season2-想定外の武装少女-

第11話 media

「意外だったのう、まさかお前がエイリアンを捕まえるとは思っとらんかった」


 結局。

 羽を生やしたエイリアンは誰も追ってこない事を知って排水溝に隠れて眠っていた。


 ナビゲーターの目も欺き、当然、シーカーたちも見つけるのに難儀していた。

 そんな中、捕まった事にも気づかせないように勝利を収めたのは、銀髪の青年だった。


「いやー、意外な才能があったり? したのかもしれないな、はっはっは!」


 みーちゃんと呼ばれている彼のパートナーである美里は、にやけ顔を堪える事ができず、


「なんでも願いが叶うなんでも願いが叶うなんでも願いが叶う――」


 壊れたように呟きを繰り返していた。


「……して、お前たちの願いはなにかのう。可能な限りは、善処するが」

「アタシ、欲しい服がたくさんあって――」


「みーちゃんと二人きりの貸し切りプールにしてくれ!」


 言いながら千葉に詰め寄る銀髪の青年の背中に、美里が鎖を振り下ろした。


「――痛いっ!?」

「アンタなにを勝手に答えてんのよ!」


 四つん這いになる銀髪の青年の尻を踏んづけるその光景を見て、千葉が堪えられず笑った。


「ふっはっ、理想的なコンビじゃあないか。いいだろう、儂の権限で特別なオプションを含めてプレゼントしてやろう」

「ちょっと! アンタも勝手に進めるんじゃ――」


「不満かね? 女冥利に尽きると思うがのう。こいつはお前に惚れて、一緒にいたいと願っている。儂がなんでもと言ったのだから自分だけで完結する私利私欲に流れてもいいはずなのに……そうはせず、お前さんを巻き込んだ。好きでもない男とプールは嫌か? なら、すぐにでもパートナーを変えた方がいい。申請は早い方がいいだろう?」


「……別に、そこまでは……」

「なら、付き合ってやりなさい」


 口では色々と言いながらも、いざ突きつけられれば実行はしない。

 パートナーを組み、住居を共にしてしまえばそこには中々切れない関係が構築される。


 一週間も続けば、今更パートナー解消をするコンビも珍しいものだ。

 集まった子供たちを解散させ、千葉道はエイリアンに記録されていた映像を再生させる。


 途中で姿を眩ました江戸屋扇と共に映像に残っていたのは、いるはずのない少女の姿。

 島内のデータバンクを検索してみた結果、彼女と同一人物がこの島に入る際、検査を受けた記録は一つもなかった。


 彼女はこの区域はおろか、島にさえもいてはならない人物だった。


「さて、どうやって入ったのか……意外とガッツのあるマスメディアだ」



 ショッピングモールにあるファミリーレストランの四人掛け席。

 ソファ側に並んで座る江戸屋と河澄、そして向かい側の椅子には、同年代に見える少女。


 同年代の中でも小柄な少女だった。

 だが実際は、成人したばかりの年上である。


「さっきはありがとね。おかげでカメラも無事だったし、助かっちゃった。ここはおねーさんが奢ってあげるから遠慮なく食べちゃってよ」


「お前、不法侵入者だろ?」


 江戸屋が渡されたメニュー表を受け取り、視線を落としながらそう指摘する。


「別に告げ口したりする気はねえけどよ、自分に害はないですって説明するべきなんじゃねえのか? じゃねえとこっちもお前を匿うかどうか答えが出せねえ。脅威になる可能性が少しでもあるなら見逃すわけにもいかねえしな」


