長發(引用36:湯王、伊尹と共に)

長發ちょうはつ



濬哲維商しゅんてついしょう 長發其祥ちょうはつきしょう

洪水芒芒こうすいぼうぼう 禹敷下土方うふかどほう

外大國是疆がいだいこくぜきょう 幅隕既長ふくいんきちょう

有娀方將ゆうしゅうほうしょう 帝立子生商ていりつしせいしょう

 商は徳深き叡智の持ち主、契に始まる。

 以降長年に渡り、幸いが下された。


 黄河が荒れたときに禹が

 治水にあたり、土地を治めた。

 外部の大国たちとの境を決めるも、

 その土地は実に広大であった。

 夏の下にあった家の一つに、

 有娀と言う女性がいた。

 徳高き彼女が、やがて契を身ごもった。


玄王桓撥げんおうかんはつ

受小國是達じゅしょうこくぜたつ 受大國是達じゅだいこくぜたつ

率履不越そつりふえつ 遂視既發すいしきはつ

相土烈烈そうどれつれつ 海外有截かいがいゆうせつ

 ツバメから生まれたとされる契は、

 威武甚だ盛んであった。

 はじめ小国に封じられて栄えさせ、

 のちに大国に封じられて栄えさせた。

 礼に従って身を修め、

 人々の様子を観察し、指令を下す。

 契のこの振る舞いを、

 子孫の相土もよく守ったため、

 武威は更に高まり、

 国外のものも良く従った。


帝命不違ていめいふい 至于湯齊しうとうせい

湯降不遲とうこうふち 聖敬日躋せいけいじつせい

昭假遲遲しょうかちち 上帝是祗じょうていぜし

帝命式于九圍ていめいしきうきゅうい

 天命とは違えることがなきもの。

 代が降り、湯王の時代に、

 ついに天命がもたらされた。

 タイミングは遅かったのだろうか?

 いや、そのようなことはない。

 高まる聖徳が、白日の下にさらされ、

 なおも示され続けたのを見て、

 天帝は祝福され、湯王に

 天下の規範たるべく命じられた。


受小球大球じゅしょうきゅうだいきゅう 為下國綴旒いかこくていりゅう 

何天之休かてんしきゅう

不競不絿ふきょうふきゅう 不剛不柔ふごうふじゅう

敷政優優ふせいゆうゆう 百祿是遒ひゃくろくぜしゅう

 周辺国より献上された大小の璧玉。

 諸侯らの導き手となり、

 天の幸いを背負う。

 自ら争い競おうとせず、

 剛直にも柔弱にもなりすぎず、

 政は実に豊か、調和に満ち、

 多くの幸福が集う。


受小共大共じゅしょうきょうだいきょう 為下國駿厖いかこくしゅんぼう

何天之龍かてんしりゅう 敷奏其勇ふそうきゆう

不震不動ふしんふどう 不戁不竦ふだんふしょう

百祿是總ひゃくろくぜそう

 小国大国よりの捧げ物を得、

 諸侯らを武威にて率いる。

 天よりの寵愛を受け、その武勇を示し、

 揺らがず、動揺せず、

 堂々と大事にあたり、

 恐れることなく苦難に向かう。

 ゆえにこそ、幸いが集う。

 

武王載旆ぶおうさいはい 有虔秉鉞ゆうけんへいえつ

如火烈烈じょかれつれつ 則莫我敢曷そくばくがかんかつ

苞有三蘗ほうゆうさんはく 莫遂莫達ばくすいばくたつ

九有有截きゅうゆうゆうせつ

韋顧既伐いこきばつ 昆吾夏桀こんごかけつ

 湯王は戦車に旗を立て、鉞を手にする。

 その武威の激しさは炎のごとくし、

 誰もが湯王を止められない。

 夏と言う大木を三つの枝、

 すなわち韋・顧・昆吾が守っていたが、

 その誰もが湯王を

 止めることができないでいた。

 まず韋と顧とを討伐し、

 次いで昆吾と夏の桀王を追放した。


昔在中葉せきざいちゅうよう 有震且業ゆうしんしゃぎょう 

允也天子いんやてんし 降予卿士こうよきょうし 

實維阿衡じついあこう 實左右商王じつさうしょうおう 

 契の昔より殷に与えられていた土地は

 湯王の時代に大きく削られ掛けたが、

 しかし、偉大なる湯王のもとには

 素晴らしき配下をも授けられていた。

 すなわち、伊尹。

 かれが湯王をよく支えたのだ。




○商頌 長發

殷の湯王が徳高きゆえに夏の桀を追い払うに至った、と言うお話であるが……うん、いや、その、周の権威を高めるために「ついでに」前代の殷の権威も高めようとしておらぬか、これ?

 と思ったら、どうにも殷を祀るよう封じられた国、宋で詠まれたもののようだ、とする説があるようである。それならば納得である。宋は存分に殷王たちを讃えるべきであるからな。




■永らくの幸い

いずれを見ても「幸いが長く発せられるように」が主意であるが、魏書のみなぜか趣が違っている。魏書の文は当詩詩序をそのまま引用したものである。大いなる祭祀の歌を語る、と言うわけである。


・宋書20 楽二

 大哉皇宋,長發其祥。纂系在漢,統源伊唐。

・宋書94 徐爰

 其在殷頌,長發玄王,受命作周,實唯雍伯,考行之盛則,振古之弘軌。

・魏書57 高祐

 惟聖朝創制上古,開基長發,自始均以後,至於成帝,其間世數久遠,是以史弗能傳。

・魏書108.1 礼一

 論曰:『禘自既灌。』詩頌:『長發,大禘。』爾雅曰:『禘,大祭也。』夏殷四時祭:礿、禘、烝、嘗,周改禘為礿。

 爾雅稱『禘,大祭也』。頌『長發,大禘也』,殷王之祭。




■中道の萌芽

論語 雍也編に「子曰:「中庸之爲德也,其至矣乎!民鮮久矣!」と言う句が見えるが、その大本の概念である、と言えよう。厳しすぎず、優しすぎず、の政を布くことで、調和の取れた世が実現する。後漢書和帝紀注が引く諡法解の四字熟語は、当詩を淵源としたようである。


・左伝 成公2-6

 詩曰.布政優優.百祿是遒.子實不優.而棄百祿.諸侯何害焉.不然.寡君之命使臣.則有辭矣.

