桑柔(引用16:佞臣告発の歌)

桑柔そうじゅう



菀彼桑柔うつかそうじゅう 其下侯旬きかこうじゅん

捋采其劉らつさいきりゅう 瘼此下民ばくしかみん

不殄心憂ふてんしんゆう 倉兄填兮そうけいてんけい

倬彼昊天たくかこうてん 寧不我矜ねいふがきょう

 よく葉の茂る若き桑の木。

 そのふもとには濃く木陰が落ちる。

 枝葉を根こそぎ切り落とせば、

 その下にいる者は安らげまいに。

 まさに今の世の乱政は、

 枝葉を切り落とされたるがごとし。

 その憂いの募ること、まこと久しい。

 ああ、広大なる天よ、

 なぜ天下の民を哀れまれぬのか。


四牡騤騤しぼきき 旟旐有翩よじょうゆうへん

亂生不夷らんせいふい 靡國不泯びこくふびん

民靡有黎みんびゆうれい 具禍以燼ぐかいじん

於乎有哀おこゆうあい 國步斯頻こくふしひん

 四頭引きの戦車が行き交う。

 戦旗がはためいている。

 そこかしこで乱が起こり続け、

 国内が落ち着くこともない。

 多くいたはずの民も死に絶え、

 災いは至る所を焼き尽くす。

 何とも悲しきことか、

 今や国は死に瀕している。


國步蔑資こくふべつし 天不我將てんふがしょう

靡所止疑びしょしぎ 云徂何往うんそかおう

君子實維くんしじつい 秉心無競へいしんむきょう

誰生厲階すいせいらいかい 至今為梗しこんいこう

 国内の資源は枯渇し、

 天が民を養うこともない。

 安住の地など無い。

 どこまで逃げ延びれば良いのか。

 君子よ、今こそ務めを

 果たすべきではないのか。

 誰がこのような地獄を引き起こし、

 かくも民を苦しめ続けるのか。


憂心慇慇ゆうしんいんいん 念我土宇ねんがどう

我生不辰がせいふしん 逢天僤怒ほうてんせんど

自西徂東じせいそとう 靡所定處びしょていしょ

多我覯痻たがこうびん 孔棘我圉こうきょくがぎょ

 憂いは募り続ける。

 国はいつまで苦しまねばならぬ。

 斯様なタイミング、

 天が怒りを示すタイミングに生まれ、

 西から東に流れても、安住は叶わない。

 何とも困難の多きこと。

 何とも苦しきは、国境の守り。


為謀為毖いぼういひ 亂況斯削らんきょうしさく

告爾憂恤こくじゆうじゅつ 誨爾序爵かいじじょしゃく

誰能執熱すいのうしつねつ 逝不以濯せいふいたく

其何能淑きかのうしゅく 載胥及溺さいしょきゅうでき

 中央でもそれなりに

 協議は為されているのであろう。

 だが、戦乱はますます国を削る。

 そなたらよ、民を憂い憐れまれよ。

 賢人をしかるべき地位に付けられよ。

 熱きものを手に取った者が、

 手を水で冷やさぬことなどあろうか。

 このままであって良いものか。

 誰もが濁流に流されてしまわぬか。


如彼遡風じょかそふう 亦孔之僾えきこうしあい

民有肅心みんゆうしゅくしん 荓云不逮へいうんふたい

好是稼穡こうぜかしょく 力民代食りょくみんだいしょく

稼穡維寶かしょくいほう 代食維好だいしょくいこう

 王はあえて乱気流に向かい合い、

 呼吸できなくされておるかのよう。

 民がいくら粛々と

 日々の仕事に向かいたくとも、

 乱政の日々では、それも叶わぬ。

 彼らの日々の仕事を愛されよ。

 民が仕事に政を出せるような

 施策を打てる者を採用なされよ。

 農業こそが国の宝。

 それを促進できる者を重用されよ。

 

