第6話 school
正式名称のない開発途中の人工島、総人口は約一〇〇〇人。
そのほとんどが、学生たちで占められている。
島には中高一貫の学園が、三校存在しており、江戸屋と河澄、明石と陽羽里は同じ学園であり、同じクラスメイトである。
一学年一クラスの人数は男女合わせて一四名。
つまり七組のペアが在籍している。
「おっはよー!」
と快活に挨拶をする陽羽里とは反対に、
「……お、は……ございます」
と教室の後ろからこっそりと入りながらも挨拶はきちんと(途中聞こえづらかったが)する河澄。
江戸屋と明石もパートナーの後ろをついて教室に入る。
なにも、通う生徒の全てが不良というわけではない。
不良界隈では有名な二人も、その世界を知らない一般人からすれば普通に挨拶を交わされるし、世間話をする事もある。
「そういえば、侵入者がいるって朝の放送でやってたけど――」
と、一人の女子生徒が陽羽里の席にやってきた。
対応したのは陽羽里だが、女子生徒は周囲のみんなに話しているようだ。
「侵入者?」
「都心からこの島へ向かう船に無断で乗船してたみたいで。こっちで取り逃がしちゃったみたいよ? 今、各職員が島中を血眼になって探してるみたい」
「まさか……都心から逃げてきた犯罪者とかじゃないわよね?」
島全体を見れば大きいとは言え、開発途中部分を除くと案外小さくなる。
一般人の行動範囲は一つしかないショッピングモールへの道中くらいで、途中にコンビニが数件あるが、やはり特定の地区に固まってしまっている。
狭い分、人口密度は多く、犯罪者は溶け込みやすい。
しかも田舎町と違って入れ替わりが激しく、特定の人たちでコミュニティが築かれているわけではないため、見知らぬ人が歩いていても気づきにくい。
もし工事部分へ逃げたとしても、そこは不良たちが溜まり場としている場所だ。
不良とは言えまだ子供だ……意図的に忍び込んだ大人とばったり出くわしたら、危険なのは不良たちの方だろう。
犯罪者ならば尚更、武器を持っている可能性もあり得る。
「いや、そういうわけじゃないらしいよ?」
「なら、ある程度は特定できてるの?」
「顔は分からないけど服装と背丈は分かってるみたい――ウチらと変わらない背丈で見た目も子供……格好はキャスケット帽子とデニムのジャケットだってさ」
「そこまで分かってるならすぐ捕まりそうね」
「うーん、でも服なんて変えられるし、どうだろう……?」
そのタイミングで担任の教師が教室へ入ってくる。
全員が自分の席へついた。
出席を終えた直後、江戸屋の肩が控えめに叩かれた。
後ろの席の陽羽里が、教師の目を盗んで一方的な言葉を残す。
「今日、あんたはミトから目を離すの禁止よ」
犯罪者がうろついてるから注意深く見てろ、という事だろう。
そんなに心配ならお前が見ればいいだろ、とは、思ってはいても直接は言わなかった。
「……あ?」
窓の外を見ると、小柄な老人がこちらを見ていた。
見覚えのある顔だった。
『ミトから目を離すの禁止!』
陽羽里からの言葉を思い出したが、絶対に守る必要もない。
昼休みになる時間を見越して会いにきたのだろう、今は丁度良い時間である。
手招きされたと同時、チャイムが鳴って授業が終わった。
「王雅、購買へ行くわよ! おばちゃんの特製ジャムこっぺぱんを手に入れるの!」
「陽羽里さん、それ好きだよね」
「口より足! 売り切れる前に、早く!」
明石の腕に陽羽里がちょこんと乗り、そのまま教室を出て行く。
……これで、江戸屋を引き止める者もいなくなった。
「江戸屋くん? そっち、外……ここ四階だよ?」
「用事を思い出したから行ってくる」
江戸屋が窓枠に足をかけ、
「え、で、でも作った分が……」
そのまま窓から外へと飛び出した。
近くの木の枝を一度踏みつけ、学園の塀に着地し、外へ無事に辿り着く。
老人――千葉道がぱちぱちと、小さく拍手をしていた。
「相変わらずの身のこなしだ」
「……なんか用か?」
「昨日の件、後日連絡をすると言っただろう」
確かに言っていた。
が、思ったよりも早かった。
しかもこんな日中、学園に顔を出してまでする重要な話でもなかった気がするが……。
