第3話 couple

 マンションの近くには人工島唯一のショッピングモールがある。

 食品、衣服、本や娯楽、映画館まで完備されている。

 全国で展開しているチェーン店だ。


 他と違うところを挙げれば、値引きキャンペーンが常にされているところだろうか。

 恋人関係カップル限定。

 口頭で構わないが、たまに手を繋ぐ、頬にキスをするなどの証明行為をおこなう場合もある。


 買い物にやってきた江戸屋と明石も道すがらそんな行為を何度も見かけた。

 それで三割引。


 既に籍を入れている、もしくは予約をしていると証明書が貰え、会計時に店員に見せると半額値引きされるのだ。

 店舗によっては九割引きもあったりするので、『恋愛島』と計画されるだけある、キャンペーンの懐の深さだった。


 そんな男女ばかりが占めるこの場で、男二人というのは珍しい。

 浮かれた男女が多い中、男二人組は映えるように浮いている。


「お前といるとやっぱり便利だわ」

「そうなの?」

「道が広く使えるからな」


 明石の強面のおかげで道を譲ってくれる人が多い。

 混雑時でもストレスなく歩けるのは得である。


「……僕は、普通がいいけどね」

「人混みの中を縫って歩くのがいいって? お前も相変わらず変わってんな」


 手早く食品売り場で買い物を終え、レジ袋を持ってショッピングモールを出る。

 夕方を越え、薄暗くなり始めていた。

 こうなると夜になるのは早い。


 手軽に買い物をするならコンビニだが、都心と同じく値段が高い。

 値引きされない身の上であるため、できるだけ安くしたい江戸屋からすれば、少し距離があってもシッピングモールまで足を運ばなければならないのだ。


 明石も、その場に陽羽里がいないためカップル証明ができずに値引きされていなかった。

 この二人も、恋人関係かと言われると首を傾げてしまいたくなる。

 江戸屋と河澄よりかは、それに近いのだろうが。


「単身者を追い詰めてる感じが気に喰わねえな。このままいくと、カップルじゃないと商品が倍額になる、とかやりそうだ。馬鹿馬鹿しい。政府も少子高齢化を防ぐためとは言え、汚い事をしやがる」

「それもそうだけどさ……それよりもおかしい部分があるよ……江戸屋君は感じない?」


「政府が企画したカップル優先よりもおかしな部分……? 分からねえな」

「なら、僕たちが歩いているこの道は?」

「歩行者道路だ」

「おかしいよ」


 車道を歩行者が歩けば危険なのだから、それとは別に道があるのは当然だと思うが……?


「歩行者道路ではあるけど、ここは『男性専用』道路だよ」


 幅広く取られた男性道路の隣には、車道と男性道路の間に細く、女性道路があった。

 そこも別に女性専用というわけではなく、男性も自転車も通行可能な道路である。


「おかしいか? 別に男女でいれば女だってこの道を歩けるだろ」

「そうだけど、僕が言いたいのはそういうルールがあるって事なんだ」


 他にも、明石が気にする事例はいくつもあった。


「たとえば、女性は痴漢をされても文句を言えない」

「被害を訴える事ができる立場になって、それを利用した冤罪事件が多いからな。これはお互い様って感じがするぞ」


 この島にも短い路線だが電車がある。

 だが、女性専用車両はなかった。

 代わりに、男性優先席が各車両に設置されている。


「他にもあるよ、基本、女性は男性の前に立ってはいけないんだ」

「ふーん、そういう決まりがあんだな。知らなかったよ」


「いや……、明記されてるわけじゃないけど、そういう風潮があるんだよ……」

「なら、勝手な思い込みで遠慮してるだけじゃねえか? 文句があるなら訴えてみればいいじゃねえか。言わなきゃ伝わらない。困っている様子を見せて声をかけてもらえるのを待ってるだけじゃ、なにも変わんねえよ」