天降喪亂てんこうそうらん 滅我立王めつがりつおう

降此蟊賊こうしぼうぞく 稼穡卒痒かしょくそつよう

哀恫中國あいとうちゅうこく 具贅卒荒ぐぜいそつこう

靡有旅力びゆうりょりょく 以念穹蒼いねんきゅうそう

 天は世に破滅と乱を下し、

 我らが王たるべきお方を滅ぼされた。

 また天はイナゴを遣わせ、

 収穫もことごとく喪われた。

 何ともこの国は痛ましき有様と

 成り果てたことか。

 あらゆる資産は使い果たされ、

 荒れ地が広がるばかり。

 民より活力は失われ、

 ただ呆然と天を仰ぐのみ。


維此惠君いしえくん 民人所瞻みんじんしょせん

秉心宣猶へいしんせんゆう 考慎其相こうしんきそう

維彼不順いかふじゅん 自獨俾臧じどくへいぞう

自有肺腸じゆうはいちょう 俾民卒狂へいみんそつきょう

 恵みをもたらす君主をこそ、

 民は望んでおろう。

 国内あらゆる人々の声を掬い上げ、

 それらを大臣とともに謹んで諮り、

 より良き国を目指す君主を。

 しかるに、今の君主はどうであろう。

 己が利益のみ考えてはおられぬか。

 自らのことばかりを第一にし、

 民に、ついには狂乱をもたらした。


瞻彼中林せんかちゅうりん 甡甡其鹿しんしんきろく

朋友已譖ほうゆういしん 不胥以穀ふしょいこく

人亦有言じんえきゆうげん 進退維谷しんたいいこく

 あの林をのぞき見れば、

 シカが群れをなしている。

 さてもかのシカたちもまた、

 我が友のように讒言にいそしみ、

 他者を追い落とそうとしているのか。

 誰かが言っていた、進退窮まったと。

 まさに今の私のようではないか。


維此聖人いしせいじん 瞻言百里せんげんひゃくり

維彼愚人いかぐじん 覆狂以喜ふくきょういき

匪言不能ひげんふのう 胡斯畏忌こしいき

 叡智持てる聖人は、遙か遠方からも

 他者の良き所を観察しようとする。

 一方で、あの愚にもつかぬ者たちは

 とち狂って妄言を喜んで吐く。

 愚物への批判も、

 その気になれば容易い。

 しかし、言って何が変わろうか。

 そう思えば、言う気も失せる。


維此良人いしりょうじん 弗求弗迪ふつきゅうふつてき

維彼忍心いかにんしん 是顧是復ぜこぜふく

民之貪亂みんしたんらん 寧為荼毒ねいいとどく

 王によき人が推挙されることはない。

 集まるのは残忍極まりなき、

 自らの身をのみ愛するものばかり。

 民の生活が乱れることを

 餌にしているかのごとくである。

 かの者ら以上の害毒があろうか。


大風有隧だいふうゆうすい 有空大谷ゆうくうだいこく

維此良人いしりょうじん 作為式穀さくいしきこく

維彼不順いかふじゅん 征以中垢せいいちゅうこう

 大風があらゆるものをなぎ倒し、

 その爪痕を道として残している。

 それを眺める賢人君子は、

 胸襟を開き、望む。

 賢人君子は、よりよき手段を選び、

 用いようとする。

 対して小人は道理に沿わず、

 胸中には悪巧みばかり。


大風有隧だいふうゆうすい 貪人敗類たんじんはいるい

聽言則對ていげんそくたい 誦言如醉しょうげんじょすい

匪用其良ひようきりょう 覆俾我悖ふくへいがはい

 大風があらゆるものをなぎ倒し、

 その爪痕を道として残している。

 王の周囲で権勢をむさぼり食らう

 小人がどもの姿がある。

 噂やゴシップにばかり囚われ、

 よき言葉、忠言に対しては

 酔っ払ったかのような態度を取る。

 よき言葉に対しては、むしろ

 讒言であるかのごとき扱いである。


嗟爾朋友さじほうゆう 予豈不知而作よがいふちじさく

如彼飛蟲じょかひちゅう 時亦弋獲じえきよくかく

既之陰女きしいんじょ 反予來赫はんよらいかく

 ああ、我が同僚どもよ。

 どうしてそなたらの悪事を

 知り得ぬことがあろうか。

 空飛ぶ鳥や虫たちも

 絡め取られて捕まることがあろう。

 いつまでもそなたらを

 かばい立てなどしてもおれぬ。

 やがて悪事は白日の下にさらされよう。


民之罔極みんしぼうきょく 職涼善背しょくりょうぜんはい

為民不利いみんふり 如云不克じょうんふこく

民之回遹みんしかいいつ 職競用力しょくきょうようりょく

 下々が無道を働くのは、

 上が酷薄であり、期待に背くゆえ。

 民のためにならず、

 ただただ押しつぶさんとしている。

 下々が道義に違えんとするのは、

 上の者が競うように無道を

 民に働くゆえである。


民之未戾みんしみれい 職盜為寇しょくどういこう

涼曰不可りょうえつふか 覆背善詈ふくはいぜんり

雖曰匪予すいえつひよ 既作爾歌きさくじか

 人心が安定しないのは、

 上の者が民から利益を奪い、

 仇ばかりを為すからである。

 民に対する酷薄を諫めでもすれば、

 そなたらは喜び勇んで

 私を罵ってこられよう。

 そなたらは世の乱れの原因を

 自らに求めようとも住まい。

 だがここに、そなたらのことを

 語る歌を為したのである。




○大雅 桑柔

王の周りにうろちょろとする佞臣どもが、どんどんと国を傾けていく。しかし直接言うわけにも行かぬ、故に歌として表す。それはわかったが、歌の方が嫌味度がより高くなるのは気のせいであろうかな。




■クソ野郎が芽生える

「厲階」、いわば課せられる必要もないようなクソみたいな試練を、何故背負わされねばならぬのか、と語るのが当句引用において生じるアレである。特に晋書において八王とかまじで糞と語られれば、その無駄に高き納得度に、ゆっくりと首肯をせざるを得ぬのである‥


・左伝 昭公24-10

 幾如是而不及郢.詩曰.誰生厲階.至今為梗.其王之謂乎.

