板(引用72:朝政の乱れを諫める)
上帝はゆがみ、民は皆病む。
王の命令は実情に沿わず、
ことごとく近視眼的なものばかり。
賢人聖者の言葉を軽んじ、
忠臣の言葉にも耳を貸さぬ。
しかし、まだ遅くは無いと思い、
この詩を詠み、諫言を試みるのである。
天下に難多し。尻馬に乗るなかれ。
天下の動乱近し。おべっかを退けよ。
政令の過酷さが和らげば、
民も離散せずにおろう。
民の動揺も収まろう。
我とそなたの職務は違えど、
同僚であることは間違いが無い。
故にそなたへと諫言を為すのであるが、
傲慢なそなたは聞く耳も持たぬ。
我が言をどうか聞き入れられよ。
笑っておられる場合ではない。
先人も言っておろう、必要なことは
草刈り人、薪取り人にも聞け、と。
天下が民を虐げる。同調するなかれ。
この老人が世を憂い、言葉を尽くすも、
小人どもは我を軽んじるばかり。
老いぼれの妄言ではないぞ。
そなたらがこの憂事を軽んじるのを
心底憂えておるのだ。
数多くの虐政は、
傷口を広げるようなもの。
このままでは
薬も効かぬ有様と果てよう。
天が怒りを示している。
漫然となれ合っている場合ではない。
王の威儀はことごとく喪われ、
よきひとは物言わぬ人形のよう。
民がもだえ苦しんでいる中、
誰もが己が民のことを考えもせぬ。
天下が乱れゆき、民は資源を持たず、
しかしそれを救済せんとする者もない。
天が民を導くさまは
笛と笛とが呼応して響き合うように、
二つの宝玉が
ぴったり一つにはまり合うように、
物を拾えば持ち上がるかのごとく、
ごく自然なものである。
物を持ち上げるのに、
余計なエサで釣る必要はない。
ただ民の向くべき道を
示してやれば良い。
本来は、簡単なことなのである。
それでなくとも、民には苦難が多い。
その苦難を、こちらから
わざわざ増やしてはならぬ。
大徳の善人は国の守り。
大衆とは生け垣。
諸侯たちの忠誠は城壁となり、
宗室たちはそれらの基礎となる。
徳ある振る舞いを心掛ければ
安寧がもたらされ、
宗族子姪らが城となろう。
この城が崩壊せぬようにせよ。
孤立することのなきように。
天の怒りを敬われよ。
それを笑うことのなきように。
天命の推移を敬われよ。
それを軽んぜれば、周より天命は
たちまちに去りゆこう。
天は常にすべてをご覧になっている。
そなたが王の元で為すことも。
天は常にすべてを照らしている。
そなたが、どこに出向こうとも。
○大雅 板
最後の最後で天がストーカーまがいの存在であることを示してきておるな、恐ろしい。このまま天網恢々疎にして漏らさずに接続できそうなよそおいである。王の側で、王の発言にも大きな影響をもたらしておる若き高官が、王の進むべき道を誤らせておる。今ならばまだ、取り返しがつく。ゆえにこの歌唱者は、高官の道を正そうと言葉を尽くす。……のであるが、その行き着く先は西周の滅亡、である。「本来であれば、簡単なこと」と語られることが、しかし文王ではそれを「駿命不易」、簡単には保てぬものである、と言う。もっともこれは矛盾でも何でもなく、本体簡単なその部分を保ち続けるのは、どうしても難しい、となろう。人の世を治めるとは斯くも難しく、人と接するのは斯くも難しい。ああ、引きこもりたい。そう作者がぼやいておった。
■陛下の周りのクソどもがさぁ
後漢54 楊震 孫 楊賜
從小人之邪意,順無知之私欲,不念板、蕩之作,虺蜴之誡。
後漢霊帝の代に仕えていた硬骨の士である。真っ昼間に宮殿に虹が出たことを不吉に思った霊帝が楊賜に「あれは何なのか」と聞いてきたとき、楊賜は長々とした諫めの文を書いた。ようやくすれば「陛下の周りのクソども追い払わなきゃ滅びますよこの国」であり、そこに当詩と蕩が描くさまがかぶっている、とするのである。
■やるべきことをやれ。以上。
後漢書63 李固
先聖法度,所宜堅守,政教一跌,百年不復。『詩』云:「上帝板板,下民卒癉。」
後漢順帝の時代、地震により山が崩れた。一体これは何の兆しなのかと、朝廷総出で李固に聞く。すると李固は「アンタがろくでもねーやつ飼ってるからでしょ」とぶった切ってくる。その上で言うのだ、昔の王が守るべきとした規範を破れば百年は国がグダグダになる、これが当詩のはじめの句が表すところだ、と。このぶった切りにより朝廷は一瞬粛然としたが、まもなく再び小人どもに疎んぜられるところとなった。
■遠さとは
詩を読む感じでは「猶之未遠」がまだ遅くない、と言った装いであるように見えるが、左伝の引用のされ方は「遠方への配慮が行き届いていない」的に用いられている。三國志の方は皇太子が「取り返しのつかないほど遠くに行く前に」、「そうなって皇太子という城を損ねてしまわぬように」諫言する、と用いられておる。
・左伝 成公8-1
詩曰.猶之未遠.是用大簡.行父懼晉之不遠猶.而失諸侯也.是以敢私言之.