 すらすらと言葉になった。

 それは、常日頃から思っていたからだろうか。


「そう、だけど……大きな渦に飲み込まれてしまうと、中々言い出せなくなるものだよ」

「お前のパートナーはどうなんだよ。あれこそ、正直な姿だろ」


 渡會陽羽里。

 彼女はこの島で妙に引っかかる、『女性を下に』見ている風潮と、正面から戦っている。


 他にもそういう女性は複数存在しており、江戸屋が身を置く不良たちの集まりの場にも数人の女子がいて、喧嘩もそれなりに強い。


 彼女たちの事を、不良たちは『女傑』と呼んでいる。

 それが伝播したのか、陽羽里のように暗黙のルールを無視して我を貫く者もそう呼ばれる。


「ま、男が力を持ってるのは当然だろうな。集まった奴らが問題だ」

「……それは、社会不適合者、だから?」


「色々な意味で、だが、単純に腕っ節に自信がある不良共が集まってる。当然、喧嘩で力を誇示してんだ、女がそこに割って入って勝つのは難しいだろ。いない事もねえが。ま、自然と力の強い男が目立つようになって、女は男の支えになろうとする。強制的にパートナーと組まされたら、強い男にしがみつくようになるのは自然の摂理だと思うが?」


 強い男は魅力的に映る。

 自然界を生き抜いた人間の本能がそれを見破っている。


 男は自分の力を、女はパートナーの男を、自らのステータスとして他者に見せる。

 男の強さが女同士の上下関係に影響しているのだ。

 つまり、男次第。


 当然、男を立てようとすれば、女は下手に回る。

 自然と、男性優先の社会が出来上がった。


 子供を増やすために特殊な環境下を作った結果、かつて問題視していた状況に回帰するとは皮肉なものだった。

 それでも進歩しているだけ旧態依然ではないのが救いだろうか。


「なんにせよ、女が一人一人自意識を改めないと変わんねえよ。一人の声じゃ動かない。大勢か、もしくは政府が動くか……渡會のやり方は正しいが、敵を多く作る事になる」


 明石がパートナーでなければ、もっと前に陽羽里は潰されていたはずだ。

 間違いとは言わないが、危険な橋を渡っているとは自覚しておいた方がいい。


「……?」

 と、ポケットに入れたスマホに着信があった。

 荷物を明石に渡して、応答する。


 相手は河澄であった。

 業務的なショートメールが多い彼女にしては、珍しい。


 だからこそ、ある可能性を考えて、驚きはしなかった。


『江戸屋くゥーん、久しぶりィ』

「…………」


 聞いた事がある声だが、大体こんな感じの声なので誰かは判別できなかった。

 が、日頃から売られた喧嘩を買って叩き潰している相手の誰かであるのは確実だ。


『聞こえてる? 聞こえてるよね? 人質の声が聞こえないと状況が分からないかな?』

「場所は? どうせ俺を誘き出して復讐しようとかそんなんだろ? で、いつどこで俺にぼこられた?」

『おーけー、おーけー、てめぇは命乞いをしてもぶっ殺す!』


 結局、どこの誰か分からなかったが、とりあえず用件を聞き出す。


「……じゃあ、その倉庫に行けばいいんだな?」

『早くしないと、君の彼女ちゃんの綺麗な肌が焼けちゃうよぉ?』


 いや、彼女じゃないし。

 そう言い残した後、ブチっと通話が切られた。


 電話の先から聞こえたのは河澄ではなく陽羽里の怒声で、なんだか向こう側でてんやわんやな状況が想像できたが……どういう状況にせよ急いだ方がいい。


 スマホをしまい、


「状況は分かったか? これから行くところで起こるのは喧嘩だ。結構、俺にとっては不利な感じのな。お前、喧嘩は得意じゃねえだろ? 家で待っててもいいぞ」


 荷物の事もあるし。

 だが、


「行くよ」


 当然、明石はそう答えた。

 陽羽里も一緒に攫われたと聞かされて、待っているとは言わないだろう。


 たとえ見かけ倒しでも、いてくれるとそれはそれで助かる。

 ――いつの間にか、完全に夜の帳が下りていた。

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