な雑用と時間外の労働、低賃金――他にも挙げ出したらきりがない。


「へえ、こんなにも違いがあんのか」


 と、江戸屋が出された写真を見ながら口を挟んだ。


「へえって……、その子がこんなにも不当な扱いをされてる事を知りもしないの!?」

「知らねえよ、言われなくちゃ分からねえし。それにこいつ、文句とか言わないしな」


「あんた、ねえ……ッ!」

「つまり、そういう事なんだよ、編集者さん」


 立ち上がろうとした桧木の肩を掴んで座らせる。

 桧木は立ち上がろうとしても立ち上がれなかった事に驚きを隠せなかった。


 ……力が強いわけではない。

 ようは使い方である。


「この子らが異常なんじゃない、この子たちのこの反応が基準なんだ」

「……この島の常識、とでも言いたいんですか?」


「なりつつある、といった具合かのう。もうほとんどそうなっていると言ってもいいかもしれんな。お前さんが着目しているその差も、島の男子が要望し、女子が受け入れた結果だ。反対意見があったわけではない。両者納得した上での今なんだ」


 海外に行ってみたら母国と生活感がまったく違う、それと同じような事である。


「そんな騒ぐような事ではない」

「でも――ッ」


「まあいい、好きなだけ見ていきなさい。ただし、儂の目の届く場所にいなさい。儂の客人という事にしておく。儂も含め、長話と多少の説教はあるだろうが、まあ、侵入罪で捕まるよりはマシだろう」


「……結局、島の外には知られたくない事なんですね」


 情報規制……いや、情報を小出しにする予定なのかもしれない。

 情報操作をする前に、桧木に全貌を伝えられては困るのだろう。

 千葉を含め、政府にもやり方がある。


「来月、この島が一般公開される。『開花祭かいかさい』という名のイベントとしてな」


 江戸屋たちも初耳であった。

 まだ島内の住民にも知らされていない情報である。


 漠然とした広告はあったが、いつ、なにをするのかは分かっていなかった。

 だからアナウンスされていてもほとんどなにも分からないに等しかったが、千葉の言葉で『いつ』という部分は明かされたわけだ。


「七月の第一週の土曜、日曜を公開日にする予定だ。本決まりではないが、ほぼ決まったようなものだろう。今は祭の中身のプログラムを調整している段階での、情報公開もしてはならない決まりなんだが……お前さんたちには言っても構わんだろ。ただし、誰にも言うなよ?」


 千葉は、五〇年以上も若返ったかのような悪戯な笑みを見せた。


「それまで、桧木さんは儂と行動を共にしてもらう。逃げても構わんが、多分逃げられんし捕まれば儂のように甘い者もいないからのう、普通に犯罪者になると思うぞ。それでも編集者根性を貫き通したいと言うのであれば止めんが」


「…………従いますよ」

「すまんのう、少々手伝ってもらいたい事もあっての」


「なんでも手伝いますよ! その代わり、一般公開後の独占インタビューを受けさせてくださいよ!? じゃないと割に合いませんし!」


 むすっと口を尖らせる桧木は、見た目のせいでさらに幼く見えた。

 千葉と並べば完全に祖父と孫だ。


 運ばれてきたチョコレートパフェをかき込むように食べ、千葉が席を立つ。

 手招きされ、桧木も遅れて席を立った。


「あ、お前さんら、明日の夕方、今日と同じ場所に集合してくれんか。二人一緒にだ」

「またなんかすんのかよ。こっちも暇じゃねえんだぞ」

「嘘つけ。お前は暇を持て余してるだろ」


 否定はできなかった。

 特に目的があってなにをするでもなく、道中でたまたま売られた喧嘩を買っているだけだ。


「暴れ足りないお前に暴れる場所を提供しているんだ、儂の誘いには乗ってくれよ」

「……分かったよ、素直にお前の手の平の上で踊ってやる――ただし」


 江戸屋は手元のフォークの切っ先を千葉に向け、


「つまらなかったらすぐに下りるからな」



 会計をして店を出た後、桧木は千葉の隣に並んで歩く。

 どさくさに紛れて千葉のパフェ代も押しつけられた。


 ……この借りは情報で取り返そうと心に決めた。

 雑談としてまず話題に上がったのは、江戸屋扇の事である。


「……彼、強いの?」

「強いのう。喧嘩なら負け無しだろうな。それくらいの戦闘センスはある」


 崩れてくる鉄骨の中から桧木を救い出すくらいだ、運動神経や動体視力はかなり良いと言えるだろう。

 だからこそ、ああも強気に出られるのだろう。

 見るからに慢心しているが、その自信の塊を砕いてくれる相手は未だ現れていない。


「喧嘩『なら』……って、含みがありそう、……ですね」

「思い出したような敬語はいらん。……まあ、あいつの強さはルール無用のストリートファイトで発揮されるものだ。育った環境ゆえか、生粋のファイターなのだろう」


 だが、と千葉は江戸屋に感じている、弱点を指摘する。


「ファイターであっても、アスリートではない」


「それは、どういう……?」

「見ていればいずれ分かるだろうさ。さて、覚悟はいいな? ――お偉いさんのご登場だ」


 桧木の目の前には、威圧感を振りまいた、黒いスーツ姿をした男たちが立っていた。

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