・三國志25 高堂隆 附伝 棧潛
王公設險以固其國,都城禁衞,用戒不虞。大雅云:『宗子維城,無俾城壞。』又曰:『猶之未遠,是用大諫。』
■卑しきものにも教えを請う
ぱっと見「蕘」字が「堯」に似ていたのでしばらく混乱した。しかしくさかんむりを付けるだけで一気に卑しい身分の者のことを指すようになるのはいい加減にもほどがあるのではないか。ともあれ、立場にかかわらず、知恵を持ったものは知恵を持っておる。決して忘れてはならぬことであるな。
・後漢書44 胡廣
臣以獻可替否為忠。書載稽疑,謀及卿士;詩美先人,詢于芻蕘。
・後漢書64 盧植
夫士立爭友,義貴切磋。書陳『謀及庶人』,詩詠『詢于芻蕘』。
・三國志64 諸葛恪 注
自非採納羣謀,詢于芻蕘,虛己受人,恆若不足,則功名不成,勳績莫著。
■芻蕘
芻は刈草を、蕘は草薪を指すという。この二つをあわせ、それらを集める者たちのことをも指す、とのことである。総じて下々の者の雅語と化しておるわけであるな。
・左伝 昭公13-7
淫芻蕘者.衛人使屠伯饋叔向羹.與一篋錦.曰.諸侯事晉.未敢攜貳.況衛在君之宇下.而敢有異志.芻蕘者異於他日.敢請之.叔向受羹.
・左伝 昭公23-1
士伯曰.以芻蕘之難.從者之病.將館子於都.
・漢書30 芸文
如或一言可采,此亦芻蕘狂夫之議也。
・漢書51 賈山
豪俊之士皆得竭其智,芻蕘 採薪之人皆得盡其力,此周之所以興也。
學問至於 芻蕘者,求善無饜也
・漢書85 谷永
陛下誠垂寬明之聽,無忌諱之誅,使芻蕘 之臣得盡所聞於前,不懼於後患。
垂周文之聽,下及 芻蕘之愚,有詔使衞尉受臣永所欲言。
・漢書87.1 揚雄上
放雉菟,收罝罘,麋鹿芻蕘與百姓共之,
・漢書87.2 揚雄下
蹂踐芻蕘,誇詡衆庶,盛狖玃之收,多麋鹿之獲哉!
