第8話 test

 屋上から飛び降りて逃げるガッツのある奴が一人くらいはいるかと思ったが、飛び降りるよりも江戸屋にぶん殴られる選択を全員がした。

 気絶させた男子生徒を積み上げて山にする。

 ついでにハサミで全員の髪型をいじっておいた。


 彼らが持っていたカードも、高価そうなのは貰っておいて、後で売りに行く事にした。


「おい、これ」


 江戸屋は制服を脱ぎ、河澄の頭に乗せた。

 江戸屋にとっては、自分の前髪が切られたくらいではなんとも思わないが、女子は違うのだろう。

 男子よりも強く気にするはずだ。


 これはとりあえずの応急処置だ。


「明石、そっちはどうだ?」


 彼は倒れていた陽羽里を抱えて、容態を見ている。


「無理をし過ぎたんだと思う。陽羽里さんは病弱だから、感情が高ぶったりするとすぐに内臓系が不調になるからね」

「……ああ、そう。病院、行くのか?」


「薬があるからそれを飲ませて、安静にさせれば数時間でいつもの調子を取り戻すはずだよ。ちょっとした弾みで症状が出る分、治るのも早いんだ」


 厄介な病気を持っているようだが、手馴れたもので、明石の手際は良い。

 だが、二人が出会ったのは江戸屋と河澄が出会ったのと同じ時期のはずだ。

 かつての知り合い、というわけではないはずだが……長年陽羽里に寄り添って共に病気と戦ってきたみたいな手馴れ方だ。


「僕は陽羽里さんを保健室に連れて行くよ。江戸屋君は?」

「こっちは……」


 江戸屋は、俯いたまま動かない河澄を見た。


「こっちはこっちでやる」

「……うん。陽羽里さんの代わりに――、河澄さんの事、丁寧に扱ってね」


 そう言い残して、陽羽里をお姫様抱っこした明石がぶつけないように頭を下げて、屋上から校舎内へ。

 誘拐犯にしか見えなかったが、無事に保健室まで辿り着けるのか心配だ。


「さて」


 江戸屋が河澄の頭に、制服の上から手を乗せる。


「こんな暑い所じゃなくて、涼しくて静かな所に行くぞ」



 知り合いとは思いにくいほどの距離があったが、しっかりとついてきている事を確認する。

 学園を出て、江戸屋は立ち入り禁止区域へ足を踏み入れた。


 危険を示す黒と黄色のテープを跨いで、河澄もそれに倣う。

 彼女は江戸屋の制服を防災頭巾のように被っていた。


「あ……、江戸屋、くん……」

「なんだ」


 歩みは止めない。

 河澄は不安そうな足音を立てながら小走りで距離を詰めてきた。


「怖いか? 薄暗くて気味悪いところだが、涼しいだろ。直射日光も当たりにくいしな」

「うん、そう、ですね……。違、くて……」


 さらに小走りをして、江戸屋の隣に追いついた。


「さっきは、助けて、くれて、ありがとうございます……」

「助けたつもりなんてないけどな」


 ただ単に、ムカついたからだ。


 なら、なぜムカついた? 

 どこの馬の骨とも知らない男に、河澄が襲われていたからムカついたのではないか? 

 なら、彼女を助けるための行動だったのではないか?


 そんな自問自答をしている間に、河澄が言葉の中に笑みを混ぜた。


「それでも……、助かりました」

「けど、お前の前髪は、切れちまったぞ?」


 防災頭巾のように制服を被って隠してはいるが、ずっとこのままではいられない。

 個人の技術でどうこうできるレベルではないため、美容院に行って調整してもらうしかないのだが、この人見知りが慣れ親しんだ場所ならばまだしも、この島の美容院に行けるとは思えなかった。