「いや、重要なのだなあ、これが。学園側には許可を取っている。午後の授業は免除してやるから、その時間、儂の都合に付き合ってもらう。お前さんのパートナーも含めてのう」
「……学園の許可? あんた、実は偉かったりするのか?」
「どうだろうな、偉い方には入るのだろうが、だが末端だろうのう」
少なくとも、学園を動かせるくらいには偉いという事か。
「パートナーを連れてこの場所へ向かえ。……時間は一時間後だ」
渡された地図を見ると、そこは工事中エリアだった。
入れないんじゃ……、という疑問を飲み込んだ。
この老人の前で良い子のフリをする意味はない。
「禁止されていようが、お前らはいつも入っているだろ? 気にせんでいい」
飲み込んだ疑問はあっさりと見抜かれていた。
屋上にはベンチやパラソルが設置してあり、晴れた日にはそこで昼食を取れるようになっている。
基本的に先に早くきた順に利用できるため、学年の縦社会は気にしなくてもいいが、そうは言っても意識はしてしまう。
そのため、屋上を利用するのは三年か二年生で、入学したての一年生はまず使えない。
そんな、人が多く集まる場所に、河澄ミトがいた。
「……まだ、誰もいない、みたい…………」
きぃ、という蝶番の音がよく聞こえた。
恐る恐る、屋上に出る。
パラソルがあるから大分マシであるとは言え――暑い。
気温が低い日でなければ、ここを利用しようとは思わないだろう。
今日はまだ六月だが、夏のような蒸し暑さだ。
別に、綺麗な景色が見えるわけではない。
海が見えたりもするが、それだけだ。
海と反対方向を見れば、工事中のため鉄骨が剥き出しの建物ばかりが見え、お世辞にも景観が良いとは言えなかった。
好きな人には刺さるのかもしれないが。
「う…………」
たった数分いただけで、じんわりと汗が出てくる。
今日に限れば、屋上を使いたがる人はいないだろう。
教室や食堂の冷房に当たりながら食事をする方が数十倍快適だ。
河澄も教室で食べる予定だったが、こうして屋上にきたのは高い場所から外を見るためだ。
「江戸屋くん、どこにいるんだろ……」
ベンチに二つのお弁当を置いて、手でひさしを作り、外を眺める。
しばらく探したが見つけられず、一旦パラソルの下へ避難する。
スマホを取り出しメッセージを送ろうか迷って……、
「用事があるって言ってたし……邪魔しちゃ悪いよね……」
結局、なにも打たずにスマホをしまった。
「なによ、貸し切り状態じゃない」
「あ、陽羽里ちゃん……と、明石くん」
屋上の扉が開かれ、陽羽里が顔を出した。
彼女はサンバイザーを被っていた。
「陽羽里さん、体の事もあるし、暑い場所は避けた方が……」
「大丈夫よ。確かに暑いけど、ミトがいるし、一緒に食べたいからあたしは行くわ。熱中症にならないようにスポーツドリンクでも買ってくればいいでしょ?」
「……せめてパラソルの下からは出ないように」
「分かってるわよ。いいから、手早く戻ってきなさい」
明石が扉を閉めた後、陽羽里が袋の中から、買った特製ジャムこっぺぱんを取り出した。
「一つあげようか?」
「……いいの?」
「あんたの手作りのお弁当を分けて貰えるなら」
ぱんとお弁当のおかずを交換して、女子二人の食事会が始まった。
「にしても、あいつ……目を離すなって言ったのに……ッ」
話題はこの場にいない江戸屋の事になった。
主に陽羽里から江戸屋への不満だ。
「江戸屋くんも、忙しいから……」
「忙しくないわよあんなの。どうせほっつき歩いて喧嘩でもしてるんでしょ。よくもまああんなのと付き合っていられるわよね。苦手でしょ、あいつの事」
こっぺぱんを口に詰め込み、頬が膨らんでリスのようになった陽羽里を見て、河澄が笑う。
「……陽羽里ちゃん、変な顔」
口角が僅かに上がっただけの微笑みだ。
それでも、ガス抜きにはなった。
「……どう、気が抜けたんじゃない? 人がいるところだと、あんたはずっと気を張ってるから、ストレスになってるんじゃないかって思ってたのよ」
常に周囲を警戒している。
そういう癖になってしまっていた。
「うん……今は落ち着けてる、かな」
「本当に限界を感じたなら、パートナーの変更申請、した方がいいわよ? 相手に悪いとか別れたら粘着されるとか考えてるなら、それを無視してでも言った方がいい。毎日家にいてなにをするにも共同作業。そりゃ、好きじゃないと耐えられないわ」
