第74話 四天王ハチコへの挑戦

「揃ったな? では突入を開始する」

リックは四天王挑戦のための定員である30名を揃え、ハチコの区画へと挑もうとしていた。

彼らは待機室という場所で名前の通り待機中であった。

この場所はエレベーターで『ハチコ・リード』を選んだ瞬間にワープさせられた空間である。

リックは急にこの空間へと転送されたために、即座に四天王戦が始まるのかと焦ったものであった。

おそらくこの部屋の意図は、他のパーティが挑戦中の場合にその挑戦が終わるまでこの場所で待てというなのだろう。


リックはヤクトに指摘されたという羞恥心を誤魔化すために一人でエレベーターに乗り込んでいた。

そして最初に一人で待機室へと転送されていた。

そのせいでこの場所に初めて来たときは単独でハチコ挑戦が始まってしまったのかと大いに焦ったものであった。

不幸中の幸いとしてはリックの動揺した姿をギルドメンバーに見られなかったことだろうか。

特に最近は魔王軍の仕掛けてくる策略に対して後手に回ってしまうことが多かったため、ギルドメンバーから指導力を疑われていた。

これ以上失態を見せるわけにはいかないのだ。

”山崩し”が一級ギルドたる所以は人数の多さによって生じる利権の幅広さにあり、それをまとめるリックは下から上がってくる利益の上澄みによって現在の地位を得ている。

彼の求心力が弱まればその座も揺るがされてしまうだろう。


この部屋にギルドメンバーが到着してから、パーティリーダーであるリックにはメッセージが表示されるようになっていた。

これは消えずに常に追従するメニューであり、内容としては『現在のパーティメンバーで四天王”ハチコ・リード”に挑戦しますか?』というもので、現在進行形でハチコに挑戦中のパーティがいない場合、待機室にいるパーティに意思を確認するものだった。

