民勞(引用40:民は疲弊する)

民勞みんろう



民亦勞止みんえきろうし 汔可小康きつかしょうこう

惠此中國えしちゅうこく 以綏四方いすいしほう

無縱詭隨むじゅうきすい 以謹無良いきんむりょう

式遏寇虐しきあつこうぎゃく 憯不畏明さんふいめい

柔遠能邇じゅうえんのうじ 以定我王いていがおう

 民は苦しみ、難儀する。

 せめて少しでも休めると良いのだが。

 民をやすんぜるためにも、

 まずは都の民を慈しまれよ。

 そののちに、全国。

 阿諛追従の徒を退け、

 良からざるものを退けられよ。

 防ぎ止められよ、邪悪なるものを、

 明法を恐れぬものたちを。

 かく遠方を慰撫し、近隣を平らげ、

 王室を安定させねばならぬ。


民亦勞止みんえきろうし 汔可小休きつかしょうきゅう

惠此中國えしちゅうこく 以為民逑いいみんきゅう

無縱詭隨むじゅうきすい 以謹惛怓いきんこんどう

式遏寇虐しきあつこうぎゃく 無俾民憂むへいみんゆう

無棄爾勞むきじろう 以為王休いいおうきゅう

 民は苦しみ、難儀する。

 せめて少しでも休めると良いのだが。

 民をやすんぜるためにも、

 まずは都の民を慈しまれ、

 離散してしまった家族を再会させよ。

 阿諛追従の徒を退け、

 悪事を働くものを処罰されよ。

 防ぎ止められよ、邪悪なるものを。

 民の憂いを取り除かれよ。

 官吏たちの労苦を無駄とせねば、

 王の心も安らがれように。


民亦勞止みんえきろうし 汔可小息きつかしょうそく

惠此京師えしきょうし 以綏四國いすいしこく

無縱詭隨むじゅうきすい 以謹罔極いきんぼうきょく

式遏寇虐しきあつこうぎゃく 無俾作慝むへいさくとく

敬慎威儀けいしんいぎ 以近有德いきんゆうとく

 民は苦しみ、難儀する。

 せめて少しでも休めると良いのだが。

 民をやすんぜるためにも、

 まずは都の民を慈しまれよ。

 そののちに、全国。

 阿諛追従の徒を退け、

 無道の者を取り締まられよ。

 防ぎ止められよ、邪悪なるものを、

 その悪意を討ち滅ぼされよ。

 意義深きを謹んで敬い、

 国を徳満ちた状態へ戻さねばならぬ。


民亦勞止みんえきろうし 汔可小愒きつかしょうかい

惠此中國えしちゅうこく 俾民憂泄へいみんゆうえい

無縱詭隨むじゅうきすい 以謹醜厲いきんしゅうらい

式遏寇虐しきあつこうぎゃく 無俾正敗むへいせいはい

戎雖小子じゅうすいしょうし 而式弘大じしきこうだい

 民は苦しみ、難儀する。

 せめて少しでも休めると良いのだが。

 民をやすんぜるためにも、

 まずは都の民を慈しまれよ。

 その憂いを取り除かれよ。

 阿諛追従の徒を退け、

 愚者の愚行を取り締まられよ。

 防ぎ止められよ、邪悪なるものを。

 正しき者が馬鹿を見るようではならぬ。

 そなたは若くして王の寵を

 ほしいままとしておられるが、

 その手に乗る権能は

 甚大であらせられるぞ。


民亦勞止みんえきろうし 汔可小安きつかしょうあん

惠此中國えしちゅうこく 國無有殘こくむゆうさん

無縱詭隨むじゅうきすい 以謹繾綣いきんけんけん

式遏寇虐しきあつこうぎゃく 無俾正反むへいせいはん