「……陽羽里ちゃんは? 明石くんの事、……好きなの?」
「好きとか、考えた事ないわね。あたしはあいつを、『使える』と思っただけ。あいつも、あたしを使えるとでも思ったんじゃないの? 恋愛感情じゃなく、利害の一致で上手くいってるだけだから参考にならないと思うわよ」
河澄が陽羽里と出会ったのは入学式だ。
仲良くなったのはそれよりも先になる。
だから、入学式以前に起こった江戸屋との大きなしこりについては、当然知らない。
江戸屋が話していれば断言はできないが、そういう素振りは見えない。
だから多分、陽羽里は知らないのだろう。
――荒れた部屋。
今はもう直っているが、すぐに思い出せる肌のかすり傷、痛み。
用意された自室のダブルベッド……実はあれで二個目なのだ。
一つ目は、島にきて一夜を過ごす前に江戸屋に壊されている。
木枠が真っ二つに折れるくらいの衝撃を受けたためだ。
『………………や』
『喋れるのかよ。いつまで経っても喋らねえから、拳で語り合うもんだと思ったぜ』
狭い部屋の中で、必死に江戸屋の攻撃を避けた。
偶然だが避けられた事で、江戸屋の方もスイッチが入ったのだ。
さすがに逃げ切る事ができなかった河澄は、地面に叩き伏せられる。
お気に入りの服はそのごたごたで伸びてしまい、着られなくなってしまった。
『俺は強い。なんでもできる。お前は、喜んでくれるか?』
『…………嫌』
河澄は泣きながら、はっきりと彼に伝えたのだ。
それが初コンタクトの終わりであり、微妙な距離感の始まりである。
『こわ、い……っ!』
『………………そうか、お前は――』
江戸屋のその後の言葉が、河澄の中では印象的だった。
「…………受け入れられない、方の人……」
「ん? なに?」
陽羽里に聞き返され、首を左右に振って手作りのお弁当を口に運ぶ。
自分とはまるで違う世界の住人の江戸屋扇。
だが、彼は乱暴で、そんな愛情表現しか知らなくて。
そのやり方に大きな問題があっても、ただ、繋がりが欲しかっただけだった。
島に一人できて不安なのは、なにも自分だけではなかったのだ。
「江戸屋くんの事は、嫌い……。だって、大切な服をダメにされたし……」
「……ようやく話したと思えば、理由はそれ?」
許せない事と言えば、それくらいしか思い浮かばなかった。
暴力を振るわれた事は、好意を持ってくれている証拠だから根に持つ程でもない。
「嫌いならパートナーを変えればいいのに」
「うん、嫌い、だけど……、他の人と組むくらいなら、江戸屋くんの方がマシ……」
「出たわね、人見知り……まあ、あんたがそう言うならもう言わないけど。確かに今から新しい人と組んで関係を作り上げるより、あいつと親密になった方が楽よね」
河澄がこくんと頷いた。
江戸屋を知る者は彼に怯えるようになる。
主に喧嘩を目の当たりにしたか、直接被害に遭ったかによってだ。
河澄もここに入るのだが、いつの間にか怯えは無くなっていた。
二ヶ月も共に過ごしていればいくら人見知りと言えど慣れるし、共同生活をしていれば頼りにもする。
それ以上に。
近くにいるからこそ分かる事もある。
……江戸屋くん、だって寂しそうだし……。
それは、傷の舐め合いなのかもしれない。
……たまに、だけど、可哀想に見えちゃう時がある。
人は、自分よりも『下』を見ると安心するし、動きたくなる。
積極性など持たない河澄がまだ『逃げて』いないのは、そういった心があるからだった。
河澄はもちろん、無自覚だった。
「うぉ、暑いな、ここ」
すると、屋上の扉が開いて、数人の男子生徒が顔を出した。
食事をしにきたわけではないらしい。手にはカードゲーム。
ルール上、禁止されているわけではないし、この場所も食事だけのものではない。
休み時間に自由に過ごす場として提供されているのだ。
陽羽里も文句は言わなかった。
パラソルとベンチもまだ空いているし、多少うるさくはなるが、そんな事を言い出したらきりがなくなる。
二人は変わらず談笑をしながら食事を進めていた――が。
「おい、女がパラソルの下を使ってんじゃねえよ」
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