・後漢25 魯恭
陛下既廣納謇謇以開四聰,無令芻蕘 以言得罪
・後漢36 賈逵
先帝不遺芻蕘,省納臣言,寫其傳詁,藏之祕書。
・後漢54 楊震
乞為虧除,全騰之命,以誘芻蕘 輿人之言。
・後漢56 張晧
堯舜立敢諫之鼓,三王樹誹謗之木,春秋採善書惡,聖主不罪芻蕘 。
・後漢56 張晧
・三國志45 張翼
以芻蕘之資,居阿衡之任,不能敷揚五教,・後漢84 曹世叔妻
闢四門而開四聰,采狂夫之瞽言,納芻蕘 之謀慮。
・三國志35 諸葛亮
及其兵出入如賓,行不寇,芻蕘者不獵,如在國中。
・三國志60 周魴
臣聞唐堯先天而天弗違,博詢芻蕘,以成盛勳。
・三國志64 諸葛恪
自非採納羣謀,詢于芻蕘,虛己受人,恆若不足,則功名不成,勳績莫著。
・晋書37 司馬尚之
王者尚納芻蕘之言,況下官與使君骨肉不遠,蒙眷累世,何可坐視得失而不盡言。
・晋書39 王沈
自古賢聖,樂聞誹謗之言,聽輿人之論,芻蕘有可錄之事,負薪有廊廟之語故也。
・晋書42 王渾
明詔沖虛,詢及芻蕘,斯乃周文疇咨之求,仲尼不恥下問也。
・晋書56 孫綽
狂瞽進說,芻蕘之謀,聖賢所察,所以不勝至憂,觸冒干陳。
・晋書64 司馬煥
此芻蕘之言有補萬一,塵露之微有增山海。
・晋書71 王鑒
芻蕘之言,聖王不棄,戍卒之謀,先后採之。
・晋書73 庾冰
或借訟輿人,或求謗芻蕘,良有以也。
・晋書103 劉曜
奉詔書將營酆明觀,市道芻蕘咸以非之,曰一觀之功可以平涼州矣。
・晋書109 慕容皝
殿下聖性寬明,思言若渴,故人盡芻蕘,有犯無隱。
・晋書129 沮渠蒙遜
內外羣僚,其各搜揚賢雋,廣進芻蕘,以匡孤不逮。
・宋書57 蔡興宗
袁愍孫無或措多,而愚意欲啟更量出內之宜,芻蕘管見,願在聞徹。
・宋書68 劉義康
陛下若蕩以平聽,屏此猜情,垂訊芻蕘之謀,曲察狂瞽之計
・宋書99 劉濬
嶠之所建,雖則芻蕘,如或非妄,庶幾可立。
・魏書7.1 元宏上
野無自蔽之響,疇咨帝載,詢及芻蕘。
昔之哲王,莫不博採下情,勤求箴諫,建設旌鼓,詢納芻蕘。
・魏書19.2 元澄
堯懸諫諍之鼓,舜置誹謗之木,皆所以廣耳目於芻蕘,達四聰於天下
・魏書62
李彪訪童問師,不避淵澤;詢謀諮善,不棄芻蕘。
・魏書64 張彝
詢於芻蕘,著之周什,輿人獻箴,流於夏典。
・魏書67 崔光
博釆芻蕘,進賢黜佞。
・魏書78 張普恵
昭其管見之心,恕其讜言之責,則芻蕘無遺歌,輿人有獻誦矣。
・魏書79 成淹
昔文王詢於芻蕘,晉文聽輿人之誦,臣雖卑賤,敢同匹夫。
■民を導くは易しいこと、なのに
史記24 樂書
君好之則臣為之,上行之則民從之。『詩』曰:『誘民孔易』,此之謂也。
詩中では「牖民孔易」と記されておるのが書き換えられておる。君主は礼や法に則り動くべきであり、好悪を示してはならぬ、なぜなら人々は君主の好む方向になびきがちだから、とする。それこそが該当句の示す意味である、とする。それがなぜ楽書、音楽に関する話に書かれているかと言えば、この全体の論が「クソみてーな音楽聴いてねーで由緒正しい音楽聴けやボケ」という流れだからである。
■子産はすげーぞ君ら
左伝 襄公31-10
詩曰.辭之輯矣.民之協矣.辭之繹矣.民之莫矣.其知之矣.
魯の宰相、子産が晋に使者として出向くが門前払いを食らい、せせこましい客間に押し込められた。これを行動及び言動で説き伏せて解消させ、更に晋公との謁見にこぎ着ける豪腕を示す。その後晋公は感嘆し、「あのような者の言葉こそが民を安らがせるのだろうな」とコメントした、と言う。
■民に引きずられるな
参照した解釈では「辟」を苦難と見るが、引用においては「よろしくない振る舞い」と解釈するようである。すなわち「民が悪いことをしているからと言って、王様アンタまで悪いことしていいってことにはならんっしょ」的解釈である。ここはあえて詩の解釈を修正せぬようにしておこう。
・左伝 宣公9-10
詩云.民之多辟.無自立辟.其洩冶之謂乎.
・左伝 昭公28-1
無道立矣.子懼不免.詩曰.民之多辟.無自立辟.姑已若何.