王欲玉女おうよくぎょくじょ 是用大諫ぜようだいかん

 民は苦しみ、難儀する。

 せめて少しでも休めると良いのだが。

 民をやすんぜるためにも、

 まずは都の民を慈しまれよ。

 その後諸侯の無道を戒められよ。

 阿諛追従の徒を退け、

 怪しき告げ口をする者を封じ込めよ。

 防ぎ止められよ、邪悪なるものを。

 正しき者に背かれぬようになされよ。

 王は宝玉のごときそなたらを

 求めておられる。

 故に私は、そなたらにこうして

 諫言をなしているのである。




○大雅 民勞


国風、小雅もそうであったが、それぞれは「はじめ良き世の中を称揚する」正風正雅、後半に入ると「乱れた世を風刺批判する」変風変雅が配される、と言う。してみると当詩が、大雅における変雅のスタートであると言えるのやも知れぬ。それにしても王の側に侍る美形の若者に対して口をすっぱくして注意する大臣という構図は、もはや破滅フラグにしか見えぬ。つらい、つらすぎるぞ。作者が遊んでいる東晋末でも皇帝の側に侍る権臣に対して諫言をなす者はもれなく「突然の病死」「不慮の事故」祭であったからな。




■民が苦しむ

そのままどストレートに、民が苦しむことを示す言葉と化しておる。例によって晋書におらぬので「人勞」で調べたら発掘できてしまったので、併せて忌避抜き扱いで突っ込んでおいた。


・史記24 楽書

 其治民勞者,其舞行級遠;其治民佚者,其舞行級短。

・史記66 伍子胥

 將軍孫武曰:「民勞,未可,且待之。」乃歸。

・史記69 蘇秦

 臣聞之,數戰則民勞 ,久師則兵敝矣。

 奉萬乘助齊伐宋, 民勞而實費


・漢書26 天文

 天星盡搖,上以問候星者。對曰:「星搖者,民勞也。」


・三國志25 辛毗

 王者之都,當及民勞兼辦,使後世無所復增,是蕭何為漢規摹之略也。

・三國志42 譙周

 湯、武之師不再戰而克,誠重民勞而度時審也。

・三國志45 張翼

 維議復出軍,唯翼廷爭,以為國小民勞,不宜黷武。

・三國志48 孫皓

 今蜀閹宦專朝,國無政令,而玩戎黷武,民勞卒弊,競於外利,不脩守備。

・三國志65 華覈

 帑藏不實,民勞役猥,主之二求已備,民之三望未報。


・晋書59 司馬冏

 大王興義,羣庶競赴,天下雖寧,人勞窮苦,不聞大王振救之令,其失四也。


・宋書36 五行一

 其治民勞者,舞行綴遠;其治民逸者,舞行綴近。


・魏書36 李順

 民勞既久,未獲寧息,不可頻動,以增勞悴。願待他年。

・魏書64 郭祚

 蕭衍狂悖,擅斷川瀆,役苦民勞,危亡已兆。

・魏書67 崔光

 南西未靜,兵革不息,郊甸之內,大旱跨時,民勞物悴,莫此之甚。




■どうにか民を休ませて

当詩の最初の四句は、疲労困憊した民を少しでもやすらげることが都の、ひいては国全体の安寧につながる、と言う定型句になっておるようである。だいぶ民があらゆる時代で疲弊しておるな……。


・左伝 僖公28-7

 文公其能刑矣!三罪而民服。『詩』云:『惠此中國,以綏四方。』不失賞刑之謂也。

・左伝 昭公20-12

 詩曰.民亦勞之.汔可小康.惠此中國.以綏四方.施之以寬也.毋從詭隨.以謹無良.式遏寇虐.慘不畏明.糾之以猛也.


