第9話 alien seeker

 服の襟にマイクをつけ、散り散りになった参加者たち。


 自分が今、どこにいるかも分からない場所で、江戸屋はうろうろと周囲を歩いていた。

 監視カメラがある所ならば、パートナーが見つけて指示をしてくれる。


 そのためのイヤホンとマイクだった。


「全員、所定の位置に着いたようだのう――」


 千葉道の声が、拡声器によって広範囲に伝わる。


 この『ジオラマ戦』のルールは既に説明されていた。

 さっき見せられた球体がこれからこの立ち入り禁止区域内に放たれる。


 エリアの八方に散った男子たちがそれを追って捕まえる。

 ただし自力で見つけ、捕まえるのは至難の技だろう。

 そのため、監視カメラを使ってあらゆる場所を視認できる女子が、球体の居場所をパートナーに伝える必要がある。


 ただ伝えるだけで簡単に捕まえられると思っている者がいるのであれば、それが落とし穴である。

 恋愛島プロジェクトの管理委員である千葉がこの競技を企画した意味を考えれば、勝利にはなにが必要なのかがおのずと見えてくる、のだが……。


「そろそろ始めるとするか……球体を『エイリアン』とし、捜索するお前たちを『シーカー』とする。つまりこの競技はジオラマ戦の中の『エイリアンシーカー』となる予定だ」


 まーたなんか用語が増えやがったよ、という江戸屋の文句も、遠い場所で拡声器を使っている千葉道には聞こえようもない。


「今、エイリアンを放った……、一分後、パートナーとの通信が接続される。制限時間は、一時間だ。一番最初に捕まえた勝利者コンビには、そうだのう……褒美があった方がモチベーションが上がるだろう?」


 ないよりは。

 だが人によってモチベーションが上がる餌は変わる。


 物で釣れる者もいれば待遇や賞賛、地位や名声を欲する者がいる。

 全員を満足させる褒美を決めるのは難しい。


 だが、千葉道は思い切った決定をした。


「――なんでも構わん。可能な限り、願いを叶えてやろう。儂が協力者のお前たちに払うべき謝礼としてはじゅうぶんだろう?」


 なんでも、ときた。

 まあ可能な限りと言っているのだから限度はあるだろうが、相手は政府である。


 本当になんでも可能なのではないか――。

 そんな願望が、参加者のモチベーションを確かに跳ね上げた。


 そして千葉道も、無茶を言ったつもりはなかった。

 なぜなら。


「まあ、捕まえられれば、の話だが」


 そして、一分が経ち――、


 シーカーたちが動き出す。



「えっと、これ、どうすれば……?」


 個室に案内された河澄ミトは、一台しかないディスプレイと向き合っていた。

 電源をつけると、監視カメラによって撮影されている景色の映像が映った。


 リモコンをいじると二分割、四分割、八分割、最大で十六分割の画面に切り替わる。

 当然、細かく分割すればするほど一画面を把握するのが難しくなってくる。


 かと言って一画面のみを追っていてはシーカー役のパートナーに正確な指示を出す事はできない。

 と、偶然切り替えた分割されていない一画面の中に、歩く球体……エイリアンを見つけた。


 ただし……、


「ここ、どこ……? そもそも、江戸屋くん、どこにいるの……?」


 同じような風景であり、区域内全体を俯瞰するカメラも存在しない。


 つまり画面を切り替えながら、エイリアンとシーカーを見つけ、二つの位置を把握しながら指示を出さなければならない。

 しかもどちらも動くわけで、カメラの視野を越えてしまえば画面を切り替えざるを得ないのだ。


 すると、操作や指示の出し方に戸惑っている内に、通信が繋がる。

 繋がってしまった。


 江戸屋扇の声が、被ったヘッドホンから聞こえてくる。


『――目標の場所は?』



『あ、の、……ば、ここ――ブルーシートが見えて……あ、でも赤いコーンのところに逃げて――見えなくなった! 画面変えて……わっ、画面いっぱい……!? これ、どう戻――』