・左伝 昭公20-12

 詩曰.不競不絿.不剛不柔.布政優優.百祿是遒.和之至也.

・後漢書4 和帝

 孝和皇帝諱肈(謚法曰:「不剛不柔曰和。」)

・後漢書46 陳寵

 故子貢非臧孫之猛法,而美鄭喬之仁政。詩云:『不剛不柔,布政優優。』




■契の孫、相土

・漢書8 宣帝

『詩』云:『率禮不越,遂視既發。相土烈烈,海外有涞。』陛下聖德,充塞天地,光被四表。

・漢書78 蕭望之

 聖王之制,施德行禮,先京師而後諸夏,先諸夏而後夷狄。『詩』云:『率禮不越,遂視既發;相土烈烈,海外有截。』

で引かれる「偉大なる武威の持ち主」相土は、史書上でもちょくちょく引き合いに出されておる。特に晋書においては、周馥が「相土が商丘に居を移し、大火(蠍座アンタレス)をよく祀った」ことを引き合いに出し、「危険な洛陽から寿春に移られた方が、より晋の祖廟を守れるでしょう」と説得しておる。無論この説得は晋の懐帝には届かず、懐帝は劉聡によって惨殺されてしまうのだが。


・左伝 襄公9

 陶唐氏之火正閼伯。居商丘。祀大火。而火紀時焉。相土因之。故商主大火。

・史記3 殷

 契卒,子昭明立。昭明卒,子相土立。相土卒,子昌若立。昌若卒,子曹圉立。

・史記13 三代世表

 昭明生相土

・史記42 釐公

 商人,契之先,湯之始祖相土封閼伯之故地,因其故國而代之。


・漢書27 五行

 陶唐氏之火正閼伯,居商丘,祀大火,而火紀時焉。相土因之,故商主大火。

・漢書27 五行

 相土,商祖契之曾孫,代閼伯後主火星。


・晋書61 周浚 從父弟 周馥

 雖聖上神聰,元輔賢明,居儉守約,用保宗廟,未若相土遷宅,以享永祚。




■広く武威を示す

「海外有截」とは、要は各地に遠征に出、その武威を知らしめた、となろう。わかりやすいのが晋書宋書の礼志に引かれる議論である。ここでは司馬懿が公孫淵を撃破する大功を挙げたことで、晋の王業が始まった、とされておる。相土もまた「殷の祖先」であり、このあたりは司馬懿に援用する根拠ともなっておろう。そこに比べると竇憲は「ただ国外に武威を示した」のみで用いており、やや引用として軽い。まぁ、こちらは詩句としてであるから、響きが優先なのであろうがな。


・後漢書23 竇融 曾孫 竇憲

 鑠王師兮征荒裔,勦凶虐兮𢧵海外,敻其邈兮亙地界,封神丘兮建隆嵑,熙帝載兮振萬世。

・晋書21 礼下

・宋書16 礼三

 況高祖宣皇帝肇開王業,海外有截;世宗景皇帝濟以大功,輯寧區夏

・宋書20 楽二

 海外有截,九圍無塵。冕旒司契,垂拱臨民。

・魏書62 李彪

 守在四夷者,先皇之略也;海外有截者,先皇之威也;禮田岐陽者,先皇之義也





■武王=湯王

武威持てる王、として湯王をそう呼ぶ、らしい。しかし次詩で大いに讃えられる武丁も武王と呼ばれたりで、この辺りは大いに読み手を混乱させてくれる。ともあれ、武威を示した湯王の壮烈なるが語られるわけである。


・漢書23 刑法

『詩』曰:『武王載旆,有虔秉鉞,如火烈烈,則莫我敢遏。』言以仁誼綏民者,無敵於天下也。

・漢書27 五行

・晋書27 五行上

『詩』云:「有虔秉鉞,如火烈烈。」又曰:「載戢干戈,載櫜弓矢。」動靜應誼,「說以犯難,民忘其死。」金得其性矣。


そして、ここより派生し、「王の偉大なる武威を示す句」として「秉鉞」句が独立しておるのが見える。


・漢書64.2 終軍

 大將軍秉鉞,單于犇幕;票騎抗旌,昆邪右衽。

・漢書70 陳湯

 今湯親秉鉞,席卷喋血萬里之外,薦功祖廟,告類上帝,介冑之士靡不慕義。

・漢書100.2 敍傳下

 博望杖節,收功大夏;貳師秉鉞,身釁胡社。

・宋書22 楽四

 國紛騷擾,戚戚天下懼不安。神武御六軍,我皇秉鉞征。

 順天行誅,司典詳刑。樹牙選徒,秉鉞抗旍。

・宋書79 文五王

 太祖文皇帝欽明冠古,資乾承曆,秉鉞西服,鳴鑾東京,搜賢選能,納奇賞異。

・魏書50 慕容白曜

 秉鉞啟蕃,折衝敵國,開疆千里,拔城十二,




毛詩正義

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