第2話
「――それで?」
ジェラルドがうながすと、女は「私がお話しできることはそれだけです」と困ったようにほほ笑んだ。
「結局家を出ることはなさらなかったのですね?」
「はい」
もっともそれはジェラルドにとって尋ねるまでもないことだった。女の丁寧にくしけずられた淡い金髪や、よく手入れされた白い肌からしても、彼女が下町などで暮らしていないことは明らかだ。
「ご主人は相変わらず愛人宅に入り浸っておられるのですか?」
「夫はあのあと馬から落ちて亡くなりました。使用人の不注意で馬具がゆるんでいたようです」
「それはそれは。ご主人の魂の安らかなることをお祈りします。……貴方を虐げていた使用人はどうなりました?」
「使用人は主人が亡くなったあと全て解雇しました。夫の財産は私が相続しましたので、私の裁量でもっと良い使用人を雇い入れることができましたの」
「それは良かったですね」
ジェラルドはアマンダについても尋ねようかと思ったが、結局口にはしなかった。おおかた似たような結末をたどったであろうことは、容易に想像が付くからだ。
やがて助祭が女を迎える馬車が来たと知らせにきた。
「それでは司祭さま、話を聞いてくださってありがとうございました」
「いいえ、少しでもお役に立てたのなら幸いです」
女は優雅な仕草で席を立つと、そのまま司祭館を出て行きかけたが、ふと出口のところで立ち止まった。そしてジェラルドの方を振り返り、物憂げな目で問いかけた。
「……神はお許しになるでしょうか」
「神がペンファーザー侯爵家をお許しになっているのなら、貴方のこともお許しになるでしょう」
ジェラルドの言葉に女は複雑な表情を浮かべたものの、会釈して司祭館から出て行った。
入れ違いに入ってきた助祭のスティーヴは、興奮した面持ちでジェラルドに言った。
「綺麗な方ですねえ! 優雅で、上品で」
「今は商家の未亡人だが、もとは貴族のご出身だそうだよ。孤児院への寄付の件でお見えになったんだ」
「やはり高貴なご出身なのですね。おまけに心も優しいとは! まさに生粋のレディですね」
「ああ、実に貴族的な女性だ。見た目も、その生きざまも」
ジェラルドはため息をつくと、独り言のようにつぶやいた。
「それにしても、ペンファーザー侯爵家か。七百年もの間、魑魅魍魎うごめく貴族社会で生き抜いてきた筋金入りだ。その長い歴史の陰で、どれほど多くの『一族にとって都合の悪い人間』が不慮の死を遂げてきたことか、私にはまるで見当もつかないな」
夫に裏切られ、虐げられた貴婦人が自分の手で幸福をつかみ取るまで 雨野六月 @amenorokugatu
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