今回のハチコ挑戦にあたってのパーティ編成は、30人全員をガチガチの戦闘職で固めてある。

リックから見てハチコは戦闘系のプレイヤーではないが、それを理由に戦闘以外が要求されると想定するのは間違いだろうと考えていた。

それに、ハチコは戦闘能力の低さを考えれば、試練が例えばクイズを出すような内容であったとしても、武力を背景に脅すことができるだろうと考えてもいた。

なんともハチコを予測であるといえる。

「では行くぞ」

リックは短く呼びかけると、パーティ30名まるごとのワープを実行したのだった。




山崩しが転移したのは中世の貴族屋敷の廊下のような場所だった。

「ここが………」

転移してすぐ山崩しのメンバーは密集陣形で固まる。

防御を固めて安全を確保することで初めて周囲の様子を確認しはじめる。

見た目はそれらしい普通の屋敷である……が、30人が固まって通行できるように作られた広さである。

見た目と実際の大きさの差から相対的に自分たちが小さくなったような印象を受ける空間であった。

「ふん、転移してすぐ戦闘が始まるというものでもないようだな」

密集陣形を取って襲撃に備えていたメンバーたちに陣形を緩めるように指示する。

振り返れば後方は行き止まり、広い廊下を進めということらしい。

「このまま進むが、後方への警戒は怠るでないぞ。……あと走る準備をしておけ。

壁が追ってくる仕掛けなんぞ三流のすることだが、このような大人数をまとめて潰すのにちょうどよいゆえにな」

そうして走りだす姿勢を保ったままゆっくりと廊下を進んでいく。

「リーダー、前方に何かある」

最前列に配置されたスナイパーのギルドメンバーが前方を索敵する。

「敵か?」

「いや…、ガーディアンとかではないみたいだ。アレは……ポストに見える」

「ポスト?」

「ああ、こんなところにポストが置いてあるのも変な話だとは思うが、ポスト以外には見えないですね」

その言葉通り、廊下を進んだ彼らを迎えたのは人の背丈より少し低いくらいの赤い円柱。

今の時代には珍しい旧型のポストだった。


「一体、なんの仕掛けだ?」

ポストが置いてあるだけなのに、大いに警戒する。

「気をつけろ。爆弾かもしれん」

「スキャンしても罠の気配はないようです」

「このポストに注目させて、別の場所から攻撃する気かも…」

慎重すぎるほどに慎重。

彼らは非常に保守的な姿勢である。

というのも、山崩しは元々、既得権益とギルドで傘下に収めている事業の保持に固執するきらいがある。

持っているものを大事にするのは悪い事ではないが、執着しすぎている。

その性質が今回の攻略にも現れているのだ。

「むっ! ポストの向こうは行き止まりか……待て、これ以上ポストに近づきすぎるな」

警戒に警戒を重ねるように要求する。

これが挑戦者が究極英雄であれば全く別の動きだっただろう。

四天王に負けたところで翌日には再挑戦できるのだから、今回は情報収集と割り切ってしまえばいいと考えていたはずである。

「リーダー、どうやらポストに張り紙が貼ってあるみたいです。ここからじゃ読めないんで、もう少し近寄っても?」

「わかった。全体ここで止まれ! お前だけ行って見てこい」

リックの掛け声でゾロゾロと歩いていた団体が停止し、偵察役が武器をいつでも出せるようにゆっくりポストに向かっていく。

武器を出しっぱなしにしないのは、付与しているバフアイテムの効果時間カウントが戦闘状態に入ったところから始まってしまうためである。


「えーっと、なになに? 

『本を一冊、このポストに入れてください。

 入れた本の価値に応じてこの区画の難易度が下がります。

 特に希少価値の高い本であれば、無条件で挑戦をクリアにします。

 もし拒否される場合は、この張り紙の下にあるボタンを押してください。

 最も難易度の高い状態での四天王挑戦が始まります。』

だそうです! どうしますかリーダー?」

偵察の男が振り向いて声を張る。


リックは偵察の言葉を受けて考えを口にする。

「チッ、下賎な物乞いのような真似をするとは……魔王軍の品位が聞いてあきれる。

そしてこれは間違いなく罠だろうよ。あのポストを使って我々が自ら罠に足を踏み入る形にしているに違いない」

「と言いますと?」

「そもそも、その張り紙が真実という証拠はないのだ。

もっともらしい理由でポストに本を入れさせようと目論んでいるが、ポストの中に例えば…”エンジェルバタフライ“を入れていると考えればどうだ?

本の重みでバタフライが死ねば、我々全員に呪いがかかる上に、我々が先制攻撃をしたという記録が残る。

そうして防衛特化の能力を持つ魔物を起動するきっかけを作ろうというのではないか?」

「……なるほど。如何にも悪趣味な敵のしそうなことですね。そうしますと、答えは?」

「もちろん拒否だ。ボタンを押せ!」

「了解っ!」

偵察は迷わず張り紙を引き剥がすとボタンを押す。

その瞬間、彼らはさらに転移したのだった。


「なんだここは!?」

彼らが出現したのは出口が見当たらない密室だった。

雰囲気は先程と変わらず貴族風の屋敷である。

廊下に比べて幅の狭い空間であり、30人が走り回るほどの余裕はないものの、天井は高い。

しかし、彼らが驚いたのはその内装だった。


壁一面に本が飾ってある。


いや、見渡す限りの全方位なので、正確にはだろうか。

本棚のように背表紙を見せる形での”収納“ではなく、表紙が見える形で”飾って“ある。

壁ごとに20〜30冊はあるだろうか。

目算でもこの部屋内には100冊程度の本があることになる。

「本を献上しなかった我々への当てつけか?」

などとリックは吐き捨てるが、ギルドメンバーの一人が本を注視して血相を変える。

「この本、モンスターだっ!」

「なにっ!?」

すぐにそれぞれが壁に飾られている本を注視する。


『Lv.120 暗黒童話集』

『Lv.113 アブソリュートノート』

『Lv.141 魔界法典』

『Lv.121 魔王のススメ』


など、本型モンスターがわかる限りでも100冊近く。

タイトルはともかくとして、そのレベルは無視できるものではない。

転移した直後に大量のモンスターに囲まれているという状況だが、ダンジョン攻略に慣れているプレイヤーは落ち着いて周囲のモンスターたちが敵対状態ではないことを確認した。

