蕩之什(とうのじゅう)
蕩(引用25:殷の滅亡より学べ)
広大な徳を有される天帝は
天下の民に君臨される。
そのはずの天帝が下す命には、
民を苦しめるものがこうも多い。
天は民をお産みになりはしたが、
天命は常に民を守りはしない。
人は、始めこそ慎ましくおるものの、
それを最期まで貫き通せる者は
実に少なきこと。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
どうしてかくも暴虐を働き、
どうしてこうも搾取をなさる。
どうして暴吏之なすがままにさせ、
それを放置しておられた。
天がおかしな徳を振りかざすため、
王よ、そなたがそれを助長されたのか。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
正義に則られよ、暴虐なふるまいは
対立者しか生まぬ。
根も葉もない流言飛語が城内を荒らし、
そして詐欺師や盗人をはびこらせる。
憎しみや呪いが城内に満ち、
もたらされる災禍は
留まるところを知るまい。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
そなたはこの中華に獣のごとく吠え、
憎しみや恨みをさも徳であるかのごとく
まき散らしている。
そなたに徳がないことは、
誰もそなたの背後を、側を
守ってくれる者がないことからも
明らかである。
そなたに建言をなそうとする者も、
信頼に足る護衛もおらぬではないか。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
天はそなたを酒に溺れさせるために、
王位に就けたわけではない。
だのにそなたは不義によりかかり、
そしてその振る舞いもだらしなく、
昼夜となく酒浸り。
酔いに任せて叫び、わめき散らし、
昼夜となく、酒宴の毎日。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
そなたは大セミや小セミかのごとく
騒音を立て続け、
あるいは沸騰したスープのごとく、
とりとめもなく沸き上がる。
そなたの振る舞いを見て、下々の者も
また酒浸りの日々を送る。
やがてそなたの暴虐は国内のみならず、
遠く遠方の国にまで及んだ。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
いや、これらは天帝の
思し召しでなぞあるまい。
殷王が旧来の作法に従わぬがゆえに
引き起こされている事態であろう。
もはや殷の国に賢人聖人はおらぬが、
それでもまだ法律は残っている。
だのにそこに基づこうともせぬから、
今、殷の天命は大いに傾いた。
いにしえの文王はこう仰った。
ああ、我が主、殷王よ。
このように言う人もいた。
大木が倒れることで、
その根があらわとなる、と。
枝や葉は未だ精気を残すが、
根や幹が先に枯れ果ててしまう。
――斯様なる殷の運命は、
未だ遠き過去のことではない。
これが夏と同じ轍を踏んでいること、
よくよく鑑みねばならぬ。
○大雅 蕩
板とともに、周の厲王に宛てて用いられた詩、とされる。厲王は暴虐ブ道を尽くした王であるから、このままでは殷の紂、果てには夏の桀と同じ道をたどるぞ、と戒めたわけである。それにしても、板もそうであるが、冒頭には微妙に「天そのものに対する疑問」も差し挟まれているよう思われてならぬ。
■陛下の周りのクソどもがさぁ
後漢54 楊震 孫 楊賜
從小人之邪意,順無知之私欲,不念板、蕩之作,虺蜴之誡。
後漢霊帝の代に仕えていた硬骨の士である。真っ昼間に宮殿に虹が出たことを不吉に思った霊帝が孫賜に「あれは何なのか」と聞いてきたとき、孫賜は長々とした諫めの文を書いた。ようやくすれば「陛下の周りのクソども追い払わなきゃ滅びますよこの国」であり、そこに「板」と当詩が描くさまがかぶっている、とするのである。
■始め良ければ終わり良し、と言うが
始まりが良くても、終わりまで全うできる者はごくわずか。実に耳の痛い言葉であるが、ことこれを「国家」に当てはめると、終わりを全うできる者が皆無、と言って良くなってしまう。史書でこの句を引用する者たちもその辺りには微妙に気付いていたのではなかろうか。頑張って話を「個人」に限定しようとする辺り、実に涙ぐましい。
・左伝 宣公2-2
詩曰.靡不有初.鮮克有終.夫如是.則能補過者鮮矣.君能有終.則社稷之固也.豈惟群臣賴之.又曰.袞職有闕.惟仲山甫補之.能補過也.
・左伝 襄公31-12
雖獲其志.不能終也.詩云.靡不有初.鮮克有終.終之實難.
・史記78 春申君
臣恐其有後患也。『詩』曰「靡不有初,鮮克有終」。『易』曰「狐涉水,濡其尾」。此言始之易,終之難也。
・漢書51 賈山
今從豪俊之臣,方正之士,直與之日日獵射,擊兔伐狐,以傷大業,絕天下之望,臣竊悼之。詩曰:「靡不有初,鮮克有終。」
・後漢書61 評
『詩』云:「靡不有初,鮮克有終。」可為恨哉!