 まあ、どうするかは河澄の意思次第だ。

 江戸屋が悩む事ではない。


「わ、笑わないで、ください……っ」


 制服が江戸屋に返された。

 振り向けば、手櫛で前髪を整えている河澄が見えた。


 唇を噛みしめて、切られた前髪をどう見られるかに怯えている。

 長かった前髪の片側半分が短くなっており、右目だけがよく見える。

 しかしもう片方の目は変わらず隠れてしまっている。


 そういうアシンメトリーな髪型も、ない事もないため、こういうオシャレだと思えば、違和感はない。

 これまでの河澄と比べれば、やはりしっくりこない感じはするが。


「……ふはっ」

「わ、笑わないでくださいって、言ったのに……!」


 制服で再び頭を隠そうと江戸屋に手を伸ばすが、渡さないように高く上げる。

 ジャンプしても届かない事に気づいて、河澄は両手で頭を抱えるようにしてその場にしゃがみ込んだ。


「おら、行くぞ。別にお前の髪型一つ変わったところで気にかける奴なんかいるか」


 自意識過剰だ。

 河澄の、誰にでも抱く怯えは、思い込みが大半だろう。


 生きにくそうな人生だ。

 このまま置いて行こうとしたら、いつの間にか背中に張り付くように傍にいた。


 やがて。

 立ち入り禁止区域の、さらに奥――江戸屋たちでさえもあまり入り込まない場所だ。


 鉄骨組みさえもまだされていない、土しかない平らな大地。

 そこに、既に数人の男女が集まっていた。


「時間ぎりぎりだのう。ま、時間通りにきた事を褒めるべきか」


 千葉道だ。

 そして老人の周りには、男女ペアが、六組この場にいた。

 江戸屋たちの次に、さらに三組現れ、合わせて一〇組。


 総勢二〇名。

 しかし千葉は揃った、とは言わなかった。


「あと一組、声をかけたんだが……残り二〇秒。こなければまあ、構わんが」


 刻一刻と時計の針が進み――残り十秒……五、四――、


「ここでいいのかしら?」


 残り一秒、最後に現れたのは、目を引く金髪と、彼女を覆うように後ろに立つ大男だった。


「――これで全員が集まったのう」


 参加者が互いに声をかけ合う事はしなかった。

 全員が千葉道に、目を引き寄せられていた。


 しかし、すぐに視線は下へ落ちる事になった。

 千葉道の足下に奇妙な生物がいた――いや、生命体ではない。機械的な球体だ。


 その球体を支えるように、八本の『へ』の字のような機械的な足が生えていた。

 カサカサと嫌悪感を刺激するような動きをしている……女子が過剰に反応し、漏れなく後ずさっていた。


「な、なんなんだそいつは!」


 警察帽子を被った女子が代表して声を上げた。

 あいつは……、と記憶に新しい鎖の少女を見つけた江戸屋だったが、覚えていないフリをして視線を千葉へ戻した。


「ロボット犬のようなものだと思ってくれればいい。まああれより遙かに高性能だがな」


 千葉に懐いているのか、足の生えた球体は彼の足から肩へ這い上がった。

 よく見れば球体の真ん中にはレンズがついている。


 瞳のように見え、役割もそれそのものなのだろう。

 レンズから外の世界を見て、知っている顔を認識し、特定の人物だと分かれば近づいているのだ。


「こいつの凄いところは陸海空、どこにも――っと、あやうくネタバレをするところだった」


 千葉がわざとらしく手で口を押さえた。

 仕切り直すために一度咳払いをして、


「――お前さんたちにはベータテストをおこなってもらいたいんだ。儂がやりたかった競技が実際に実現可能なのか、意図した事をじゅうぶんに発揮できるのか……調整をするためのデータが欲しくてのう」

「あたしらが選ばれたのはなにか理由があるわけ?」


 遅れておきながら偉そうな陽羽里が口を挟んだ。


「弱い者いじめになっても困るからのう、一応、儂が見ていた中で特に腕っ節の強い輩を選出したわけだが」

「あらそう。……だって。あんた期待されてるわよ?」

「困った……僕は自信ないよ」


 誰もが嘘つけ、と思ったが、口に出す者はいなかった。

 江戸屋以外は、明石の言葉を冗談にしか受け取っていないだろう。


「今日は無理を言って、工事を全て中止させてもらった。立ち入り禁止区域内なら、どこでなにをしようが文句は言わん。ただし、工事途中の現場を荒らしてはくれるなよ?」


 儂が怒られるからな……と話の途中だったが、江戸屋が視線を感じて周囲に意識を向ける。

 これまではなかった、複数の監視カメラが設置されていた。


「あれはなんだよ」

「これから説明する」


 千葉が、離れた位置に置いていた段ボールを引きずってきた。

 手伝わんかい、と言いたげな視線を受けて、明石が動いた。


 段ボールの中には、ヘッドホンとイヤホンが入っている。

 どちらも黒い小さなマイク付きである。


「男共はこっちだ」

 と、コードレスのイヤホンが渡された。


 同時に、残ったヘッドホンは女子の手に渡る。


 二つの陣営に分かれる事は理解できた。

 だが、まだ内容は見えてこない。


 イヤホンをはめてみたら、『あ、あー』とテストをしている声が聞こえてきた。

 発信源はすぐ隣、河澄である。


 ヘッドホンをはめながら声を出しているが、そっちに音はいっていないのだろう、河澄は首を傾げながら、とりあえず声を出し続けていた。


「うるせえ」


 彼女の後頭部を拳で軽く小突いた。


「!?!?」


 まあ、うるさいとは言え、聞き取りにくい彼女の声が聞こえやすくなった、とも言える。

 これで聞き漏らす事はないだろう。


「もう何名かは分かったみたいだのう――さて、これで本題に入れる」


 それから、一通りの説明を受けたが、やはり一度やってみなくては分からない。

 という事で、今いるメンバーで実際にベータテストをおこなう事になった。


 聞き終えてから怖じ気づく者はいなかったため、集まったメンバー全員が参加者である。


「ジオラマ戦――」


 千葉道の説明は、こう締めくくられた。


「儂はこれを、そう名付ける事にした」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る