「……どうして、私が不法侵入したって?」


「格好。一応お前が今してる格好のまま、注意喚起されてんだ。お忍びでなにかをしたいなら衣装は変えるべきだったな」


「仕方ないのよ……荷物は極力減らさないといけないし……経費も落ちてくれないしで自腹を切るにももう限界だったから――」


 ここの食事代も身を切る思いだったらしい。

 かと言って遠慮をする江戸屋ではなかった。


 命を助けたのは事実。

 恩人の食事代も出せないようでは、その命は料理二皿よりも劣ると言っているようなものだ。


「あ、わたし、は、お礼とか別に……」


 遠慮をする河澄を見て、逃亡中の侵入者がさっとカメラを構えた。


「撮っていい?」

「ひっ……! か、カメラは、ちょっと……っ」


「うーん、残念。可愛いから使……、良いなって思ったのに。ウチの雑誌の表紙とか、飾ってみる? ほら、この島の特集を組もうと思っててね、絵的に映えるかなー、って」


「――雑誌の編集者か」


 自分の命よりもカメラをまず守ろうとしていた。

 これでただの観光客だとは思えない。


 命と同様、情報を大事に扱っている専門分野の者だろう。


「そうよ、芸能界のスキャンダルを多く扱っている、ね」

「そんな雑誌の編集者がなんでこの島に? 芸能人なんて一人もいねえだろ。いや、もしかしているのか……? だとしても多分俺らに聞かれても分からねえぞ?」


 呼び鈴のスイッチを押し、江戸屋はハンバーグセット、河澄はグラタンを店員に頼む。

 キャスケット帽子とデニムのジャケットを脱いで、できるだけ注目を浴びないようにしている少女は飲み物だけを頼み、金額の調整をおこなっていた。


「芸能人じゃなくて、私はこの島の事を記事にしたいと思ってお忍びでやってきたのよ」

「記事? んなもん、多分もう少ししたら一般公開されるだろ?」


 以前から、特別なイベントがある、とは言われている。


「一般公開される情報って当たり前だけど知られてもいい情報なのよ。私たちがよく記事にするのが芸能人の不倫の記事なんだけど、わざわざ向こうから不倫してますよ、って教えてくれるわけじゃなくて、自分で張り込んで証拠を撮って、記事にしてるわけ。当然、秘匿したい情報なわけだから、見聞きした読者の反響も大きい」


「それで何人の芸能人の人生を狂わせてきたんだかな」

「なによ、不倫はしてる方が悪いでしょ。あ、もしかして不倫肯定派? うわぁ、隣に恋人がいるのにその発言は……ばっちり録音してるけど」


「恋人じゃなくてパートナーなだけだ。記事にしたきゃしろよ。ただの素人を特集したところで反響があるとは思えねえな」

「どうだろうね。あなたたち二人でなく、恋愛島プロジェクトの参加者の二人って見出しをつければ食いつきは良い気がするよ」


 まさか恩人からも情報を抜き取ろうとするとは。

 編集者は誰もがこんなにもハングリーなのだろうか。


「事情があって私も後がないの。だからなんとしてでもこの島の実情を暴いて持って帰りたいってわけ。で、二人には悪いけど、ちょっとお話を伺いたいなって――」


 そこで、頼んでいた料理が目の前に運ばれてきた。


「食べながらでいいわよ。ミトちゃんも、遠慮しないで食べてね」

「は、はい……」

「お前、タバスコかけねえの? 美味いぞ?」


 江戸屋が親切心で河澄のグラタンにタバスコをかける。

 明らかにかけ過ぎで、表面が真っ赤になってしまっていた。


 だが、江戸屋は満足そうに、


「これで良し」

「………………」


 スプーンを持ったまま固まる河澄。

 それを見て、向かいの席の少女は、うわぁ、と顔を引きつらせていた。


「なんだ、食わねえのか?」

「ううん、食べ、ますよ……?(ほんと、余計な事を……)」

「お前も隠さなくなったよな。本音が聞こえるようになってきてんぞ」


 河澄の呟きは向かいの彼女にも届いたらしい。

 意外な一面に驚き、引きつった表情が元に戻っていなかった。


「ち、違っ、くてっ……今の呟きは、その――」

「誤魔化さなくてもさっきの今だ、もう慣れたし、怒ってもいねえよ」


「う、嘘です!」

「怒ってねえって言ってんだ」


 ハンバーグにフォークを突き刺す……なんだかそれが乱暴に見える。

 傍目から見ても機嫌が悪そうに思えてしまう態度だ。


 江戸屋に萎縮し、河澄は端っこの方で音を立てずにこぢんまりと食事をしている。

 そんな二人を見て、


「……この島は、少し男性に寄り過ぎている気がするって思っていたけど、やっぱりね……確信に至ったよ。二人のおかげでね」


 編集者の少女が立ち上がる。

 空いている椅子に置いていた服と帽子を手に持ち、


「会計は先にしておくわ。好きなタイミングで出てもらって構わないから。私はこれから、さらに取材をしないと――」


 しかし、立ち去ろうとする彼女を引き止める声が、後ろから聞こえた。

 立っていたのは小柄な彼女よりも、さらに小さな老人だ。


「いかせんよ? 丁度四人掛けの席だ、座って話そうじゃないか」


「……え、あなた、は――」

「なあに、すぐに駆除する気はない。お前さんの、態度次第だがのう」

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