・三國志 48 孫休
往者所以相感,今日之巍巍也。詩云:『靡不有初,鮮克有終。』終之實難,君其終之。
・晋書53 愍懷太子
鳳德已衰,信惑奸邪,疏斥正士,好屠酤之賤役,耽苑囿之佚遊,可謂靡不有初,鮮克有終者也。
■主の不明を
漢書五行志の(いくつかある)序文(の一つ)に記されている言葉は割とストレートに暗君クソを Dis る。つまり「見ても見えない」人間の側に酔ってくんのなんざご同類のクソだろうよ、とするのである。そしてその言葉は晋書にも全く同じ内容が見える。基本的に五行志の言いたいことは「天地が暗君クソを訴えている」なので、そこに載る序文はだいたい容赦がないのである。
・漢書 27 五行中之下
・晋書28 五行中
「視之不明,是謂不悊」,悊,知也。『詩』云:「爾德不明,以亡陪亡卿;不明爾德,以亡背亡仄。」言上不明,暗昧蔽惑,則不能知善惡,親近習,長同類。
■言葉が無秩序に湧き出る
こちらもやはり五行志の序文であるので、基本的には君主クソを語っておる。ここで語られているのは、いわゆる流言飛語的なもが次々に起こるのが、結局のところ君主の統制の破綻によるものだ、とするのである。
・漢書 27.2 五行中之上
・晋書28 五行中
『詩』云:「如蜩如螗,如沸如羹。」言上號令不順民心,虛譁憒亂,則不能治海內,失在過差,故其咎僭。
■人はなくとも法はある
国が興った頃に定められた素晴らしき法律は、たとえ有名無実化したとしても、まだ国には残っておる。ならば、それに則り国を立て直せば、まだ望みはあるのだろう……と、するのだが、許皇后伝で引用されるように、「けれども結局そういったことにも思いが及ばないから、国が破滅に向かうのだ」とする。ただ、他の引用を見る感じではそこまでを引用し切らず、「まだ希望はある」的ニュアンスで用いられることが多いようである。和帝の引用など、言葉を省略しにかかっており、なかなかにエグい。
・漢書 97.2 孝成許皇后
『詩』云:「雖無老成人,尚有典刑,曾是莫聽,大命以傾。」孝文皇帝,朕之師也。
・漢書67 評
梅福之辭,合於大雅雖無老成,尚有典刑;殷監不遠,夏后所聞。
・後漢書4 和帝
今彪聰明康彊,可謂老成黃耇矣。
・後漢70 孔融
融每酒酣,引與同坐,曰:「雖無老成人 ,且有典刑。」
・魏書67 崔光
詩稱:『蔽芾甘棠,勿翦勿伐,邵伯所茇。』又云:『雖無老成人,尚有典刑。』傳曰:『思其人猶愛其樹,況用其道不恤其人。』是以書始稽古,易本山泉,觀於天文,以察時變,觀於人文,以化成天下。
■高堂隆こそ忠臣や!
三國志 25 高堂隆 注
君侈每思諫其惡,將死不忘憂社稷,正辭動於昏主,明戒驗於身後,謇諤足以勵物,德音沒而弥彰,可不謂忠且智乎!詩云:「聽用我謀,庶無大悔。」又曰:「曾是莫聽,大命以傾。」其高堂隆之謂也。
君主が奢侈にふけるとその害悪を諫め、死の床にあっても国の行く末を案じ、正しき言葉で暗君をいさめ、示した警告はことごとくが現実となり、その直言は人心を動かし、その見通すところは死後に正確であったと明らかとなった。忠臣にして知者と言うべきであろう。大雅抑に言う「私の言葉を採用し、悔いの残らぬように」であるとか、当詩の「その言葉を聞かなかったから、天命は大いに傾いた」と言った句は、まさしく高堂隆のことを示しているのだ! ……と、東晋の文人習鑿齒がべた褒めしておったそうである。
■殷の例に倣え
大雅文王にも「宜鑒于殷 駿命不易」(よくよく殷の滅亡の例を眺めよ、天命の維持は易しからぬ)と言う句があり、そこと照応しているよう思える。すなわち「殷がどうして滅亡したか」を当詩で持ってくるところに「なんやん周も全然学習しとらんやん」になろうし、かつ、前漢の学者たちは「周の二の舞、周の二の舞だけは!」的に叫んでいるわけである。
・漢書 36 劉向
『詩』曰「殷監不遠,在夏后之世」,亦言湯以桀為戒也。
・漢書60 杜周
『詩』云:『殷監不遠,在夏后氏之世』。刺戒者至迫近,而省聽者常怠忽,可不慎哉!
・漢書85 谷永
『詩』云:「殷監不遠,在夏后之世。」願陛下追觀夏、商、周、秦所以失之,以鏡考己行。
・晋書55 潘岳
樞機之動,式以廢興。殷監不遠,若之何勿懲!
・晋書103 劉聡
昔齊桓公任易牙而亂,孝懷委黃皓而滅,此皆覆車於前,殷鑒不遠。
・晋書106 石勒
庶人邃往以聞政致敗,殷鑒不遠,宜革而弗遵。
・魏書100 高句麗
未幾而滅其國,殷鑒不遠,宜以方便辭之。
毛詩正義
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