「もういい」


 下手くそな実況が耳障りなのでイヤホンをはずし、自力で探す事にした。


 一応、足跡が残っている現場の情報は渡してくれていた。

 ブルーシート、赤いコーン。


 ただそんなものはどこに向かおうが置いてある物だ。

 道を曲がるごとに必ず見つけるアイテム。


「げっ」


 路地を抜けたところでばったりと出くわしたのは銀髪の青年だった。


「い、今はお前に構ってる暇はねえからな!」


 なぜか江戸屋を目の敵にしている、というより、怯えている。

 すぐさまこの場から離れようとする青年の背中を見つめ、ぽんっ、と手を叩く。


「河澄がポンコツなだけで、他の奴らのパートナーは普通に指示出してんだよな、そりゃ」


 イヤホンをはずしているため、通信は一方的に切っていると誤解している江戸屋。

 彼の襟についているマイクは、きちんと彼の声を拾っていた。


「――あいつの後を追えば、目標に案内してくれるだろ」



「江戸屋くん? 江戸屋くん……聞こえてないの……?」


 しばらく戸惑ったものの、操作にも慣れてきた。

 エイリアンを画面で正確に追いながら、江戸屋の姿もきちんと補足できている。


 ナビゲートするための分かりやすい目印も見つけて万全の体勢を整えたのだが……こっちの声が聞こえていないらしい。


 無視されてる?

 確かに、言われた通りにポンコツだけど……。


 河澄は周囲を見回し、誰もいない事を確認する。

 個室と個室も離れていたし、隣の部屋に別の誰かがいるわけでもない。

 本当に机とディスプレイ、椅子のみが置かれた部屋だ。


 すぅ、はぁ、と呼吸を繰り返して――意を決してマイクに思い切り叫んだ。



「あ?」


 コードレスイヤホンをはずして握り締めていたら、手の中で僅かに震えた。

 耳にはめてみたが、さっきとはうって変わって静かである。


 河澄も、時間が経ち落ち着いたようだ。

 当てにするかは分からないが、とりあえず現状を聞いてみようとした時だ。


『落ちこぼれのくせに……』


 思わず、江戸屋の足が止まった。

 ……イヤホンの先にいるのが本当に河澄なのかと疑ってしまう。


 そんなにすらすらと喋れたのか?


『けんかが強いってだけで、偉そうにして……っ! わたしもポンコツだけど、けんか以外はおまえだってポンコツだろーが……ッ。学園のコミュニティに属せないだけでじゅうぶん社会不適合者なのよ! バカ、アホ……こじき! ――……、ふぅ、スッキリした』


「全部聞こえてんぞ」


 イヤホンの先でがっしゃーん、と椅子から転げ落ちるような音が聞こえた気がしたが……次に聞こえたのは、『て、テレビが真っ暗……!?』という焦りが混じった河澄の声だ。


「てめえ、日頃から俺の事をそう思ってたわけだ。害がなさそうな顔と態度に隠れて、相当口が悪いみたいだな……?」

『え、江戸屋、くん……? 今のは、その……あは、ははは……』


「バカ、アホは可愛いもんだが、こじきはねえだろ。俺だってショックだ」


 しかも言い訳も諦めて笑って誤魔化そうとしている。


『…………ごめんなさい』

「まあ、それについては後で顔を合わせて話すとしてだ」


『う』

「俺なりのやり方で目標を追ってたんだが、見失って無理そうだ。だからお前の指示を頼りにする事にしたんだが、頼めるか? ポンコツの俺じゃあ無理なんだわ」


『い、意外と、根に持つんですね……』

「さっさと動け。早く終わらせてお前の元へ向かってやる」


『…………(それ聞いたら正確な指示なんてしたくないでしょ)』

「だからマイクが拾ってお前のぼそぼそ声も聞こえんだよ。意外と喋るな、お前。――とと、お、どっかで派手な音がしたな。つまり参加者の誰かがあの球体を見つけたってわけだ」


 という事は、見当違いの方向へ指示を出せば、江戸屋は一発で気づく事ができる。


「下手な嘘はつくんじゃねえぞ? で、河澄。どこへ向かえばいい?」

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