瞻卬(引用42:幽王の乱政)

瞻卬せんぎょう



瞻卬昊天せんぎょうこうてん 則不我惠そくふがけい

孔填不寧こうてんふねい 降此大厲こうしだいらい

邦靡有定ほうびゆうてい 士民其瘵しみんきさい

蟊賊蟊疾ぼうぞくぼうしつ 靡有夷屆びゆういかい

罪罟不收ざいこふしゅう 靡有夷瘳びゆういちゅう

 広大なる天を仰ぐ。

 天は我らを慈しまれぬ。

 いつまでも天下は乱れ、

 安らぐ気配がない。

 天の下す苦しみが、人々を苛む。

 政も不安定であり、

 国の行く末を思い、人々が病む。

 イナゴが作物の根を、

 茎を食らうかのよう。

 誰もそれを止められぬ。

 人々にもたらされる罰は、

 さながら鳥を捕らえる網が

 投げこまれたかのよう。

 虐政が、いつ果てるともなく続く。


人有土田じんゆうどでん 女反有之じょはんゆうし

人有民人じんゆうみんじん 女覆奪之じょふくだつし

此宜無罪しぎむざい 女反收之じょはんしゅうし

彼宜有罪かぎゆうざい 女覆說之じょふくせつし

 幽王の徒党は、人の田畑を召し上げる。

 領民たちもまた、

 幽王が奴隷としてさらってしまう。

 彼ら罪なき者を捕らえ、罰するのか。

 罪深き者に罰を与えず、

 のさばらせるのか。


哲夫成城てつふせいじょう 哲婦傾城てつふけいじょう

懿厥哲婦いくつてつふ 為梟為鴟いきょういし

婦有長舌ふゆうちょうぜつ 維厲之階いらいしかい

亂匪降自天らんひこうじてん 生自婦人せいじふじん

匪教匪誨ひきょうひかい 時維婦寺じいふじ

 才知優れた男子は

 国を為すものであるが、

 才知あふれる女子は、

 まこと国を傾けるもの。

 まこと「賢き」褒姒は、

 フクロウやヨタカのごとく

 国事をむさぼり尽くす。

 その口先舌先で、天下を乱す。

 この乱れは、天からのものではない。

 あの女からである。

 誰が幽王を戒め、導けようか。

 あの女が側にあるうちは。


鞫人忮忒きくじんしとく 譖始竟背しんしきょうはい

豈曰不極がいえつふきょく 伊胡為慝いこいとく

如賈三倍じょかさんばい 君子是識くんしぜしき

婦無公事ふむこうじ 休其蠶織きゅうきさんしょく

 他者を言いくるめ、追い落とし、

 偽りから始まった言葉は

 結論に至るまでに二転三転。

 その上で、あの女は言うのだ。

 私のどこが間違っていますか、

 私が何を隠しているというのです。

 よくも言うものである。

 商人は仕入れ値の三倍で商品を売る。

 そのような不実な行いを、

 君子がして良いものか。

 なぜ女が政に口出しをする、

 ろくに機織りもせぬのに。


天何以刺てんかいし 何神不富かしんふふ

舍爾介狄しゃじかいてき 維予胥忌いよしょき

不弔不祥ふちょうふしょう 威儀不類いぎふるい

人之云亡じんしうんぼう 邦國殄瘁ほうこくてんすい

 天はなぜ我らを責めるのか。

 神はなぜ幸いを下さぬのか。

 天意に背かぬクソ女を捨て置き、

 やつの言葉を採り、我らを忌むのか。

 天は顧みず、鬼神も振り向かぬ。

 加えて王が威儀を正すこともない。

 心ある人も死に、あるいは亡命し、

 こうして国や深刻な病に冒された。


天之降罔てんしこうぼう 維其優儀いきゆうぎ

人之云亡じんしうんぼう 心之憂矣しんしゆういー

天之降罔てんしこうぼう 維其幾矣いききいー

人之云亡じんしうんぼう 心之悲矣しんしひいー

 天より投げ込まれた

 広大無辺の網により、

 すべての人が虐げられる。

 心ある人が次々に喪われる。

 憂いが留まるところを知らぬ。

 天より投げ込まれた

 広大無辺の網が、

 身近なものらをも絡め取る。

 心ある人が次々に喪われる。

 悲しみが心を占める。


觱沸檻泉ひちふつかんせん 維其深矣いきしんいー

心之憂矣しんしゆういー 寧自今矣ねいじこんいー

不自我先ふじがせん 不自我後ふじがご

藐藐昊天ばくばくこうてん 無不克鞏むふこくきょう

無忝皇祖むてんこうそ 式救爾後しききゅうじご

 吹き上がるほどの湧き水は、

 一体どれほどの深さから上るのか。

 そしてその深さは、我が心の憂いと、

 どちらがより甚だしかろうか。

 私より先の時代でも、

 私より後の時代でもない、

 まさに今、このとき。

 遠大なる天は、しかしいつまでも

 災いを下し続けるままでもおるまい。

 王よ、先祖らの偉業を

 これ以上辱められぬよう。

 そうして、後進らに

 幸いを下されるよう。




○大雅 瞻卬