一方で、その経験の薄い不慣れなプレイヤーたちは半ばパニックに陥っていた。

その対応が、この後の命運を分けた。

「クソッ! 四天王挑戦はもう始まってたのか!」

誰かがそう言って武器を抜いた。

「まて! 勝手な行動は──」

それが開戦の合図だった。


壁じゅうの本型モンスターたちが敵対行動に反応して一斉にパラパラとページをめくりはじめる。

そして全ての本が同じ内容のページを開いたのだった。

それは召喚魔法の魔法陣が描かれたページであり、描かれている内容の通りに召喚魔法が起動しはじめる。

召喚されたモンスターを見て、山崩しのメンバーたちは表情を凍らせる。


『Lv.145 ギョン・改/魔王イカ』


実に見渡す限り100匹の『ギョン・改』が召喚されたのだった。

「ウソ……だろ?」

その言葉を最後に突如として戦闘が開始されたが、勝敗は語るまでもなかった…。


ーーーーーーーー


「まぁ……そうですよね……」

ハチコはモニターを眺めながらそうつぶやく。

モニターには『ギョン・改』という極悪モンスターの群れに襲われるギルド”山崩し”のプレイヤーたちが映っている。

ギョン改はレベル145と最上級レベルであり、極めて高い攻撃力を誇るが、それ以上の脅威が一点。

それは搭載されているAIが極悪であることにある。

ハチコ自らが作成した思考プロセスによって行動しており、普通のモンスターとは全く異なる動きを見せる。

それはまさにモニターの中で起きている惨状を見れば理解できる。

相手の総勢30名に対して、29匹がそれぞれ1人にき1匹で1対1の構図をとり、絶妙な遠距離攻撃を仕掛けては注意を逸らす。

その隙に残りの71匹が一斉に1人に狙いを定めて襲い掛る。

そうして一瞬のうちに1人を抹殺すると、新たなターゲットを1人に絞って抹殺するのだ。

瞬く間に山崩しのプレイヤーたちが1人、また1人とシステマティックにHPを削り取られて消滅していく。


「これは容赦ないというか、なんというか…」

微妙な顔をしてモニターを眺める人物にハチコは笑いかける。

「ふふっ、ここに至ってはそれは誉め言葉です」

「よくこんな一方的な部屋の企画が通りましたね? GMさんの監査を騙すために悪いこととかしてないですよね?」

「当然です! 担当のGMさんにも納得いただいた上で作成しています」

ハチコの隣にいるのはパスタ・ルームというヌルの別側面である。

この部屋はハチコの区画の最奥、まさに今仕事をしているギョンの山を退治するか、ハチコに本をささげることで入ることができる特別な空間である。

ハチコの趣味である貴族風屋敷の雰囲気はそのままに、図書館のごとく壁に配置された書物が背表紙を見せている。

寛ぐために配置されたソファが穏やかな雰囲気を醸し出しており、名付けるなら「休憩室」と呼ぶに相応しい様子である。

しかし、全体を見ると骨組みだけを見せた空っぽの本棚がいくつか散見される。

その棚の書物に関しては、これから増えるということだろう。

そんなハチコのプライベートルームと化している空間でパスタは大きく伸びをする。

もちろん彼がこの場所にいるのは遊びに来ているからではなく、”パスタ”としての役割を持っているからだ。

「そうですよね…。でも『ギョン・改』って作った記憶ありますけど、1匹しか出してないですよね、どうやってこんなに沢山用意したんですか?」

「それこそ区画のギミックとしてモンスターを用意する機能を作ってもらったんですよ。

難易度の指標には、クリアに要求される人数や時間、能力などがありますけど、ここは”レベル1の人がソロで5分でクリアできる”くらいに簡単です。

なにせ”本を一冊提供すればクリアできる”わけですから。

それで、天秤のように簡単にクリアできる条件の代償として、その条件を満たさなかった場合には想定の限界を超えた難易度が設定できるんです」

「なるほど…そういうことなんですね…」

「ちなみにですが…」

「はい」

「ヌルさんだったら、あの100匹のギョン…正確には93匹ですが、を倒せますか?」

いきなりな質問にパスタはキョトンとするが、モニターを見ながら自分があの場所にいたらをシミュレーションしてみる。

「ええと、こっちの戦闘準備が整った状態で、ですか? それともあのギルドみたいに急に襲われる形で、でしょうか?」

「そうですね、ヌルさんの準備が整った状態を想定してお願いしたいです」

と返すが、ハチコは内心驚いていた。

以前の彼であれば「多分難しい」とか「勝てると思う」など、曖昧な返事をしていたはずである。

それを今は明確に状況を想定して、本当に彼の中でシミュレーション戦闘を繰り広げるまでに成長しているのだ。ノヴァやダイダロンとの修行、GMヘンリーにアドバイスをもらったこと、あまねくとの研鑽がしっかりと彼の中に確かに蓄積されている。

そうしてパスタことヌルは答えを示す。

「断言はできませんが、あれが自分が制作したギョン改と同じ能力値なら勝てます。

アレの攻撃力では防御を積んだ状態の俺には届かないので一匹づつ処理で、時間制限があるなら奥の手を使えば余力を残して、最終手段を使えばおそらく完勝で行けると思います」