・後漢65 段熲

 昔先零作寇,趙充國徙令居內,煎當亂邊,馬援遷之三輔,始服終叛,至今為鯁。

・晋書59 評

 詩所謂「誰生厲階,至今為梗」,其八王之謂矣。

・宋書88 評

 安都勤王之略,義闕於藩屏,以地外奔,罪同於三叛。詩云:「誰生厲階,至今為梗。」其此之謂乎。




■どうクソをあがなおうか

どれだけ炎上し切った案件に対して開き直って対応できるか。炎上し切る前に対応しろやクソがとも思わずにおれぬのだが、きっちり仕上がった案件を的確にさばき切れる人材なんぞ心底やべーとしか言えぬのよな。なお後漢書の傅毅ここの表現をやや翻案して用いておる。こういった用いられ方は機械検索ではなかなか見出しきれぬのが辛きところである。


・左伝 襄公31-12

 其無大國之討乎。詩曰。誰能執熱。逝不以濯。禮之於政。如熱之有濯也。

・後漢書80.1 傅毅

 伊余小子,穢陋靡逮。懼我世烈,自茲以墜。誰能革濁,清我濯溉?

・晋書61 劉喬

 自今以後,其有不被詔書擅興兵馬者,天下共伐之。詩云:『誰能執熱,逝不以濯?』若誠濯之,必無灼爛之患,永有泰山之固矣。




■我が進退、窮まった


・晋書84 殷仲堪

・世説新語 紕漏6

仲堪父嘗患耳聰,聞牀下蟻動,謂之牛鬭。帝素聞之而不知其人。至是,從容問仲堪曰:「患此者為誰?」仲堪流涕而起曰:「臣進退惟谷。」帝有愧焉。


進退窮まるという言葉がこういう所から生じているとは驚きである。東晋末の名士、殷仲堪の父親が耳を患っており、ベッド下のアリの行き来が闘牛のごとく聞こえていた。そのこと時の帝が,まさか患者が殷仲堪の父であるとも知らず殷仲堪に聞いてしまい、これに殷仲堪が涙しつつ当詩を引用した、と言うものである。以前このエピソードを読んでさっぱり意味がわからなかったのだが、当詩を改めて読んだ上で思うことがある。やはり、意味がわからぬ。




■佞臣飼うのは良くないぞ


漢書51 賈山

比其德則賢於堯舜,課其功則賢於湯武,天下已潰而莫之告也。詩曰:「匪言不能,胡此畏忌,聽言則對,譖言則退。」此之謂也。


文帝時代の文官で、「至言」というクッソ長いが、要は「君主はちゃんと臣下の諫めの言葉に耳を傾けなさいよ」とする論文をものした。そのうちの一節である。そうでなくば例えその徳が堯舜を超え、その功績が湯王武王を超えるものであったとしても簡単におじゃんになる、としたのである。



■欲がひとを損ねる

あくなき人の貪欲さが、他の人々を損ねる。ある者は己が自らの欲望に従ったため過ちを犯したと悔い、歴史家たちは己の欲望に負けた者たちを指弾するために用いる。欲望は確かに人を動かす力ともなろうが、行き過ぎてしまっては元も子もない。斯様な戒めが込められているかのようである。


・左伝 文公1-10

 周芮良夫之詩曰:『大風有隧,貪人敗類。聽言則對,誦言如醉。匪用其良,覆俾我悖。』是貪故也,孤之謂矣。

・漢書80 評

 淮陽憲王於時諸侯為聰察矣,張博誘之,幾陷無道。『詩』云「貪人敗類」,古今一也。

・魏書75 評

 傳稱「師克在和」,詩云「貪人敗類」,貪而不和,難以濟矣。

・魏書13 宣武靈皇后胡氏

 時人為之語曰:「陳留、章武,傷腰折股。貪人敗類,穢我明主。」




■西晋は将を使いこなせなかった


晋書61 評

縱未能祈天永命,猶足以紓難緩亡。嗟乎!「不用其良,覆俾我悖」,其此之謂也。


晋書61巻は西晋末に活躍した将帥が収められておる。すなわち当詩を引用し、「彼らをうまく用いることが出来たなら、滅びは免れきれなかったであろうにせよ、もう少しまともな終わり方が出来たであろうに、とするのである。ところでこの用いられ方は作者が参照した資料とは違っている。実に大雑把なくくりをすれば同じにはなるのだが、「自分が誤った」と「自分を悪者扱いしてきた」ではだいぶニュアンスが異なる。このあたりは、もう少し踏み込んでみたいものである。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E5%85%AB#%E3%80%8A%E6%A1%91%E6%9F%94%E3%80%8B

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