褒姒周りの話が「さすがの男尊女卑! 通常運転!」という感じであるな。まぁ当時の価値観なので仕方あるまい。大要を言えば「褒姒みたいなクソを取り除けば世の中がよくなるかも知れないね」という感じともなろう。しかしまぁ褒姒に好き勝手されるがままになる王をそのまま奉じてどうしようというのか、という感じでもあるな。それは申侯も怒って攻め滅ぼすはずである。しかし周の諸侯がいくら犬戎と組んだとは言え進軍にあたって狼煙が上がらぬとは、狼少年がどうこうと言うより申侯の情報操作能力がすごかったと見なすべきのような気がせぬでもない(褒姒は敵の侵入ありの狼煙が上がったときだけ笑ったという伝説がある)。




■見上げられるもの


漢書86 師丹

親傅聖躬,位在三公,所坐者微,海內未見其大過,事既已往,免爵大重,京師識者咸以為宜復丹邑爵,使奉朝請,四方所瞻卬也。


瞻卬の「卬」字は、まぁ「にんべんの取れた仰」であると見なせばよいのであろうな。師丹は皇帝に対してかなりズバズバ正しいことを突きつけてくるクチであり、かなり煙たがられていたようである。なのでここでも弾劾が提案されていた。それを読んだ唐林が時の皇帝に対し「いや彼罷免すんのなんか間違ってますよ!」と上奏。その一節である。してみるとここでにんべんを取り除いたのは完全に意図的なものであろう。「彼を罷免すれば亡国まっしぐらですよ」というわけである。



■人を害すのでなく、罪を断じる


後漢書49 王符

先王之制刑法也,非好傷人肌膚,斷人壽命也;貴威姦懲惡,除人害也。故經稱「天命有德,五服五章哉,天討有罪,五刑五用哉」;詩刺「彼宜有罪,汝反脫之」。


後漢中期にものされた王符「潛夫論」の一節である。この論の全体像は研究者たちもどう一貫した論とするかに悩んだようであるが、ここに引いた部分では処罰とは民に害をなすものを懲らしめるためのものである、としている。故に当詩で「なんで罪人が裁かれてねえんだよ!」と切れているのだ、と語っておるのである。




■賢い女は国を滅ぼす

なんというか「言い切りよったなこやつ……」という印象しかない。まぁ、そういう世界観であった、と言うより他あるまい。


・後漢書5 安帝

 遂復計金授官,移民逃寇,推咎台衡,以荅天眚。既云哲婦,亦「惟家之索」矣。

・後漢書54 楊震

 書誡牝雞牡鳴,詩刺哲婦喪國。




■傾城

いわゆる傾城の美女というのは、もはや当詩が歌っておるところなので、当詩を起源として差し支えあるまい。ただ引用を見ておると、「城の人手を注ぎ込んで」と言った用法でも用いられているのが伺える。この流れを決定づけたのは


・漢書97.1 孝武李夫人

 北方有佳人,絕世而獨立,一顧傾人城,再顧傾人國。寧不知傾城與傾國,佳人難再得!

……とされるのだが、史書で用いられているものを見ると「城の人員を軒並み注いで」と言った意味合いの方が強い。と言うより、ほぼそれしかない。少なくとも史書では圧倒的にこちらの用法である。さて、それがどこで変わったのかな。


・三國志18 龐淯 母 趙娥

 鄉人聞之,傾城奔往,觀者如堵焉,莫不為之悲喜慷慨嗟嘆也。

・三國志42 郤正

 若邪之谿深而不測,歐冶子已死,雖傾城量金,珠玉竭河,獨不得此一物。


・晋書32 恭思褚皇后

 石文遠著,金行潛徙。婦德傾城,迷朱奪紫。

・晋書59 司馬越

 奉妃裴氏及毗出自京邑,從者傾城,所經暴掠。

・晋書92 伏滔

 生僭逆之計,建號九江,稱制下邑,狼狽奔亡,傾城受戮。

・晋書110 慕容儁

 自頃中州喪亂,連兵積年,或遇傾城之敗,覆軍之禍,坑師沈卒,往往而然


・魏書13 評

 靈后淫恣,卒亡天下。傾城之戒,其在茲乎?

・魏書95 石勒

 越世子毗聞越薨,出自洛陽,從者傾城。

・魏書106.1 地形上

 但以為是一山之異名。有長子城、應城、傾城、幸城。




■女は政治に参加するな


漢書85 谷永

『易』曰「在中餽,無攸遂」,言婦人不得與事也。『詩』曰:「懿厥悊婦,為梟為鴟;」「匪降自天,生自婦人。」


前漢末期、多くの天変地異が起こった。これを見た時の皇帝が谷永にどのように振る舞えばよいかを聞いたところ、クッソ長い上奏文をしたためて谷永は回答。その一節で、はっきりと「女を政治に参加させるな」と述べる。それは当詩がはっきりと明示するところだ、と言うのである。いや、正直申し上げると、現代のように他の刺激が強烈にある娯楽がたくさんあるのでなければ、どうしても「男の」娯楽がセックスに収斂してしまうのは必然と言わざるを得ないのであろうな。そして「強い」女の側でそれを利用しようとする力学が働くのは、もはやどうしようもないのであろう。良い、悪いを語っても仕方が無いというか、「そういうのがえげつない」と実感できる時代に生まれたことを感謝するしかなかろうな。