・後漢59 張衡
覽蒸民之多僻兮,畏立辟以危身。
■「藩」の語源
後漢書光武帝本紀の注に「藩とは蘺のことである」と説明が載っている。そして、その蘺とは、木や竹を用いた柵で囲われた箇所。前線基地、的な意味合いとなろうか。それが江戸時代に言う「藩」に徐々に遷移していく様子を見るかのようである。なお興味深いのは晋書59である。ここで「惟藩」がなぜか転倒し「藩維」となっている(部首が違うのはもうそんなもんだと諦めた)。以降の人物については、みな「討たれるべき地方の反逆者」に対し、用いられておる。これは意図的なものなのか、あるいは。
・漢書 14 諸侯王表
詩載其制曰:「介人惟藩,大師惟垣。大邦惟屏,大宗惟翰。懷德惟寧,宗子惟城。母俾城壞,毋獨斯畏。」
・漢書99.2 王莽中
在九州之外,是為惟藩 :各以其方為稱,總為萬國焉。
・晋書59 八王伝序
枝葉微弱,宗祐孤危,內無社稷之臣,外闕籓維之助。
・宋書79 文五王
司空竟陵王誕義兼臣子,任居藩維。
・魏書95 劉聡
晉年不永,時逢喪亂,異類羣飛,姦凶角逐,內難興於戚屬,外禍結於藩維。
・魏書98 蕭衍
遂汙辱冠帶,偷竊藩維。
■徳を抱けば、国は保つ
宗子、すなわち後継者は次代の王であるが、同時に当代の王見習いとして国の安定維持に大きな力を持つ。故に徳ある王の後継者は城のごとき存在である、とする。無論大概は「そんな嫡子がやべーから国がひでーことになる」的に用いられるわけである。
・左伝 僖公5-1
『詩』云:『懷德惟寧,宗子惟城。』君其脩德而固宗子,何城如之?三年將尋師焉,焉用慎?」
・左伝 昭公6-4
於人何有.人亦於女何有.詩曰.宗子維城.毋俾城壞.毋獨斯畏.女其畏哉.
・三國志3 曹叡
古之帝王,封建諸侯,所以藩屏王室也。詩不云乎,『懷德維寧,宗子維城』。秦、漢繼周,或彊或弱,俱失厥中。
・三國志20 評
詩云『懷德維寧,宗子維城』。由是觀之,非賢無與興功,非親無與輔治。
・三國志51 評三51
夫親親恩義,古今之常。宗子維城,詩人所稱。
・晋書5 評
以二公、楚王之變,宗子無維城之助,師尹無具瞻之貴,至乃易天子乙太上之號,而有免官之謠。
・晋書64 評
『詩』云:「懷德惟甯,宗子維成。無俾城壞,無獨期畏。」城既壞矣,畏也宜哉!
■天の怒りを重く受け止めよ
比較的わかりやすいキーワードである、と言えよう。当時の考え方よりすれば、天の思いを軽んじれば、いかなるしっぺがえしがくるともわからぬとするより他なかろうな。ところでこれらの引用たちのうち、楊秉が桓帝に向け諫めておる言葉であるが、「敬天之威」は後に周頌「我将」に出てくる句である。この点については注でも「與此文稍異也。」とツッコミを受けている。これが筆写者の凡ミスであり、楊秉自身がやらかしておらぬことを祈るばかりである。
・左伝 昭公32-11
干位以令大事.非其任也.詩曰.敬天之怒.不敢戲豫.敬天之渝.不敢馳驅.況敢干位.以作大事乎.
・後漢書30.2 郎顗
今陛下多積宮人,以違天意,故皇胤多夭,嗣體莫寄。『詩』云:『敬天之怒,不敢戲豫。』方今之福,莫若廣嗣,廣嗣之術,可不深思?
・後漢書37 丁鴻
故天重見戒,誠宜畏懼,以防其禍。『詩』云:「敬天之怒,不敢戲豫。」
・後漢書54 楊震 子 楊秉
是以孔子迅雷風烈必有變動。詩云:『敬天之威,不敢驅馳。』
・後漢書60.2 蔡邕
『詩』云:『畏天之怒,不敢戲豫。』天戒誠不可戲也。
・晋書72 郭璞
陛下宜恭承靈譴,敬天之怒,施沛然之恩,諧玄同之化,上所以允塞天意,下所以弭息羣謗。
・晋書105 石勒
周、漢、魏、晉皆有之,雖天地之常事,然明主未始不為變,所以敬天之怒也。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%B8%83#%E3%80%8A%E6%9D%BF%E3%80%8B
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