「すごい…。私に思いつく限りで一番の攻撃力を詰め込んだつもりだったのに」

「ギョンは良くも悪くも物理攻撃一辺倒ですからね。俺を倒すなら魔法攻撃を主体に編成しない限りは、あまねくさん並みの技術がないとダメージが通らないと思います。…でも珍しいですね。ハチコさんが俺に戦闘の話を振るだなんて」

「え? あはは、まあ理由がありまして。

四天王わたしたちで区画を作るときの目標といいますか、一つのテーマとして『ヌルさんを倒せるくらいの難しさ』を設定しようって話し合ったんです。それくらいの気概がないと、四天王なんて名乗れないですからね」

ハチコは少し恥ずかしそうに頬を掻く。

この気恥ずかしさは”私の作った最強の区画”をいざ見せたから、というよりは四天王たちが裏で互いを励まし合っていることが知れたからだろうか。

少し誤魔化すようにハチコは話題を振る。

「ヌルさんは私以外の四天王の皆さんの区画がどんな内容かご存じですか?」

ちなみに目の前にいるのがパスタであってもヌルと呼ぶのは彼女がある程度リラックスしていることの表れかもしれない。

「あー…、そうですね。ハチコさん以外の区画で最後かな? 全員分把握したと思います。ハチコさんも知ってるんです?」

「ええ。互いに挑戦内容のタイプが被らないように調整したりしましたから。

それで誰の区画だったらヌルさんがクリアできない可能性があると思います?

やはり、1対1戦闘のあまねくさん辺りですか?」

「いえいえ、むしろ一番簡単になるかもしれません。

手の内は知り尽くしてますし、あの区画のルールは挑戦者が多人数であること込みですから、挑戦者人数が少ないと寧ろあまねくさんの難易度があがります」

「……それですと戦わない方が難易度高いということでしょうね。…味覚を試されるクイズの陽夏さんは?」

「うーん…陽夏は一番簡単かもしれません…。食材を当てるように聞かれたクイズに”こっちの味のほうが好み”って答えると嬉々として食材のこだわりを言っちゃうんですよ。彼女。試験官のように心を平静にする環境に合わないんでしょうね。

もし、四天王で俺がクリアできない区画があるとすれば、消去法的にティオさんの場所になるんじゃないでしょうか。

肉体能力は最強だと思いますけど、ダンスはあまり得意じゃないですし」

パスタは思い出すようにそう語るが、その返答にハチコの方が首を傾げる。

「うーん? ティオさんの区画はダンスというイメージだけで難易度を考えると難しいと感じるかもしれませんが、実際の判定はもっと別です。

とある街で実際に開催されるダンスイベントの採点方式に則って評価されるそうですが、独創性をみせることで大きく得点を稼ぐことができますから、ヌルさんの全プレイヤー中最強の肉体でしかできない動きを見せればティオさんに勝てる見込みがあるように思います」

「……今度遊びに行ってみようかな?」

「ええ、きっとティオさんも喜ぶでしょう」

などと親しく話す間に、ギルド山崩しのプレイヤーたちはモニターの中でギョンの大群に襲われた末に全滅していた。


「わかりきっていた事ですけど、自分の出番はまだ先みたいですね」

そう言ってパスタは座っていた席を立つ。

「わざわざお呼び立てしちゃってごめんなさい。次回からは相手がクリアした後に召喚するようにしますね」

「いえいえ、自分もこの役目を楽しみにしていたんです。ただ魔王として玉座で待ってるだけじゃ味気ないですし、ハチコさんと一緒にこうやって観戦するのも楽しいですから」

そう言ってパスタは左手に嵌めている指輪の効果を発動させて、黒い合成獣…すなわち魔王ヌルの姿へと戻る。

「お先に玉座の間に戻りますね」

そう告げてメニューから魔王用の項目で玉座の間への転移を選択する。

「ええ。こちらも一度エントランスの様子を確認したら───あら? あっ、ヌルさんちょっと待ってください!」

「おお?」

ヌルは静止の言葉を受け、メニューを操作して転移をキャンセルする。

彼女の言葉の理由を尋ねるまでもなく答えが続く。

「次の挑戦者が来ました!」

「ええっ!?」

メニューを閉じると、急いでハチコの隣に回り込んでモニターを注視する。

ヌルが慌てるのも無理はない。

現在、魔王城において“挑戦者”たり得るのは山崩しを除いて一つのギルドしかない。


モニターには、待機室でハチコへの挑戦を申請するピースフルが映っていたのだった。

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ネトゲ初心者がぬるっと魔王になった(仮題 小野塚 歩 @nozouzgry

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