・漢書9 元帝

 是以東垂被虛耗之害,關中有無聊之民,非久長之策也。詩不云虖?『民亦勞止,迄可小康,惠此中國,以綏四方。』 


・後漢書47 班超

 詩云:「民亦勞止,汔可小康,惠此中國,以綏四方。」


・三國志25 辛毗

 詩云:『民亦勞止,迄可小康,惠此中國,以綏四方。』唯陛下爲社稷計。

・三國志26 満寵

 自謂已老,何與廉、馬之相背邪?其思安邊境,惠此中國。


・晋書56 江統

 惠此中國,以綏四方,德施永世,於計為長。

・晋書114 苻堅下

 詩云:『惠此中國,以綏四方。』苟文德足以懷遠,可不煩寸兵而坐賓百越。


・魏書54 高閭

 臣聞詩云:『惠此中國,以綏四方。』臣願陛下從容伊瀍,優遊京洛,使德被四海,中國緝寧,然後向化之徒,自然樂附。





■良からざる者はクソ

詭隨、すなわちおべっかものの好きにはさせるな、と言う言葉があまり史書では用いられておらぬようである。もう少し件数が多そうだと思ったのであるが、意外だったな……。


・左伝 文公10-10

 詩曰,剛亦不吐,柔亦不茹,毋縱詭隨,以謹罔極,是亦非辟彊也。

・後漢書46 陳寵

 明者慎微,智者識幾。書曰:『小不可不殺。』詩云:『無縱詭隨,以謹無良。』




■有徳者を側に置け

基本的には前引用と用法は変わるまい。「阿諛追従の者を遠ざけよ」「有徳の者を近くに置け」はどう考えてもワンセットだからである。それにしても当詩が「その辺りの話を、口をすっぱくして言わねばならなかった」辺りに、西周中期以降の悲哀があるな。


・左伝 昭公2-4

 忠信.禮之器也.卑讓.禮之宗也.辭不忘國.忠信也.先國後己.卑讓也.詩曰.敬慎威儀.以近有德.夫子近德矣.

・後漢35 鄭玄

 其勗求君子之道,研鑽勿替,敬慎威儀,以近有德。





■式遏

言葉としては式遏寇虐で「ここに寇虐をとどめる」となるので四文字が揃わねば意味がないのだが、割とちょくちょく「式遏」のみで地方防衛、外敵撃退の言葉として使われもしたようである。高貴郷公曹髦と司馬昭、つまり魏末晋初のほぼ同年代に急激に用いられるようになり、そして宋や北魏ではほぼ見当たらぬ。それにしても魏晋期に急激に使われはじめ、ほぼ晋の時代で用いられた、と言うのには意図めいたものが感ぜられぬでもない。もっとも、どうすればその意図めいたものを見いだせるのか謎なのであるが。

ちなみに、隋書や旧唐書では再び活発に用いられるようになる。新唐書では大幅に削られている。これは晋書の編纂によって「再発見」がなされた結果なのであろうかな。


・三國志4 曹髦

 朕以寡德,不能式遏寇虐,乃令蜀賊陸梁邊陲。

 臣等備位,不能匡救禍亂,式遏姦逆,奉令震悚,肝心悼慄。


・晉書2 司馬昭

 公嚴恭寅畏,底平四國,式遏寇虐,苛厲不作,是用錫公武賁之士三百人。

・晉書4 司馬衷

 近不能開明刑威,式遏姦宄,至使逆臣孫秀敢肆凶虐,窺間王室,遂奉趙王倫饕據天位。・晉書10 司馬德宗

 姦凶篡逆,自古有之。朕不能式遏杜漸,以致播越。

・晉書70 卞壼

 帝備求良將可以式遏邊境者,公卿舉敦,除征虜將軍、徐州刺史,鎮泗口。

・晉書84 殷仲堪

 漢以劍起,人未知義,式遏奸邪,特宜以正順為寶。

・晉書89 沈勁

 臣當籓衛山陵,式遏戎狄,雖義督群心,人思自百,然方翦荊棘,奉宣國恩,艱難急病,非才不濟。

・晉書100 祖約

 當敬以直內,義以方外,杜漸防萌,式遏寇害。

・晉書119 姚泓

 主上委吾後事,使式遏寇逆。


・宋書2 劉裕中

 每惟勳德,銘于厥心,遂北清海、岱,南夷百越,荊、雍稽服,庸、岷順軌,剋黜方難,式遏寇虐。

・宋書100 沈璞

 吾式遏無素,致境蕪民瘠,負乘之愧,允當其責。


・世説晋語 棲逸12

 戴安道既厲操東山,而其兄欲建「式遏」之功。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%B8%83#%E3%80%8A%E6%B0%91%E5%8B%9E%E3%80%8B

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