■人、ここに死す

瞻卬=「人之云亡 邦國殄瘁」という勢いなのが史書引用における実態と言えようが、その中で、なぜか晋書に「人之云亡」のみで有為の人材の喪失を嘆くニュアンスで用いられておる。しかも武の方面で業績を上げたもの。これは周処を悼む歌が潘岳、すなわち西晋ナンバーワン歌人の手によるものであったことから、微妙に晋の時代に流行った、と見なすのが正しいのやも知れぬな。


・晋書58 周処

 周徇師令,身膏齊斧。人之云亡,貞節克舉。

・晋書67 温嶠

『人之云亡』,嶠實當之。




■人材が喪われ、国が病む

当詩ではどちらかと言えば「国が乱れることによって人材が喪われる」さまを称して「国が病む」と語るわけであるが、史書上では「国を支えるほどの人物が喪われることによって国が傾いた」的ニュアンスとなっている。ここでは調査範囲外としておるので採用しておらぬが、南史では劉裕が側近中の側近である劉穆之の死を嘆いて当句を引用していたりもする。やや断章取義的でこそあるが、当句のみを切り出せば、どうしてもそちらの方向に意味合いが変容せざるを得ぬのも仕方が無いのやも知れぬな。


・左伝 文公6-4

『詩』曰:『人之云亡,邦國殄瘁。』無善人之謂。

・左伝 襄公26-7

 若不幸而過.寧僭無濫.與其失善.寧其利淫.無善人.則國從之.詩曰.人之云亡.邦國殄瘁.無善人之謂也.


・漢書99.1 王莽上

『詩』云「人之云亡,邦國殄悴」,公之謂矣。


・晋書38 評

『詩』云「人之雲亡,邦國殄瘁,」攸實有之;

・晋書54 陸機

 呼!人之云亡,邦國殄瘁,不其然與!

・晋書75 劉惔

・世説新語 輕詆9

 後綽嘗詣褚裒,言及惔,流涕曰:「可謂人之云亡,邦國殄瘁。」

・晋書102 陳元達

 聰大怒,手壞其表,易遂忿恚而死,元達哭之悲慟,曰:「人之云亡,邦國殄悴吾既不復能言,安用此默默生乎!」歸而自殺。


・魏書19上 元小新成

 帝曰:「詩云『人之云亡,邦國殄瘁。』以是而言,豈惟三千匹乎?」其為帝所重如此。

・魏書78 張普惠

 善人,國之本也,其可棄乎?詩云:「樂只君子,邦家之基。」堯典曰:「克明俊德。」呂刑曰:「何擇非人。」周官曰:「官弗必備惟其人。」咎繇曰:「無曠庶官,天工人其代之。」詩云:「人之云亡,邦國殄悴。」又曰:「雨我公田,遂及我私。」




■病みまくり

「殄瘁」句のみで、国家運営における深刻な病、と言った形で用いられているのが伺える。ちなみに当句を日本語に直すと「病で絶滅する」となるらしい。疫病クラスの災害であるな。


・三國志12 崔琰

 今邦國殄瘁,惠康未洽,士女企踵,所思者德。

・三國志13 王朗 子 王肅

 兵起已來三十餘年,四海盪覆,萬國殄瘁。・三國志48 評 裴注

・晋書36 評

 俱陷淫網,同嗟承劍,邦家殄瘁,不亦傷哉!

・晋書64 評

 硃芾綠車,與波塵而殄瘁。

・晋書75 荀崧

・宋書14 礼一

 自頃中夏殄瘁,講誦遏密,斯文之道,將墮於地。

・晋書77 陸玩

 尋而王導、郗鑒、庾亮相繼而薨,朝野咸以為三良既沒,國家殄瘁。

・晋書96 周顗母李氏

・世説新語 賢媛18

 門戶殄瘁,何惜一女!若連姻貴族,將來庶有大益矣。

・晋書99 外戚伝序

 天人道盡,喪亂弘多,宗廟以之顛覆,黎庶於焉殄瘁。

・宋書44 謝晦

 若使小人得志,君子道消,凡百有殄瘁之哀,蒼生深橫流之懼。





■魯公はダメだよね


左伝 昭公25-1

詩曰.人之云亡.心之憂矣.魯君失民焉.焉得逞其志.


昭公の時代、魯の実権は昭公でなく、宰相一族に支配されていた。自らのもとに実権を引き戻したいと考える昭公は、密かに宰相らを追放しようと考えていた。その話を聞いた隣国宋の宰相は「実権を握っているものを追放などしたら、民意が自分についていないと表明するものです。人材を喪えば更に民意は離れ、昭公がより憂鬱に苛まれるだけでしょう。そのようなことをして彼がどれだけ志を果たせるでしょうか」と語ったのである。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E5%85%AB#%E3%80%8A%E7%9E%BB%E5%8D%AC%E3%80%8B

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